第71話 夏の海で、初めて“君の想い”に正面から向き合った
真昼の太陽が容赦なく照りつける。
潮の匂いと、波が砕ける音。遠くでスピーカーから流れるポップスがかすかに聞こえた。
午前中にたっぷり泳いだあと、俺と瑠奈は砂浜に腰を下ろして一息つく。
濡れた髪が陽に透けて、砂粒がキラキラ光っていた。
「よし、次はビーチボールね!」
「まだやるのかよ」
「夏はこれからでしょ!」
瑠奈の笑顔につられて、つい笑ってしまう。
気づけば、また走り出していた――。
ビーチボール。波打ち際の追いかけっこ。
「インスタ用に一枚撮ってあげるよ」ってスマホを構える彼女に、苦笑しながらポーズを取る。
(SNSでまたバズったり……いや、今日はそんなこと、どうでもいい)
しばらくして、波も人の声も少しだけ落ち着いた。
ふと、瑠奈がショッピング袋からコスメの箱を取り出す。
海の光を受けて、ロゴがきらりと揺れた。
「ほんとに、ありがと」
「気に入ってくれたなら、よかった」
「ねぇ、先輩。私ね……ちょっとだけ自分がわかったかも」
「え?」
波音が静かに寄せて、引いた。
「最初は“どんな人なんだろう”って思ってたけど、
一緒にいると、自然に笑える。
……たぶん、それだけで十分なんだと思う」
言い切る声が、波音に溶けて、でもちゃんと耳に届く。
【星野瑠奈 好感度:78→82】
―
海から少し歩いた丘の展望スポット。
波の音が遠くで途切れ、空はゆっくりと群青に染まっていく。
ベンチに並んで腰を下ろすと、潮風が汗をさらっていった。
「ね、先輩」
瑠奈が、星明かりみたいに優しい声で言う。
「私のこと、女の子としてどう思う?」
胸が一瞬だけ跳ねた。
けど、ふざけるのは違う――そう思った。
「……本気で聞いてるのか?」
「うん」
(逃げられない。ちゃんと答えよう)
「……正直に言う。まだ、自分でもよくわからない。
……実は俺は去年まで、背も低くて太ってて、いじめられてた。
恋愛なんて考えたこともなかったから、“好きになる”って感覚がうまく掴めなくて――正直、戸惑ってる」
瑠奈は「うん」と頷く。責める色は一切ない。
「でもな」俺は続けた。
「瑠奈といると、楽しい。まっすぐで、明るくて、こっちまで笑ってしまう。……惹かれてるのは、間違いない」
一拍、風の音だけがした。
そして彼女は、ゆるく笑う。
「……そっか。やっぱりね」
俺は思わず首を傾げる。
「え?」
「最初に会ったとき、思ったんだ。
“この人、ただのイケメンじゃない”って。
撮影のとき、みんなが緊張してる中で、先輩だけ空気が柔らかかった。
あれって多分……“誰かの痛みを知ってる人”の雰囲気なんだよ」
風が一瞬止まった。
彼女の声が、真っすぐに届く。
「だから、気になったんだ。
最初は、“どうせ見た目だけのイケメンでしょ”って思ってた。
でも――話してみたら違った。
優しいし、ちゃんと人を見てるし……
それに、自分を偉そうに見せようともしない」
瑠奈は、ふっと息を吐いた。
視線は海のほうに向いている。
「……だから――惹かれたんだと思う」
少しの沈黙のあと、彼女は続けた。
「……私もね、中学のころ、見た目のことでいじめられてたの。
チビで、太ってて、男子にからかわれて……学校に行けない時期もあった。
でも、ある日思ったんだ。『絶対見返してやる』って。
それから、痩せて、メイクも勉強して、
チャンスがきたら――絶対掴むつもりで、ここまでやってきた」
握った拳を、ふっと緩める。
「……だから、顔だけで判断する人が嫌い。
イケメンで、モテに慣れてる態度は――もっと嫌い。
でも、先輩は違った。
最初から対等で、自然に気を遣ってくれて……
誰かを優先できる人だって、ちゃんと見えた。
……そんな先輩が、好き」
波の音がやわらかく返す。
まるでその言葉を、海がそっと包み込むようだった。
胸の奥が、静かに熱くなる。
頭の中が真っ白で、言葉がすぐに出てこない。
――こんなふうに、誰かに“好き”って言われる日が来るなんて。
息を吸って、心を落ち着かせる。
曖昧に返したくない。ちゃんと、自分の言葉で答えたい。
「ありがとう。俺も……瑠奈が好きだ。
ただ――遥や一ノ瀬のことも、大切だって思ってる。
優柔不断だって思うだろうけど、今は中途半端な約束をしたくない。
ちゃんと向き合って、決めたい」
瑠奈はほんの少しだけ目を見開き、それから、いたずらっぽく口角を上げた。
「……うん。それが先輩だよね。
中途半端にごまかすより、ずっとマシ。
でも――もし“私”を選んだら、浮気は絶対に許さないからね?」
「できるわけないだろ」
一瞬の沈黙。
それから、どちらともなく笑った。
「それとね、私からも」
瑠奈がバッグの中をごそごそ。
小さな箱を取り出し、少し照れたように差し出した。
「誕生日プレゼント。この前渡せなかったから。……おめでとう、先輩」
「え、俺に?」
思わず聞き返すと、瑠奈はいたずらっぽく笑った。
「もちろん。ちゃんと選んだんだから」
小箱を開ける。
中には、透明感のあるシトラス系の香水と、小さなカード。
風がそっと吹いて、香りがふわりと広がる。
そこには、柔らかな字でこう書かれていた。
『“動いてる先輩”が一番かっこいい。
今日も更新中。——瑠奈』
言葉が喉で詰まる。
「……ありがとな。本当に」
「ううん。私も――今日のこと、ずっと覚えてる」
そう言って、瑠奈は立ち上がる。
「さ、そろそろ夜景ポイント行こ。もう少し上だよ。写真、撮ろ」
並んで歩く。肩が触れそうで、でも触れない距離。
足元の砂を踏む音と、遠くで聞こえる波の音。
沖の方では、漁船の灯りがぽつぽつと瞬いていた。
――まるで“未来への合図”みたいに。
静かで、確かで、温かい光だった。
【星野瑠奈 好感度:82→86】
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【クエスト達成】
タイトル:夏、笑顔を守れ
内容:相手の“楽しい”を一度でも上回らせろ
報酬:魅力+1/SP+5
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(上回らせた、じゃなくて――“一緒に笑えた”。それでいい)
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帰りの電車、最後尾の座席。
瑠奈は窓にもたれて、少し眠たそうに目を細めていた。
夕暮れの光が髪を透かして、金色に滲む。
「今日は……ありがと。すごく楽しかった」
「俺も。正直、時間があっという間だった」
「ふふ、じゃあ次も、ちゃんと誘ってね?」
「もちろん」
「約束ね」
瑠奈はいたずらっぽく笑って、指で小さく“×”を作った。
「もし他の子ばっかり誘ったら、ちょっと拗ねるから」
「……気をつけるよ」
「うん。……そのままでいて」
発車ベル。車輪が静かに動き出す。
瑠奈は軽く目を閉じ、流れる景色に頬を預けた。
電車の揺れが心地よくて、瑠奈の横顔が少しずつ霞んでいく。
窓の外では、夕焼けの光がゆっくりと夜の色へと変わっていった。
俺は手の中の小箱――瑠奈がくれた香水をそっと握る。
指先に残るぬくもりが、いつまでも消えなかった。
今日、ちゃんと向き合えた。
まだ“答え”は出せない。けれど、逃げずに進めている。
それが――今は、ただ嬉しかった。
【星野瑠奈 好感度:86→89】
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【クエスト達成】
タイトル:「真っすぐな想い」
内容:星野瑠奈の“告白”に真正面から向き合え
報酬:魅力+1/SP+5/特別キークエスト解放
【システム通知】
星野瑠奈の好感度が89に到達しました。
この先(恋愛)ルートへ進むには、特別キークエストのクリアが必要です。
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(……やっぱり来たか。ここから先は“本気の覚悟”が試されるってわけだ)
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※【 】内は今回上昇分
【現在のステータス(七月二十二日・海デート後編)】
・名前:佐久間 陽斗
・年齢:17
・身長:180.8cm
・体重:63.0kg/体脂肪率:9.0%
・筋力:27.0
・耐久:29.0
・知力:31.2
・魅力:43.2【+2】
・資産(現金):1,356,000円
・投資中:60,000円(評価額:160,000円/利益:+100,000円)
・総資産:1,516,000円
・SP:34【+10】
・スキル:25(展開可能)
・称号:注目の存在/ヒーロー/聖夜を共に/女子人気独占
・特別イベント:
水城遥(進行中/好感度:89/恋愛条件未達)
一ノ瀬凛(進行中/好感度:76/好意)
星野瑠奈(進行中/好感度:89/恋愛条件未達)【+12】
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――“最底辺”から見上げていた海は、思っていたより近くて。
その向こうの空は、まだ果てしなく、眩しかった。
でも今なら――少しだけ、その風を感じられる気がした。
最後まで読んでくださってありがとうございます。夏の海編、どうでしたか?瑠奈のまっすぐな想いが、少しでも伝わっていたなら嬉しいです。次回も、ぜひ見届けてください。




