第63話 妹の誕生日に本気で料理してみたら、家族が感動した話
六月三十日。
梅雨明け前の湿った風が吹き抜ける朝、俺は台所に立っていた。
エプロン姿の自分を鏡で見たら、多分笑うだろう。だけど今日は特別だ。
ウィンドウを開き、目を細める。
【資産変換ショップ】
・【料理基礎Lv1】 SP1 or 10万円
・【雑学知識Lv1】 SP1 or 10万円
・【観葉植物ケアLv1】 SP1 or 10万円
・【掃除効率化Lv1】 SP1 or 10万円
・【etc…】
(……よし、ここで使うか)
SPは温存したいし、妹の笑顔を考えたら、多少の金なんて惜しくない。
――【料理基礎Lv1】を資金10万円で取得しました。
「……始めるか」
今日は妹、美咲の誕生日。
普段なら母に任せてケーキを買って終わり。だが――今年は違う。
俺には【料理基礎Lv1】と【ケーキ作りLv1】がある。
スキルが背中を押してくれるなら、やってみる価値はあるだろう。
―
玉ねぎをみじん切りにしてフライパンに落とす。
じゅわっと音を立て、甘い香りが広がった。
「……おぉ、いい匂いだな」
台所に立っていると、背後からひょいと母が顔を出した。
「陽斗、料理してるの? しかもケーキまで……」
「うん。今日は美咲の誕生日だろ? たまにはいいかなって思って」
俺が答えると、母は目を丸くして、それからふっと柔らかく笑った。
「まぁ……じゃあ期待して待ってるわ。ありがとね」
その言葉に、なんとなく背筋がくすぐったくなる。
汗をぬぐいながら合い挽き肉をこねる。
スキルのおかげで手つきは自然だが、心臓はバクバクしていた。
(美咲が食べて“おいしい”って言ってくれるか……それが一番緊張する)
オーブンの中ではスポンジが膨らんでいく。
泡立て器を握る手に力が入りすぎて、途中でボウルがカタリと鳴った。
「……大丈夫、大丈夫」
スキル補正が効いて、クリームは艶やかに立ち上がる。
フルーツを切って並べ、粉砂糖を散らした瞬間――、テーブルに小さなケーキが完成していた。
俺は両手を腰に当て、深く息をついた。
「……これなら、出せる」
ハンバーグとケーキ。
妹の好物を、今日だけは俺の手で。
―
リビングの食卓に料理を並べた瞬間、美咲の目がまん丸になった。
「えっ……ちょ、ちょっと待って。これ……お兄ちゃんが作ったの!? うそでしょ、やばっ!」
美咲が両手をばたばたさせて、大げさに椅子から半分立ち上がる。
母まで「まぁ……陽斗、すごいじゃない」と小さく息を呑んで、思わず手を胸に当てていた。
二人の反応に、なんだか俺のほうが照れくさくなる。
(……そんなに意外なのか?)
「まあ……失敗はしてないはず」
俺は照れ隠しで頭をかいた。
美咲がハンバーグを口に運び――。
「……んっ……っ! え、なにこれ!おいしい!やば、超本格的!」
ケーキも頬張り、幸せそうに笑った。
「こっちも!マジで店レベルじゃん!ていうか……彼女に作ってあげなよ、絶対惚れるから!」
「……うるさい」
(彼女なんていない。というか、いたこともない)
それでも――口元がわずかに緩むのを、完全には抑えられなかった。
父もグラスを軽く揺らしながら、穏やかな笑みを浮かべた。
「陽斗……ほんとに、いい兄貴になったな」
その一言が、胸の奥にじわりと染み込んでいく。
――ピロン。
視界に小さなウィンドウ。
【クエスト達成】
・内容:「家族を喜ばせろ!」
・報酬:SP+5/魅力+1
(……この報酬は悪くないな)
―
食後、テレビからニュースキャスターの声が流れる。
『市内で小学生の女児が行方不明になる事件が発生しました――』
母が眉をひそめる。
「……怖いわね。近くだし、ちゃんと気をつけないと」
その言葉に俺も無意識に背筋を伸ばした。
(……物騒だな)
だが、美咲が突然スマホを掲げて叫んだ。
「お兄ちゃん!見てこれ!」
SNSのタイムラインに、《星野瑠奈、学園ドラマ出演決定!》の文字が躍っていた。
「……は?ドラマ?」
「マジで!?え、すごっ!」
母まで驚き「瑠奈ちゃんって……あのモデルの子?」と声を上げる。
たった数秒で食卓の空気は一変し、さっきまで漂っていたニュースの不安なんて、どこかへ消えていた。
「瑠奈……ほんと、すごいな」
俺は呟いた。
―
ベッドに倒れ込み、スマホを手に取る。
今日一日の余韻を抱えたまま、LINEの通知を開いた。
――遥から。
【遥】
テストお疲れ様!
悠真がね「陽斗お兄ちゃんと遊びたい!」って言ってるよ。
【陽斗】
ありがとう。遥もお疲れ様。
悠真か……俺も久しぶりに遊びたいな。
【遥】
それとね……去年のクリスマス、お父さんとお母さんにばったり会ったの覚えてる?
あのときからずっと、「佐久間くんを一度連れてきなさい」って言われてるの。……やっぱダメかな?
【陽斗】
そうなんだ。大丈夫だよ、今度お邪魔するね。
(いやいや、緊張で胃が痛いんだが……)
画面を閉じた後も、胸がざわついていた。
―
――一ノ瀬から。
【一ノ瀬】
期末、終わったね。結果も出たし。
【陽斗】
一ノ瀬に負けっぱなしはごめんだ。次は俺が勝つ。
【一ノ瀬】
ふふ……そうでなくちゃ。
今度またご飯行こう。例の定食屋。
【陽斗】
おう。唐揚げ定食な。
(まさかご飯に誘われるなんてな……いや、一ノ瀬のことだからテストの反省会も兼ねて、か?)
短いやり取り。だが胸の奥に熱いものが残った。
―
――瑠奈から。
【瑠奈】
先輩にお知らせがあります!
【陽斗】
ドラマ出るんだってな。SNSで見たぞ。
【瑠奈】
あー、バレてた?
そうそう!マジ緊張して死にそう〜
【陽斗】
でも、すげぇよ。おめでとう。
【瑠奈】
ありがとー!でもさ、夏休みは撮影で忙しいけど……
合間にさ、海行こうよ!
【陽斗】
海か。いいな。
【瑠奈】
じゃ、決まり!先輩逃げんなよ?
(海なんて行くの、小学生以来だよ……全然落ち着けない)
布団の中でスマホを握りしめながら、心臓の鼓動を聞いていた。
―
※【 】内は今回上昇分
【現在のステータス(六月三十日・妹誕生日後)】
・名前:佐久間 陽斗
・年齢:16
・身長:180.8cm
・体重:63.0kg/体脂肪率:9.0%
・筋力:27.0
・耐久:27.0
・知力:31.2
・魅力:41.2【+1】
・資産(現金):190,000円
・投資中:60,000円(評価額:160,000円/利益:+100,000円)
・総資産:350,000円
・SP:23【+5】
・スキル:22(展開可能)【+1】
・称号:注目の存在/ヒーロー/聖夜を共に/女子人気独占
・特別イベント:
水城遥(進行中/好感度:89/恋愛条件未達)
一ノ瀬凛(進行中/好感度:74/好意)
星野瑠奈(進行中/好感度:72/好意)
本日も読んでいただきありがとうございます!妹の誕生日編、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。