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第62話 試験の終わりに、静かな戦いが始まった

六月末。掲示板のまわりは、湿った風と白いざわめきで満ちていた。

教室から流れてきた生徒たちの波がここでいったんせき止められ、誰もが紙の上に目を走らせる。指先で自分の名前を探すように――。

俺も、その中の一人だ。

期末テストは、学年上位50人までしか貼り出されない。


(……大丈夫。あるはずだ。努力は、裏切らない)


――3位 佐久間陽斗。


胸の奥で、何かが小さく跳ねた。

目標は「5位以内」ちゃんと届いた。けど、まだ上がいる。


「……上げてきたね」


振り返らなくてもわかる。声だけで一ノ瀬凛だ。

涼やかな横顔のまま、ほんの少し目元が緩んでいる。


「でも譲るつもりはないから。――佐久間くん」


「わかってる。俺も、そこを狙ってる」


ただのやりとり。けど、視線が交わった一瞬、空気がかすかに張りつめた。

一ノ瀬は掲示板の最上段――1位の自分の名前をちらりと見上げ、くるりと背を向ける。軽やかな靴音と一緒に黒髪が揺れて、ほんのり甘い香りが残った。


そこへ、別の影が割り込む。


「佐久間、3位か。悪くないな」


落ち着いた、けど温度の低い声。振り返ると、黒縁メガネに整った顔立ち。篠宮智也。

髪はきっちり短く、シャツの襟は一ミリも乱れていない。無駄がない、その言葉がそのまま似合う男。


――2位 篠宮智也。


「ありがとう。でも篠宮のほうがすごいよ。俺はまだまだだ」


本心のつもりだった。けど、篠宮の目がほんのわずか細められる。

表面は冷静なまま、底に硬い音が擦れる。――敵意。


「俺もトップを獲りにいく。悪いけど――お前は一生3位のままだ」


冷たい声。なのにその冷たさが、むしろむき出しの対抗心を浮かび上がらせる。

(……ああ、完全に敵扱いってことか)


視界の端――一ノ瀬が廊下の角を曲がる。

篠宮の視線が、一瞬だけそっちへ流れた。誤差みたいな刹那。本人すら気づいていないかもしれない。

俺は恋愛方面は壊滅的だが、それでも今の目の意味だけは読めた。

彼の「目標」は、学年トップだけじゃない。


(……1位を守る一ノ瀬、背中を追う篠宮。その間に、俺が割って入った――そういう構図か)


空調の効かない掲示板前で、汗ばんだシャツが背中に張りつく。

周りでは「佐久間3位?」「マジか、やっぱ頭いいんだな」なんて声が飛び交う。

男子の何人かが篠宮をちらりと見て、すぐ視線を逸らす。完璧すぎて近寄りがたい――そんな存在。


(……確認しとくか)


意識を集中させると、薄いウィンドウが透けて浮かんだ。


【ステータス:篠宮 智也】

・年齢:16

・身長:172.3cm

・体重:56.4kg/体脂肪率:12%

・筋力:12.2

・耐久:13.5

・知力:35.0

・魅力:20.5

・資産(現金):12,000円

・スキル:集中力強化Lv2/暗記力+20%/分析眼Lv1/筆記速度アップ(小)/冷静沈着/数理解析Lv2 /経営演算Lv2


数字が語っていた。学力特化、筋金入り。

筋力・耐久は低め。運動は普通。魅力は平均より上だが、それ以上に「隙のなさ」が目立つ。

(すごいスキルだな……)


「佐久間、そこ邪魔だ。見るなら早くしてくれ」


視線を戻すと、篠宮が一歩近づいていた。距離感まで正確だ。

俺は肩をすくめて場所を空ける。

「ああ、悪い。……篠宮、次はお前に勝つからな」


「言うだけなら誰でもできる」


言い捨てて、静かに去っていく篠宮。残ったのは湿った空気と、胸の奥に刺さった小さな棘だけ。

(こんなふうに敵意を向けられるのは、いじめられてたとき以来だな。でもあの頃とは違う。これはライバルとしての敵意――燃える)


その瞬間、視界に別のウィンドウが弾ける。


【特別クエスト:図書室のライバル】

・内容:期末テストで一ノ瀬凛に挑め

・結果:――失敗

・報酬:なし


わかってる。今回は届かなかった。でも、次がある。

拳を握り、深く息を吐いて、廊下を歩き出した。



教室へ戻る途中、窓の外に見えた中庭のベンチ。一ノ瀬がノートを広げていた。

通り過ぎるだけにするつもりが、足が勝手に向かう。


「……1位、おめでと」


「ありがとう。――3位、おめでと」


同じ言葉で返し、彼女はぱらりとノートを閉じた。

長い睫毛が影を落とし、目が合った瞬間だけ、その影が薄れる。


「ねえ、佐久間くん」


「ん?」


「“悔しい”って顔、してる」


「……バレた?」


「うん。そういう顔、嫌いじゃないよ」


さらりと言って立ち上がる一ノ瀬。髪が肩で跳ねる。

悔しいのに、笑えてしまう。ずるい。

その背中を篠宮が遠くから見ていたことに――俺は気づかなかった。


下校のチャイムが鳴り、人の波がまた動き出す。

風の抜ける階段に腰をかけ、汗を拭いながらウィンドウを呼び出した。



※【 】内は今回上昇分

【現在のステータス(六月末・期末結果発表日)】

・名前:佐久間 陽斗

・年齢:16

・身長:180.8cm

・体重:63.0kg/体脂肪率:9.0%

・筋力:27.0

・耐久:27.0

・知力:31.2

・魅力:40.2

・資産(現金):286,000円

・投資中:60,000円(評価額:160,000円/利益:+100,000円)

・総資産:446,000円

・SP:18

・スキル:21(展開可能)

・称号:注目の存在/ヒーロー/聖夜を共に/女子人気独占

・特別イベント:

 水城遥(進行中/好感度:89/恋愛条件未達)

 一ノ瀬凛(進行中/好感度:74/好意)【+1】

 星野瑠奈(進行中/好感度:72/好意)



数字は嘘をつかない。3位。悔しいけど、確かな手応えがある。

指先が自然に拳を作って、膝の上でコン、と鳴った。


(――次こそは、一ノ瀬に勝つ)


夕方の光に満ちた廊下を、1位と2位の背中がすれ違う。

その間に割り込むには、まだ足りない。だから、積む。積み続ける。

風に揺れる掲示板の紙。その白い紙に刻まれた「3位」の文字が、燃えるように眩しかった。

読んでいただきありがとうございます!最後までお付き合いいただけて本当に嬉しいです。次回もまた楽しんでもらえるように頑張りますので、ぜひ読みに来てください!

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