第6話 削られる脂肪と積み上がる数字
学校での俺は、相変わらず目立たない。
けれど――ほんの少しだけ、空気が違っていた。
「お前、なんか変わった?」
男子が首を傾げ、隣の女子が小声で「背、伸びた?」と呟く。
笑って流される程度の反応。けれど胸の奥が、ほんのり温かくなる。
誰も知らない。俺が“数字”で証明していることを。
夜、食卓で母がふいに言った。
「陽斗、背伸びたでしょ。肩のラインが前より上がって見える」
妹の美咲は鼻で笑い、「気のせい」と切って捨てた。
けれどそれでいい。俺は、俺の数字を知っている。
―
その夜、視界の端で淡い光が咲いた。
【クエスト発生】
・内容:純粋な脂肪を3kg落とせ
・条件:筋肉量を維持すること
・報酬:筋力+2/耐久+2/魅力+0.5/SP+8
「……筋肉を落とさずに脂肪だけか。無茶言うな。でも報酬はデカいな」
現実ならほぼ不可能。
けれど、俺には“数字”がある。努力が確実に積み上がる世界。
挑戦する理由には、それで十分だった。
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翌朝。
ランニングシューズの紐をきゅっと結ぶ。
吸い込んだ空気が冷たくて、肺がきしんだ。
最初の二、三百メートルで喉が焼けるように痛い。
歩道の端、白線を踏み外さないように走る。
こめかみを伝う汗、背中に張りつくシャツ。
電柱が一本、二本と後ろに流れていくたび、視界がかすかに反応した。
【サブクエスト発生】
・30分走破:耐久+1.2/筋力+0.4/SP+1
・腕立て伏せ50回:筋力+1/SP+1
・腹筋50回:耐久+1.2/SP+1
・間食カット(一日):魅力+0.2/SP+1
「……鬼だな」
だが、鬼でいい。数字が増えるなら、苦しみさえご褒美だ。
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一週間後。
鏡の中の顔が、ほんの少し尖って見えた。
顎の下の影が薄く、頬の輪郭がわずかに浮き上がる。
【ステータス更新(一週)】
・体重:72.5 → 70.8kg
・体脂肪率:26% → 24.5%
「……減ってる」
数字が語る。誰に笑われても、これは嘘じゃない。
母が「顔、すっきりした?」と首をかしげ、美咲は「錯覚」と鼻で笑った。
それでも構わない。俺には――“見えている”。
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二週目。雨。
外に出られない日の代わりに、サブクエの指示が細かく出る。
「湯船ストレッチ10分」「壁スクワット60秒×3」「夜の炭水化物50%オフ」
台所で母に「最近よく動くね」と笑われ、「うん」とだけ返した。
空腹に負けそうな夜、冷蔵庫の前で画面を呼び出す。
“数字”が、食欲より強い意志になる。
【ステータス更新(二週)】
・体重:70.8 → 69.0kg
・体脂肪率:24.5% → 23%
・筋力:+1.4(サブクエ累計)
・耐久:+2.4(サブクエ累計)
・魅力:+0.2(サブクエ累計)
昼休み。
佐藤が机を蹴飛ばした。弁当が宙を回転して床に落ち、笑い声が響く。
俺は無言で箸を拾う。
(こいつはまだ気づいてないだけだ。数字は、積もってる)
胸の奥で、静かに笑った。
―
三週目。
呼吸のリズムが身体に染み込み、歩幅が自然と広がる。
ランの折り返し地点は、初週より一つ先の信号になった。
授業中、教壇に立って黒板に書いたとき、視界がわずかに高い。
チョーク置き場に手を伸ばす角度が前より自然で、
そんな取るに足らない変化が、妙に嬉しかった。
そして三週目の終わり――画面が弾ける。
【クエスト達成】
・純脂肪減 −3.0kg(体重合計 −5.0kg)
・体脂肪率:22%
【報酬獲得】
・筋力+2/耐久+2/魅力+0.5/SP+8
洗面所の鏡に映る俺は、もう“昨日の俺”じゃなかった。
頬のラインがすっきりして、腹まわりが締まり、腕に力を入れると筋が浮く。
「……やった」
小さくこぼれた声は、震えていた。
誰も見ていなくても、画面が“証人”でいてくれる。
―
※【 】内は今回上昇分
【現在のステータス】
・名前:佐久間 陽斗
・年齢:15
・身長:163.1cm
・体重:67.5kg【−5】
・体脂肪率:22%
・筋力:10.0【+3.4】
・耐久:11.0【 +4.4】
・知力:5
・魅力:4.2【 +0.7】
・資産:¥44,400(+2000/日)
・SP:12【+12】
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学校では、まだ「何も変わっていない」扱いだ。
廊下で肩をぶつけられ、机を蹴られる。
佐藤はいつものように笑っている。
けれど、母は言った。
「やっぱり痩せたし、背も伸びたよね」
そのたった一言で、十分だった。
数字は裏切らない。
俺は積み上がる“ログ”を、誰よりも信じている。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!引き続きよろしくお願いします。




