第54話 嫉妬で仕組まれたリンチ、だが俺だけスロー再生で別次元
五月下旬、放課後。
昇降口を過ぎ、裏庭に抜けるトタンの扉が風でカランと鳴った。呼び出しのメッセージ通りそこに向かう。
「話がある」
送り主は三橋隼人。人目を避けるには定番の場所だ。
角を曲がると、五人の男。学校ではいわゆる不良と呼ばれている連中。その中に三橋もいた。
三橋は壁にもたれ、腕を組んでいた。
「来たな、佐久間」
「話って何の――」
言い終わる前に、取り巻きが囲んでくる。靴底が砂利を噛む音が一斉に寄って来て、逃げ道を塞がれた。
「礼儀として、まず謝れよ」
三橋が唇だけで笑う。
「俺の座、奪ったことをさ」
「座?」眉が動く。
「もしかして人気とかの話なら、俺に謝る筋合いはない」
「はぁ? なに調子のってんだよ」
取り巻きの一人が詰め寄ってくる。
視界の片隅、半透明のウィンドウを呼び出す。反射で“数値”が出る。
【三橋 隼人】
身長178.0/体重70.0/体脂肪率12%
筋力23.0/耐久23.5/知力10.0/魅力25.0
(……やっぱり、全部こっちが上)
取り巻きもざっとスキャン。筋力20前後、耐久もそれぐらい、知力は全員一桁。
素行は荒そうだが、数値は平均よりちょっと上ぐらいか。
頭は平均以下だけどな。
「喧嘩するつもりはない。誤解なら――」
「誤解じゃねぇよ」
三橋の声が低く沈む。
「顔も背も、勉強もスポーツも……気づきゃ女の視線までお前に向いてる」
「それでモデル? ……どこまで欲張れば気が済むんだよ」
歪んだ嫉妬が、言葉に混ざる。
説得の道はないのかもしれない。だが一度だけ、試してみる。
「三橋。俺はお前の“敵”じゃない。学校は蹴落とし合う場所じゃないんだ。……比べるなら、相手は俺じゃなくて自分自身だ」
(――でも、こう言ったところで届かないんだろうな)
数秒、風だけが吹く。
次の瞬間、取り巻きの拳が横合いから突っ込んできた。頬すれすれ。反射で腕を上げ前腕で受ける。骨に衝撃が響く。
(……話し合い終了、か)
俺は意識を切り替える。
“恐怖心克服Lv1”がこの状況でも冷静でいさせてくれる。
“瞬発力アップ(小)”“スタミナ持久力+1”が体の動きを鋭くしてくれる。
だが――五人相手はさすがに無理だ。ここで一気に主導権を取る必要がある。
スキルショップを展開。視界にパネルが開く。
―
【戦闘系】
・痛覚制御Lv1(被弾時の硬直、痛み-30%/SP6)
・時界スライスLv1(5秒間、相手の動きが“1/4速”に見える/1日3回の使用制限あり/SP20)
―
(……これだ)
迷いなく、購入。
【スキル購入:時界スライスLv1(SP-20)】
【現在SP:0】
世界が、スイッチ一つで変わる。
砂利の跳ねが宙で止まったかのように見える。
――【時界スライスLv1】発動。
相手の動きが、通常の4分の1に引き延ばされる。肩の振り、足の軌道、口からこぼれた怒声までもが、低速の残響に変わった。
一人目。
重い手首を軽く払うだけで、流れがずれ、体が傾く。支えを奪われた足をすくえば、重力の方が早い。砂利を巻き上げて尻もち。
二人目。
鈍い蹴りが視界を横切る。遅すぎる。踏み込んで足を刈ると、地面に叩きつけられる音すら、間延びして耳に届いた。
三人目。
正面から突進。肩から迫るのがはっきり見える。半歩ずれ、首根っこを掴み、勢いを利用して足をかける。もんどり打って前のめりに崩れ落ちた。
――5秒後。
世界の速度が元に戻る。音が一気に押し寄せ、現実がぶつかってくる。
ドサッ、ドサッ――間を置いて二人が尻もちをつき、三人目が砂利に手をついた。
「な、なんだ今の……動きが見えなかった!」
三橋は動揺しているが、それでも飛びかかってきた。
「お前のせいで!この俺が……!」
三橋が前へ踏み出す。
サッカー部のエース――運動能力は確かに高い。速い。鋭い。
……だが、俺には“見える”。
二度目の《時界スライス》。
世界が切り替わる。音が遠のき、三橋の動きだけがスローに引き延ばされる。
5秒の猶予――再び。
振り抜かれる大振りのパンチ。
通常なら避けきれない速さだろう。だが、今は違う。
伸びきる前の腕を読み切り、俺はその肩をがっちりと掴んだ。
――それだけで、もう拳は前に出ない。
「ぐっ……!」
三橋の目が驚愕に見開かれる。
俺はつま先を踏みつけ、軽く胸を押した。
スローモーションの世界で、その動きは致命的な重さを持つ。
そして――5秒終了。
世界の速度が戻ると同時に、三橋の体はバランスを失い、そのまま地面に沈み込んだ。
俺は低く言い放つ。
「……これで終わりにしろ。これ以上やれば――本当に取り返しがつかなくなる」
沈黙。
三橋の喉がごくりと鳴る。視線が揺れ、やがて口元に歪な笑みが浮かんだ。
それは強がりじゃない。負けを認めた人間の、苦笑だった。
「……お前、ずるいよ。顔も、頭も、身長も、スポーツも……最後には喧嘩まで強いって。勝てるわけねえだろ」
俺は息を整え、視線を逸らさず答える。
「ずるいと思うなら、それでいい」
一拍置いて、線を引くように言葉を続けた。
「……でも、人を集めて殴らせるのは違う。嫉妬を理由にして、誰かを傷つけていいはずがない」
三橋の笑みが消え、静かな敗北の色だけが残った。
取り巻きが息を呑む。
三橋は顔を歪め、うつむいた。拳がほどけ、砂利に落ちた音が小さく響く。
「……悪かった」
まっすぐな謝罪ではない。だが今は、それで十分だ。
俺は一人ずつ目を配り、顎で出口を示す。
「帰れ」
足音がばらばらに散っていく。
三橋だけが最後に残り、背を向けて歩き出す直前、振り向かずに言った。
「俺、サッカー……一度やめる。もう一回、ちゃんとやり直すわ」
そう言って去っていく三橋を見送りながら、俺はふっと力が抜けた。
膝が少し笑っている。スキルで補正していても、緊張で張り詰めていた体は正直だ。
視界にパネルが灯る。
―
【クエスト達成】
・タイトル:「強者の立ち居振る舞い」
・内容:人数不利の対峙で無用な被害を出さずに収束させる
・報酬:SP+5/筋力+1.3/耐久+0.5
―
空を仰いで、長く息を吐く。
(誰も大怪我をさせずに済んだ……)
昇降口へ戻る途中、夕陽が校舎の窓に差し込む。反射した光が眩しくて目を細めたとき、胸ポケットのスマホが震えた。
画面には、短いメッセージ。
――《大丈夫?今日、なんか顔が険しかったよ。無理しないでね》
差出人:水城遥
思わず笑ってしまう。心配はさせたくない。
《平気。ちょっとお腹痛かっただけ》と返してから、もう一度空を見る。
三橋の嫉妬や悔しさは、すぐには消えないだろう。けど――人のせいにさえしなければ、また立ち直れる。
学校を出ると風が少しだけ柔らかく、遠くで新しい季節の匂いがした。
―
※【 】内は今回上昇分
現在のステータス(五月下旬・校舎裏の決着後)
・名前:佐久間 陽斗
・年齢:16
・身長:180.8cm
・体重:63.0kg/体脂肪率:9.0%
・筋力:27.0【+1.3】
・耐久:27.0【+0.5】
・知力:27.2
・魅力:38.2
・資産(現金):330,000円
・投資中:60,000円(評価額:65,500円/利益:+5,500円)
・総資産:406,500円
・SP:5【−15】
・スキル:17(展開可能)【+1】
・称号:注目の存在/ヒーロー/聖夜を共に/女子人気独占
・特別イベント:
水城遥(進行中/好感度:87/好意)
一ノ瀬凛(進行中/好感度:71/好意)
星野瑠奈(進行中/好感度:70/好意)
ここまでお付き合いいただきありがとうございます!またよろしくお願いします。




