第43話 二年生デビューで爆イケ進化
四月六日。
春の風が校舎に流れ込む朝。
昇降口の前では、新しいクラス表を覗き込む生徒たちの声が交差していた。
そのざわめきの中、俺は静かに校門をくぐる。
――瞬間。
空気が変わった。
目線を感じる。正面から、横から、背後から。
まるで見知らぬ転校生でも現れたような視線が、俺に突き刺さっていた。
けれど、俺は笑う。
(……まあ、驚くのも無理はない)
わずか一か月前まで、俺の身長は170にも満たなかった。
それが今では176センチ。
鏡を見るたび、世界の見え方そのものが変わっていた。
背筋を伸ばして歩くたび、風が違う。
足音が前よりも響く。
制服の肩は少し張り、胸のボタンがきつい。
“肉体覚醒”――あのスキルは、ただの数値変化じゃなかった。
自信という鎧を身にまとうような感覚があった。
―
教室。二年一組。
扉を開けた瞬間、教室の空気が一拍止まった。
「……あれ、誰?」
「いや、佐久間……だよな?」
「嘘でしょ? あんなにでかかったっけ?」
十数人分の視線が一斉に突き刺さる。
机を押しのけてまで覗き込むやつもいる。
驚きとざわめきの中、俺は静かに席へ向かった。
肩幅と胸板に押し広げられた布地。
同じ制服でも、まるで仕立てが違うように見えるのだろう。
視界が高い。手を伸ばせば、教室の空気の層が違って感じる。
不思議な優越感があった。
「いや、なんか……カッコよくなってない?」
「え、ほんとに佐久間? 顔つきまで変わってるし」
「てか背ぇ伸びすぎじゃない?」
女子たちの声が一斉に広がる。
誰かが笑い、誰かが小声で「いい意味で反則」とつぶやく。
「佐久間くん、席近いね。よろしく!」
「ねえ、休み時間に話そうよ!」
「もしノート忘れたら写してあげるから!」
言葉が重なり、笑顔が弾ける。
一瞬、教室が“俺中心”に回り出したような錯覚さえした。
――中学の頃なんて、存在すら空気だったのに。
声をかけられるどころか、目も合わせてもらえなかった俺が。
(……外見で、こんなに変わるんだな)
そんな中、男子の方は――当然、反応が違った。
「チッ……なんだよあいつ」
「急にモテはじめやがって」
「調子乗ってる感じ、ムカつくな」
刺すような小声が背中をかすめる。
それでも、怖くはなかった。
あの頃の俺なら萎縮していたかもしれない。
けれど今は、積み上げた数字が盾になっている。
筋力、耐久、知力、魅力――全部が「努力の証明」だった。
「……佐久間くん」
低く、よく通る声。
教室の奥から聞こえたその一言に、自然と体が反応した。
一ノ瀬凛。
黒髪を耳の後ろでまとめ、背筋をぴんと伸ばして座る姿。
変わらず静かで、凛としている。
けれど――その瞳が、わずかに揺れていた。
普段はほとんど感情を表に出さない彼女が、驚きを隠せていない。
「同じクラス、だね。席も近いし」
「あと……背、伸びたよね」
淡々とした口調。
それでも、頬がほんのり赤く染まっていくのが見えた。
俺は思わず目を逸らす。
「まあ、ちょっとな」
軽く返したつもりが、声がかすれた。
一ノ瀬は視線を戻さないまま、窓の外を見た。
だが、口元がわずかに揺れていた。
照れなのか、認めたくない感情なのか。
その“微妙な変化”が、逆に心を掴んで離さなかった。
―
午前の授業。
黒板の文字が視界に流れていく。
けれど、意識の半分は常に周囲に向いていた。
女子たちの囁き。男子の沈黙。
一ノ瀬の横顔。
すべてが妙に鮮やかだった。
昼休み。
弁当を広げる暇もなく、机の周りに人が集まる。
「佐久間くん、今日一緒に食べない?」
「ねえ、どこで髪切ってるの?」
「部活、まだ入ってないんでしょ? もしよかったら――」
矢継ぎ早に飛び交う言葉。
まるで人気タレントの囲み取材だ。
「また今度な」
笑ってかわす。
だが、男子たちの眉間には皺が寄っていた。
「おい、調子乗ってんじゃねえぞ」
「……くそ、何が違うんだ」
小さな声が、確かに聞こえる。
けれど、それももう恐れじゃなく、実感だった。
“俺は変わった”。
その現実を彼らが証明してくれていた。
―
昼食を終えて廊下に出る。
春の陽射しがガラスを透けて差し込み、床に金色の模様を描いていた。
「陽斗くん!」
振り返ると、水城遥が立っていた。
首元のリボンを少し緩め、息を弾ませながら。
瞳が驚きと戸惑いの光で揺れている。
「……別人かと思った。ほんとにびっくりした」
「まあ、春休みにちょっと頑張ったからな」
軽く笑う。
だが、彼女はすぐに首を横に振った。
「“ちょっと”で済む変化じゃないよ……本気で驚いたもん」
その声は穏やかだったが、わずかに震えていた。
嬉しさと、焦りと、何か言葉にならない感情が混ざっていた。
「ありがとな」
素直にそう言うと、彼女は少し照れくさそうに笑った。
春風が髪を揺らし、二人の間を通り抜ける。
その一瞬だけ、時間が止まったようだった。
―
午後の授業。
ノートをとっていると、またあの視線を感じる。
振り向くと、一ノ瀬がじっとこちらを見ていた。
「……どうかしたか?」
「別に。ただ……やっぱり、変わった」
それだけ言って、彼女は視線を逸らす。
その横顔が少しだけ赤い。
何も言えなくなった俺は、ただ小さく笑うしかなかった。
―
放課後。
夕陽が校舎の窓を染める。
昇降口で靴を履き替えながら、一日を思い返す。
女子の笑顔。男子の嫉妬。
一ノ瀬の驚き。遥の微笑み。
全部が、自分の積み重ねを証明してくれていた。
(これが、俺の“成長の証”だ)
拳を握る。
温かな風が吹き抜ける。
新しい一年が、確かに始まった。
―
※【 】内は今回上昇分
【現在のステータス(四月六日・新学期初日)】
・名前:佐久間 陽斗
・年齢:16
・身長:176.1cm
・体重:62.0kg
・体脂肪率:9.0%
・筋力:25.4
・耐久:26.2
・知力:27.2
・魅力:31.7
・資産(現金):279,000円
・投資中:60,000円(評価額:65,500円/利益:+5,500円)
・総資産:344,500円
・SP:2
・スキル:15(展開可能)
・称号:注目の存在/ヒーロー/聖夜を共に
・特別イベント:
水城遥(進行中/好感度:82/好意)
一ノ瀬凛(進行中/好感度:66/信頼)
読んでいただきありがとうございます!肉体覚醒を果たした陽斗、クラスで一気に注目の的に。ここから二年生編が本格スタートです。




