第42話 昨日までと別人、肉体覚醒で始まる二年生生活
三月三十日。
春休みも後半に差しかかり、日差しは少しずつ柔らかさを増していた。
朝のジョギングを終え、汗を拭きながら帰路につく途中――公園の方からボールが転がってきた。
「すみませーん!」
駆け寄ってきた小学生の声に応え、ボールを拾い上げる。
そのまま返すつもりだったが、気づけば一緒にパス練習をしていた。
芝生を蹴る音、弾むボールの感触。
(サッカーなんて、何年ぶりだろうな……)
けれど、不思議なほど体が動く。
体幹がぶれず、ボールを追う視界が冴えている。
スキルとステータスの積み上げが、確実に“日常の自分”を変えていた。
「お兄ちゃん、ナイスシュート!」
「すげー!プロみたい!」
無邪気な歓声が胸に刺さる。
その瞬間、視界の端に小さく光が走った。
【クエスト発生】
・内容:地域の子どもの遊びを手伝え
・報酬:SP+1
笑顔で「またな」と手を振った瞬間、ウインドウが確定音と共に輝いた。
【クエスト達成/SP+1】
【SP:29】
(……あと1ポイント。見えてきた)
春の風が、心なしか少し暖かく感じた。
―
三月三十一日。
部屋の片づけを始める。
押し入れの奥から出てきたのは、中学時代のプリントや使い古したノート。
黄ばんだ紙に残る書き込みを見つめて、思わず笑みがこぼれた。
(あの頃は、全部“無駄”だと思ってたのに)
今では、その一枚一枚が“積み上げの記録”に見える。
そんなとき、階下から母の声が響いた。
「陽斗ー! 二階に荷物、運んでくれない?」
「了解!」
段ボールを抱え、階段を何往復もする。
腕に走る痛み。背中を伝う汗。
だが、それすら数字に換算できる“達成感”だった。
【クエスト発生】
・内容:家の力仕事をこなせ
・報酬:SP+1
【クエスト達成/SP+1】
【SP:30】
「……これで、揃った」
スキルショップを開くと、画面に浮かぶ【肉体覚醒】の文字が淡く光っていた。
胸の奥で、静かに鼓動が速くなる。
―
四月一日。
エイプリルフールの朝。
世間は冗談で盛り上がっているのに、俺はひとり、真剣にランニングをしていた。
妹が「お兄ちゃん、今日さぼってもいいんじゃない?」と茶化すが、苦笑で返すだけだ。
(今さら止まれるかよ)
息が切れるたびに、心拍が数字として頭に浮かぶ。
努力の総量が、確かに形になっていく感覚。
筋肉の動きが、以前よりも“自分の意思”に忠実だった。
(新学期までに、もう一段上に行く……!)
―
四月二日。
午前、図書館に立ち寄る。
入口近くで、職員の女性が重そうなダンボールを抱えていた。
「よかったら手伝いましょうか?」
「え、助かるわ!ありがとう!」
図鑑や辞典、資料集。想像以上の重量だ。
腕が張り、背中が軋む。
けれど、終えた瞬間にまたウインドウが光を放った。
【クエスト発生】
・内容:地域活動を手伝え
・報酬:SP+1
【クエスト達成/SP+1】
【SP:31】
(よし、もういつでも“解放”できる)
画面を閉じ、心の中で拳を握る。
―
四月三日。
トレーニングの最中、強烈な疲労が襲う。
腕が重い。呼吸も乱れる。
床に倒れ込んだまま、過去の記憶が脳裏をよぎった。
――殴られても、笑われても、何もできなかったあの日。
(あの頃の俺は、もういない)
ゆっくりと起き上がり、腕立て伏せを再開する。
指先が震え、肩が焼ける。
それでも――止めなかった。
努力はもう“義務”ではなく、“生き方”になっていた。
―
四月四日。
夕方、母が慌ただしく玄関で靴を履いていた。
「陽斗、ごめんね。急に町内会の集まりが入っちゃって。夕食、お願いできる?」
「わかった。任せて」
「助かったわ。ありがとう、陽斗」
母の笑顔が、なぜか心に残った。
それは数字では表せない“温かさ”だった。
キッチンに立つと、静けさが家を包む。
包丁を握る手はぎこちなく、玉ねぎを切るたびに涙が滲む。
けれど、不思議と楽しかった。
自分で作る夕食が、こんなにも“挑戦”に感じるとは思わなかった。
【クエスト発生】
・内容:家事を最後までやり遂げろ
・報酬:SP+1
【クエスト達成/SP+1】
【SP:32】
(……これで、本当に準備は整った)
―
四月五日。
新学期前日。
朝の光が差し込む瞬間、視界に浮かぶウインドウが白く輝いた。
―
スキル名:肉体覚醒
必要SP:30
効果:身長+8cm、筋力+1.5、耐久+1.5、魅力+1.5
説明:限界を超えた肉体を再構築し、身体能力全般を恒常的に強化する。
使用時には強烈な痛覚と引き換えに、全身の構造が書き換えられる。
―
「……行くぞ!」
――ピコン。
使用した瞬間、世界が閃光に包まれた。
皮膚の奥から光が滲み出し、筋肉の繊維がひとつひとつ再構築されていく。
骨が軋み、血流が一気に加速する。
全身の細胞が悲鳴を上げながら、それでも確かに“生まれ変わっていく”。
「っ……あぁ……!」
息が漏れる。
痛みと快感が混じり合い、頭の中が真っ白になる。
次の瞬間――視界が一段高くなった。
制服の袖が短くなり、胸元のボタンがきつくなる。
鏡に映るのは、もう昨日までの俺じゃない。
肩幅は広がり、胸板は厚みを増し、
目の奥には確かな光が宿っていた。
(……これが、“肉体覚醒”か……!)
―
※【 】内は今回上昇分
【現在のステータス(四月五日・肉体覚醒直後)】
・名前:佐久間 陽斗
・年齢:16
・身長:176.1cm【+8】
・体重:62.0kg
・体脂肪率:9.0%
・筋力:25.4【+1.5】
・耐久:26.2【+1.5】
・知力:27.2
・魅力:31.7【+1.5】
・資産(現金):277,000円
・投資中:60,000円(評価額:65,500円/利益:+5,500円)
・総資産:342,500円
・SP:2【−26】
・スキル:15(展開可能)【+1】
・称号:注目の存在/ヒーロー/聖夜を共に
・特別イベント:水城遥(好感度:82/好意)/一ノ瀬凛(好感度:66/信頼)
―
制服を着ると、胸のボタンがきつい。
ズボンの裾も短くなっていて、母が目を丸くする。
「陽斗、あんた……背、そんなに高かった?昨日は気づかなかったけど……」
「成長期だし、急に伸びることもあるだろ」
ごまかしたが、さすがに無理があった。
だがそんなことよりも、鏡に映る自分を見て胸の奥に芽生えた自信の方が大きかった。
―
四月六日。
新学期。
校門をくぐった瞬間、周囲の視線が一斉にこちらへ向いた。
「……え、あれ佐久間?」
「身長、どうなってんの?」「顔まで違くね?」
ざわめきが背後から押し寄せる。少し恥ずかしいような気もした。
クラス替えの掲示板に視線を向ける。
【二年一組 佐久間陽斗】
すぐ下には――一ノ瀬凛の名前もあった。
胸が高鳴る。
新しい一年が、ここから始まるのだ。
―
教室へ入ると、さらにその反応は強まった。
「お前、佐久間か!?別人かと思ったぞ!」
「てか、なんか“主人公オーラ”出てね?」
冗談混じりの声を受け流しながら、自分の席に腰を下ろす。
机に手を置くと、視線の高さが変わっているのに気づいた。
窓に映る自分は――もう“過去の俺”ではなかった。
数字として積み上げた努力が、ようやく“現実”になったのだ。
(ここからだ。二年目のステージが始まる)
指先に力を込め、俺は静かに拳を握った。
新しい春の光が、再びステータスウインドウを照らしていた。
ここまで読んでくださりありがとうございます!次回からは二年生編に突入です。




