第31話 冬の放課後、更新されたのはステータスだけじゃない
冬の放課後。吐く息が白く漂うほど、空気は冷たく澄んでいた。
校門を出ると、街灯の光がアスファルトに細長い影を伸ばしている。
カバンのストラップが肩に食い込み、手先がかじかむ。それでも、胸の奥はどこかじんわりと温かかった。
期末テストの発表から数日。
あの掲示板の前で感じた“高揚”の余韻は、まだ俺の中に残っていた。
自分の力で順位を上げたという事実。
あの一ノ瀬凛に“数字が嘘をつかない努力だ”と認められたこと。
全部が、冬の空気よりも鮮明に焼き付いている。
そんなときだった。
「……佐久間くん?」
その声に振り返る。
街灯の下で、一ノ瀬凛が立っていた。
冷たい空気の中、肩までの黒髪が微かに揺れる。制服の上から羽織った黒のコートが、彼女の白い肌をいっそう際立たせていた。
「一ノ瀬……?」
「帰り道、同じ方向みたいだから」
相変わらずの淡々とした声。けれど、言葉の端にかすかに柔らかさが混じっている気がした。
俺は少し間を置いてから頷く。
「……そ、そうなんだ」
歩き出すと、吐く息が並んで白く溶けていった。
―
商店街の通りに差しかかると、街はクリスマス前の彩りをまとっていた。
ガラス越しに見えるツリー、きらめく電飾、カップルの笑い声。
そんな華やかさの中で、隣を歩く一ノ瀬の横顔はどこか静かで、浮世離れして見えた。
「……お腹、空いてない?」
一ノ瀬が、不意に口を開いた。
「え?」
一瞬、聞き間違いかと思った。
「別に変な意味じゃない。ただ、勉強法のことをもう少し聞こうと思って」
そう言って、彼女は視線をこちらに向けた。冷たくも真剣な瞳。
「……いいけど」
気づけば、即答していた。
―
入ったのは商店街の中にある定食屋だった。
外の冷気とは対照的に、店内は湯気と出汁の香りで満ちている。
鉄板の音、味噌汁の匂い、賑やかな食器の音。まるで異世界に入ったみたいに温かい。
「俺、唐揚げ定食にする」
「じゃあ私は……焼き魚で」
注文を終えると、店員がコップを置き、湯気が立ち上った。
沈黙。だけど気まずくない。むしろ、静かな呼吸が心地よかった。
やがて、一ノ瀬が口を開く。
「どうして急に伸びたの?」
「急にっていうより、積み重ねかな。毎日ノートまとめて、ミスの記録つけて……それを潰してっただけ」
「……それだけで8位まで?」
「うん。だけど“続けた”のは俺でも初めてだった」
その言葉に、彼女の目が少しだけ揺れた。
「……そう。驚いたよ。毎回50位以内の顔ぶれは、ほとんど変わらないから」
コップを持つ手が止まり、水面が小さく揺れる。
「ずっと、同じ上位の中で争ってきた。けど、初めて知らない名前を見た。……少しだけ、嬉しかった」
「嬉しかった?」
「“変化”があったのがね」
その笑みは、どこか自嘲気味で、でも優しかった。
料理が運ばれてきた。
唐揚げの衣がサクッと音を立て、湯気とともに香ばしい匂いが広がる。
「……美味い」
思わず漏れた言葉に、凛がくすっと笑った。
「なんか、普通の男子っぽい」
「いや、俺ふつうの男子だけど?」
「そうね」
その一言に、どこか楽しげな響きがあった。
――そのとき、視界にパネルが浮かんだ。
―
【好感度スキャンLv2】
→ 数値に加え、感情段階を6カテゴリで表示(嫌い/普通/興味/信頼/好意/恋愛)
―
(……まさか、今このタイミングで?)
【一ノ瀬凛 好感度:40/興味】
(……“興味”。か)
嫌われてない。むしろ、少しでも心を動かしたなら、それで十分だ。
こうして彼女と並んで食事してる。それだけで、数値以上の現実だ。
そのあと、話題は勉強から少しずつ逸れていった。
好きな本、音楽、休日の過ごし方。
「ゲーム好きなんだ?」
「まぁ、気分転換にね」
「意外」
「一ノ瀬は?」
「私は……本を読むくらい」
「どんな本?」
「静かなやつ。心が落ち着く本」
彼女の声は穏やかで、湯気の向こうで微笑んでいるように見えた。
気づけば、時間の流れがゆっくりになっていた。
―
店を出る頃には、街はすっかり夜に染まっていた。
商店街のイルミネーションが雪のように瞬き、吐く息がその光をぼやかす。
「今日は、ありがとう」
「こちらこそ」
短い言葉。でも、それで十分だった。
一ノ瀬は少しだけ俺を見て、髪を耳にかけながら言った。
「また……話せるといいね」
その仕草が、寒空の下でも妙に温かく見えた。
心臓がひとつ、大きく跳ねる。
―
夜、自室の灯りを消し、布団に潜り込む。
無意識に、ステータス画面を呼び出していた。
……もう、完全に日課になってる。
(……やっぱり、この“+数値”見づらいな)
すると、画面が一瞬チカッと光り、自動更新が入った。
―
【アップデート通知】
・カッコ表記を廃止し、補正込みの数値を表示します。
・スキル・称号の影響も加算された最終値を統合表示。
―
(なるほど……見やすくなったな)
―
※【 】内は今回上昇分
【現在のステータス(十二月中旬・一ノ瀬との会話後)】
・名前:佐久間 陽斗
・年齢:16
・身長:168.1cm
・体重:62.0kg
・体脂肪率:15.0%
・筋力:21.9
・耐久:21.7
・知力:20.2
・魅力:26.7
・資産(現金):¥234,000
・投資中:¥60,000(評価額:¥61,500/利益:+¥1,500)
・総資産:¥295,500
・SP:9.0
・スキル:13(展開可能)
・称号:注目の存在/ヒーロー
・特別イベント:水城遥との関係(進行中)/一ノ瀬凛との関係(開始)
【好感度スキャンLv2】
・水城遥:70(好意)
・一ノ瀬凛:40(興味)
―
数字の羅列なのに、心が少しざわつく。
(“興味”……それと“好意”、か)
そう呟いてウインドウを閉じる。
窓の外では街の明かりが滲み、冬の夜がゆっくりと流れていた。
遠くで風鈴みたいに小さな鈴の音がして、
その音に混じって、誰かの笑い声が聞こえる。
(……もうすぐ、クリスマスか)
胸の奥に、あたたかい灯がともる。
静かな夜の中で、それだけが確かに残った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!またよろしくお願いします!




