第29話 期末テスト本番、ステータスの向こう側へ
十二月の冷たい風が、まだ眠気の残る顔に容赦なく吹きつけた。
白い息が朝日に溶けていく。昇降口を抜け、教室のドアを開けた瞬間――
普段のざわめきが嘘のように消えていた。
鉛筆の音、ページをめくる音、ため息。
誰もが自分のノートにしがみつくようにして、最後の確認をしていた。
空気そのものが緊張している。
(……いよいよだな)
指先が少し冷たい。心臓の音だけが、やけに鮮明に響いていた。
これまで積み上げた全てが、今ここで試される。
暗記効率+30%。集中力強化Lv1。財務感覚Lv1による数字処理の直感。
――努力が“数値化”された俺の脳が、今日どこまで通用するか。
黒板の前に試験監督の教師が入ってくる。
空気がピンと張り詰めた。
―
「一時間目。――始め!」
配られた用紙をめくる。最初は現代文。
活字の密集した長文に一瞬ひるみそうになるが、すぐに思考が流れ始めた。
文の論理構造が、まるで色分けされて見えるようだ。
“筆者の主張”“対比構文”“例示”――目線を走らせるたびに、答えの位置が自然に浮かぶ。
(……これが、スキルの複合効果か)
迷いがない。時間を半分残して書き終えたのは、人生で初めてだった。
―
二時間目。数学Ⅰ。
(ここからが本番だ……)
問題を見た瞬間、胃がきゅっと縮む。
一次関数、二次関数、図形の証明。
どれも手強い。
だけど、「数式の動き」が読める。
計算の途中で“次にくる形”が見える。
まるで未来をトレースしているような感覚。
(いける――!)
シャーペンが紙を滑る音だけが、教室に響く。
時間ギリギリまで手を動かし、最後の一問に丸をつけた瞬間、
無意識に笑みがこぼれた。
―
昼休み。
教室の空気は少しだけ緩んでいた。
弁当を開きながらも、周囲の会話は全部テストの話。
「現代文、マジ無理だった」「数学、範囲外出たって!」
みんなが嘆く声を聞きながら、俺は箸を止めた。
うまくいった手応えを口にするのが、なぜか怖かった。
“努力の成果”って、声に出すより心の中で感じたい。
そんな気がした。
―
午後の三時間目は英語。
スピーカーから流れるリスニング音声は、雑音混じりで聞き取りづらい。
以前の俺なら、もう諦めてただろう。
(落ち着け。単語は頭に入ってる。焦るな……)
音の一つ一つが、意味に変換されていく。
“hear”“through”“beyond”――暗記スキルで叩き込んだ単語たちが、
まるで自動で反応してくる。
文意の全体像が見えた瞬間、ペンが勝手に動いていた。
(これなら……戦える)
筆記問題も、想像以上の手応え。
英文読解の中で、以前なら読み飛ばしていた関係代名詞すら
自然と理解できるようになっていた。
―
翌日。テスト二日目。
理科と古典の日。
化学式の計算問題で、俺は無意識に笑っていた。
前回のテストでは白紙で出したのに、
今は「数字が“ひとつの流れ”になって頭の中を通り抜けていく」。数値の法則が見える。
財務感覚Lv1の副効果かもしれない。
数字の“違和感”が、感覚的にわかるようになっていた。
(これ、投資で鍛えた感覚……)
物理の問題でも、力の分解図が自然に描ける。
知識だけじゃない、“思考の筋肉”がついていた。
古典は、最初の文法問題でつまずきかけたが――
集中力強化が効いた。思考が乱れない。
文章のリズムに乗るようにして、解答を一つずつ積み上げた。
―
三日目。数学Ⅱと現代文Ⅱ。
二日目の疲労が抜けきらず、教室には沈黙が漂っていた。
シャーペンを握る手が少し重い。
(……ここで崩れたら、今までが無駄になる)
脳はもう限界ギリギリ。
それでも、俺は紙に向かった。
時間を測り、呼吸を整え、手を止めない。
数字が、言葉が、知識が――全部“自分の武器”になっている感覚。
―
最終日。社会と英表。
教室に漂うのは、もう緊張ではなく「静かな疲労」だった。
日本史の年号も、世界史の地名も、
暗記効率+30%の成果が、手応えとして返ってくる。
地理の統計問題では、
数字を追う目が自然に最短ルートを選ぶ。
“数字で戦える”という感覚が、心地よかった。
――そして、最後の英表。
「英語で“表現する”」その言葉どおり、ただの暗記では通用しない。
単語の意味、語順、時制――その全部を“使って”答えなければならない。
(文法はもう覚えた。あとは、伝えるだけだ)
英文を組み立てるたび、頭の中でピースがはまっていく。
最初は無理だと思っていた英作文が、
今は“思考の延長”として自然に書ける。
最後の一文を書き終えた瞬間、
小さく息を吐いた。ペンを置いた指が、少しだけ震えていた。
(……終わった、か)
チャイムが鳴る。
ペンを置いた瞬間、胸の奥から熱が溢れた。
一週間の戦いが、ようやく終わった。
―
放課後。
昇降口で靴を履き替えていると、背中から声。
「どうだった?」
振り返ると、水城遥が立っていた。
冬の陽射しを受けた黒髪が、柔らかく揺れる。
「試験、手応えあり?」
「……悪くなかった、と思う」
我ながら落ち着いた声だった。
遥は一瞬だけ目を細めて、穏やかに笑った。
「そう。じゃあきっと、大丈夫だね」
それだけ言って去っていく。
周囲の男子がひそひそと囁く。
「水城さんと話してたの、佐久間じゃね?」「マジかよ」
以前なら足がすくんでただろう。
でも今は、まっすぐ立っていられた。
外に出ると、冬の風が頬を刺す。
けれど、不思議と胸の奥は温かかった。
(あとは、結果を待つだけだ……)
―
夜。
布団に潜り込み、ステータスを開く。
青白い光が部屋を照らした。
―
※【 】内は今回上昇分
【現在のステータス(期末テスト最終日)】
・名前:佐久間 陽斗
・年齢:16
・身長:168.1cm(+8)
・体重:62.0kg
・体脂肪率:15.0%
・筋力:21.9(+1.5)
・耐久:21.7(+0.5)
・知力:19.2(+4.0)
・魅力:26.7(+3.0)
・資産(現金):210,000円(+2000/日)
・投資中:60,000円(評価額:61,500円/利益:+1,500円)
・総資産:271,500円
・SP:4.0
・スキル:13(展開可能)
・称号:注目の存在/ヒーロー
・特別イベント:水城遥との関係(進行中)
―
数字を見つめながら、思わず笑みがこぼれる。
(俺、だいぶステータス伸びたよな……)
そのまぶたが落ちかけた瞬間――
スマホの画面が、ふっと光った。
【学校ポータル:期末テスト結果 一週間後 10:00 公開】
「……一週間後、か」
胸の奥が、静かにざわめいた。
努力の“答え”が貼り出される日。
上位50人の中に、自分の名前はあるのか。
想像するだけで、心臓が痛いほど跳ねた。
(逃げるな。やれることは全部やった)
布団の中でスマホを伏せ、
暗闇の中、ゆっくりと息を吐く。
――結果は、一週間後。
それだけの事実が、
まるで“クエストの最終通知”みたいに胸を熱くした。
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