第27話 数字の中に“生きる力”を見つけた。資産も俺の力になる
画面に浮かぶ「購入確定」の赤いボタンを前に、俺はしばらく動けなかった。
指先にはじっとりと汗がにじみ、胸の奥では心臓がまるで警報のように暴れている。
たった数ミリのタップ。それだけで50,000円――現実の金が動く。
スマホの液晶の向こう側にあるのは、ただの数字じゃない。
そこには、俺がこの数ヶ月でようやく積み上げてきた“現実”が詰まっている。
(……本当に押していいのか?)
脳裏に、幼い記憶がよみがえった。
小学生の頃、カードゲームに小遣いを全部つぎ込んで母に怒られた夜。
中学生の頃、気の迷いで買った高めのスイーツを一晩で食べきって、次の日の昼飯代がなくなった日。
“お金は減るもの”――そう刷り込まれて生きてきた。
だが今は違う。
俺には「財務感覚Lv1」がある。数字の流れが見える。
夏に読み込んだ投資入門書のメモが、頭の奥で再生される。
リスク分散。長期視点。損失の先にあるリターン。
(逃げたら、また何も変わらない)
深呼吸。
指が震える。
まるでリレーのスタートラインに立ったような緊張感だった。
体育祭の時よりも、文化祭の開店前よりも――遥かに怖い。
「……行くぞ」
タップ。
“ピコン”という電子音が鳴った瞬間、空気が止まった気がした。
―
【投資実行:¥50,000】
―
数字が切り替わり、残高が減る。
【資産(現金):¥148,000】
胸の奥がひゅっと冷える。
まるで何か大切なものを失ったような錯覚。
けれどこれは浪費じゃない。
俺は“消費”しているんじゃない。
これは、未来に芽を出す“種まき”だ。
(……始まった)
小さく呟いて、スマホを閉じた。
―
翌日。昼休み、机の下でそっと画面を開く。
【評価額:¥49,800】
「……マイナス200円」
胃の奥がズシンと重くなった。
たった200円。
それでも、実際に自分の金が減ると、心臓の奥まで冷たくなる。
(……やっぱり怖ぇな)
財務感覚Lv1が静かに囁く。
(下がるのは一瞬だ。上がるのも一瞬だ。目を離すな、流れを見ろ)
数字の変化に、まるで心を試されているようだった。
俺は息を整え、スマホを閉じた。
―
三日後。
【評価額:¥49,500】
「……下がってる」
マイナス500円。
たったそれだけで、腹の底が重く沈む。
けれど、不思議と心は落ち着いていた。
(筋トレだって最初は痛みばかりだった。腕立て10回で限界、次の日は体が動かなくなる。
でも続ければ、筋肉は裏切らない。数字も同じだ。今日の痛みが、明日の伸びになる)
それは理屈じゃなく、体が覚えた“努力の手応え”だった。
―
一週間後。
【評価額:¥50,200】
「……戻った」
思わず声が漏れる。
500円減って、700円増えた。トータルは+200円。
たったそれだけの数字なのに、胸の奥が熱くなった。
心臓がドクンと鳴る。
隣の席のやつが覗き込んでくる。
「佐久間、何ニヤけてんだよ」
「いや……なんでもない」
スマホを閉じる。
けど内心では、叫びたかった。
――この感覚を知ってしまったら、もう後戻りできない。
数字が動くたび、心が動く。
それが恐怖じゃなく、快感に変わりつつあった。
―
十日後。
【評価額:¥50,800】
「……上がってる」
利益は+800円。
わずかな数字でも、積み重ねれば“努力”になる。
筋力の+0.1と同じだ。
たった1歩でも、前に進んでいることが嬉しかった。
夜、布団の中でスマホを見つめながら、呟く。
「数字も……努力で鍛えられるんだな」
金を“使う”だけだった俺が、今は“育てている”。
その感覚が心地よかった。
ふと思い出して、夏に投資した最初の1万円を確認する。
【過去投資:¥10,000 → 評価額:¥10,200(利益+200円)】
「……まだプラスか」
わずか200円。けど、ちゃんと生きている。
積み上げた時間は裏切らない。
画面に文字が浮かんだ。
―
【クエスト達成】
・内容:新たに¥50,000を投資せよ
・報酬:知力+2.5/SP+5
―
筋力や耐久だけじゃない。
金だって、知識だって、全部“努力の結果”なんだ。
夜。布団の中でステータスを呼び出す。
―
※【 】内は今回上昇分
【現在のステータス(十月下旬・投資後)】
・名前:佐久間 陽斗
・年齢:16
・身長:168.1cm(+8)
・体重:62.0kg
・体脂肪率:15.0%
・筋力:21.9(+1.5)
・耐久:21.7(+0.5)
・知力:16.7(+1.5)【+2.5】
・魅力:26.7(+3.0)
・資産(現金):148,000円(+2,000/日)
・投資中:50,000円(評価額:50,800円/利益+800円)
・過去投資:10,000円(評価額:10,200円/利益+200円)
・総資産:209,000円
・SP:27.0 【+5】
・スキル:12(展開可能)
・称号:注目の存在/ヒーロー
・特別イベント:水城遥との関係(進行中)
―
数字を眺めながら、ふっと笑みがこぼれる。
「……資産も、俺の力だ」
筋力、耐久、知力、魅力、資産――。
どれか1つじゃなく、全部が“俺”を形作っている。
それを知った瞬間、心がほんの少しだけ強くなった気がした。
窓の外では、十月の風が冬の匂いを運んでいた。
街灯の光がカーテンの隙間から差し込み、部屋の中に淡い影を落とす。
(次は……期末テストか)
(今度は、“頭の努力”で勝負だ)
心の奥で、小さな炎が静かに灯った。
数字を追いかけることが、いつの間にか“生きる実感”になっていた。
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