第23話 文化祭の終幕、称号:注目の存在
文化祭二日目。
今日はクラス展示ではなく、午前中から自由行動が許されていた。
校舎全体が、昨日以上にざわめいている。
どの教室からも音楽や笑い声がこぼれ、空気そのものが熱を帯びていた。
前日の夜――。
帰り際、廊下で水城遥に声をかけられた。
「明日、悠真も一緒に校内を回る予定なの。もし良かったら……佐久間くんも来てくれない?」
まさか自分がそんな誘いを受けるとは思ってもいなかった。
息が止まるほど驚き、返事をするどころか顔を真っ赤にして頷くのが精一杯だった。
それでも彼女は、嬉しそうに微笑んでいた。
――そして翌朝。
昇降口の前で待っていると、
人混みの向こうから遥と悠真が歩いてくるのが見えた。
「お兄ちゃん!」
悠真が笑顔で駆け寄ってくる。
その呼び方にも、もう自然に慣れてしまった自分がいる。
「昨日も来てくれてありがとう。今日は楽しもうな」
そう言うと、悠真は嬉しそうに頷いた。
その隣で、遥が柔らかく笑う。
朝の光を反射したその笑みは、どこか昨日よりも近く感じた。
―
三人で校内を回り始める。
焼きそばの香り、チョコバナナの甘い匂い、
屋上から響くバンドの音――すべてが文化祭らしい賑わいだった。
いつもは静かな廊下も、今日は他校の制服や保護者で埋め尽くされている。
その中を、俺は“参加者”として歩いていた。
(……楽しいな)
ステータスの数字なんか見なくても分かる。
この感情は、本物だ。
途中、悠真が人混みの向こうを指差した。
「――あっ、友達見つけた! 行ってきていい?」
元気な声が響く。
遥が微笑んで頷いた。
「いいよ。気をつけてね」
「うん!」
悠真は小さく手を振り、友達のグループへ駆けていった。
その背中が見えなくなった瞬間、残されたのは俺と――遥。
一瞬、空気が止まる。
周囲の賑わいが遠のいたように感じた。
「……ごめんね。悠真、急に行っちゃって」
「いや、全然」
言葉は出た。
けど、心臓の音がバカみたいにうるさい。
(やばい……二人きり……)
(……心臓が死ぬ……)
遥はそんな俺の動揺に気づいているのかいないのか、
ふっと笑った。
「じゃあ――二人で、回ろっか」
その笑顔が眩しくて、視線を逸らす。
(……落ち着け、俺)
(文化祭の自由行動で、ただ一緒に歩くだけ。それだけだ)
それでも胸の鼓動は止まらなかった。
――それから、少しの間は言葉もなく歩いた。
屋台から漂うソースの匂い、どこかで鳴るバンドの音、
ざわめく人の波の中を、俺たちは並んで歩いた。
ときどきすれ違う視線が気になって、
手の位置や歩幅まで意識してしまう。
けど、不思議と嫌じゃなかった。
そんなとき、遥がふいに口を開いた。
「佐久間くん、昨日の接客、本当にすごかったよ。
私のクラスの子たちも“あの人すごいね”って話してた」
「いや、俺は……必死だっただけだよ」
「その必死さがいいんだよ。真剣な人って、見てて気持ちいいから」
遥の言葉に、少し息が詰まった。
胸の奥で、何かが小さく弾けた気がした。
ポップコーンを分け合い、演劇部の舞台を覗き、美術部の展示で笑い合う。
時間がゆっくり流れていく。
(こんなに穏やかな時間があるんだな……)
そう思った瞬間――
―
「ねぇ、君。可愛いね。一緒に回らない?」
廊下の角で、三人組の他校生が声をかけてきた。
制服の色からして、隣町の高校だ。
最初は軽口かと思った。
だが、遥がやんわり断っても、彼らは引かなかった。
「友達? そんな地味な男ほっといて、俺らと回ろうぜ」
俺の肩を軽く小突きながら、にやつく。
その瞬間、周囲の視線が集まり、廊下の空気が変わった。
――視界に半透明のウィンドウが現れる。
―
【クエスト発生】
・内容:水城遥を守れ
・報酬:筋力+1/耐久+1/魅力+1.5/SP+10/新スキル解放
―
(……逃げるわけにはいかない)
「悪いけど、俺たちは一緒に回ってるんだ。だから邪魔しないでくれるか」
声は、思ったより落ち着いていた。
恐怖心克服スキルが静かに働いているのを感じた。
「は? なんだお前」
「調子乗ってんじゃねぇのか?」
三人が一歩近づき、空気が張り詰める。
だが、俺は退かなかった。
「……周り、見てみろ」
俺は顎で示した。
廊下の端では、出店の生徒や客たちが足を止めてこちらを見ている。
「ここ、俺たちの学校だ。トラブル起こしたらどうなるか、わかるよな?」
一瞬、三人の表情が曇る。
舌打ちが響き、彼らは肩をすくめて去っていった。
―
【クエスト達成】
・報酬:筋力+1/耐久+1/魅力+1.5/SP+10
・新スキル解放:好感度スキャンLv1
―
息を吐いた瞬間、緊張が溶けて膝が軽く震えた。
「佐久間くん……ありがとう」
遥の声が震えていた。頬がほんのり赤い。
「別に。俺も一緒にいたし、当然のことだよ」
照れ隠しに笑うと、遥も少しだけ笑い返した。
(……これでよかったんだよな)
視界に浮かんだウィンドウを確認する。
【好感度スキャンLv1】
→ 視界内の人物の好感度と関係性を可視化
遥に意識を向ける。
【水城遥 好感度:中/信頼】
(すごいな、このスキル……好感度まで見えるのか)
(“中”って、いい方なのか? それに“信頼”……か)
画面を見つめながら、胸の奥で小さく息を吐く。
(まだ、そこまでの関係じゃない。でも――確かに一歩は踏み出せた)
―
夕方。
文化祭は歓声と拍手の中で幕を閉じた。
空がオレンジ色に染まり、校舎の影が長く伸びる。
帰り際、教室の窓から見た光景が、妙に胸に残った。
ピコン。
―
【特別称号獲得:注目の存在】
・全ステータス+0.5補正
―
(……称号? マジかよ。こんなとこまでゲーム仕様なのか)
(けど、“注目の存在”って……悪くないな)
笑ってしまいそうになる。
だけど、画面の文字を見つめているうちに、不思議と胸の奥が熱くなった。
(数字だけじゃない。俺は――ちゃんと、この場所で生きてる)
―
夜。
家に帰ると、母が言った。
「陽斗、最近本当に顔つきが変わったね」
父は笑って「頼もしくなったな」と言い、
妹はそっぽを向きながら「……まぁ、悪くないと思う」と呟いた。
たったそれだけの会話が、温かかった。
―
※【 】内は今回上昇分
【現在のステータス(文化祭終了後)】
・名前:佐久間 陽斗
・年齢:16
・身長:168.1cm(+8cm)
・体重:62.0kg
・体脂肪率:15.0%
・筋力:20.2(+1.5)【+1.5】
・耐久:20.0(+0.5)【+1.5】
・知力:14.2(+1.5)【+0.5】
・魅力:22.2(+3.0)【+2】
・資産:¥172,080(+2000/日)
・SP:13.0【+10】
・スキル:早食いLv1/資産ブースト(+2000/日)/暗記力+10%/身体強化Lv1/恐怖心克服Lv1/瞬発力アップ(小)/スタミナ持久力+1/会話術Lv1/笑顔強化Lv1/好感度スキャンLv1
・称号:注目の存在
・特別イベント:水城遥との関係進展(進行中)
―
(……これが、俺の“文化祭”か)
ステータスウィンドウを閉じ、深呼吸する。
胸の中に、小さく熱い炎が灯ったままだ。
(次のイベントといえば……球技大会だな)
(勝ち負けじゃない。けど、今度は“チームの中で戦う番”だ)
夜の静けさの中、
俺の心はもう次のクエストを、感じ取っていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!また次も読みに来ていただけると嬉しいです。




