第19話 資産の価値は、数字じゃ測れない
「資産を使え」──昨日のクエスト予告が、頭から離れなかった。
布団に潜っても、天井の木目をぼんやり追うだけで、答えは見つからない。
(資産って、使ったら減るだけだろ?)
(増やすことは、投資で学んだ。でも“使う”って……浪費しろってことなのか?)
何度も寝返りを打ち、ようやく浅い眠りに落ちたのは夜明け前だった。
夢の中でも、俺は数字の桁を見つめていた。
―
翌朝。
洗面所の鏡に映る自分の顔は、どこか疲れて見えた。
冷たい水で頬を叩き、目を覚ます。
「……ステータス、開くか」
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【現在のステータス(朝)】
・名前:佐久間 陽斗
・年齢:16
・身長:168.1cm(+8cm)
・体重:62.0kg
・体脂肪率:15%
・筋力:18.5(+1)
・耐久:18.5
・知力:13(+1)
・魅力:16.2
・資産:156,040円(+2000/日)
・SP:7.0
・スキル:早食いLv1/資産ブースト(+2000/日)/暗記力+10%/身体強化Lv1/恐怖心克服Lv1/瞬発力アップ(小)/スタミナ持久力+1
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資産は確かに増えていた。だが、モヤモヤは消えない。
そのとき、画面が光を放った。
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【クエスト発生】
・内容:資産を価値に変えろ
・報酬:知力+1 SP+5
・補足:浪費は価値に含まれません
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「浪費は、違う……」
口に出しても、答えは遠かった。
朝食の席で、パンにジャムを塗りながらぼんやりしていると、妹がじろりと睨んできた。
「お兄ちゃん、今日ずっと真顔。こわいんだけど」
「考えごと。……ジャム取って」
「はいはい」
瓶を渡されて、少しだけ気持ちがほぐれた。
家の中の何気ないやりとりが、妙にあたたかく感じる。
だが頭の奥では、まだ“資産”の二文字がぐるぐると回っていた。
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放課後。
帰り道、ふとゲームショップの前で足が止まる。
ショーウィンドウには、光沢のある新作ポスター。
人気シリーズの続編。何度もPVを見た作品だ。
(買えば楽しい。でも、それはただの“消費”だ)
(クエストが求めてるのは、きっとそれじゃない)
指先が一瞬、財布に伸びる。
けれど拳を握りしめて、店を離れた。
ガラス越しに見えた“楽しそうな自分”の幻影を、後ろに置いて。
―
夜。
部屋の灯りだけが、静かな明かりを落としていた。
スマホの画面には、変わらない数字。
【現在のステータス(夜)】
・資産:¥156,040(+2000/日)
(まだ動いてない……クエストも未達成のままか)
ため息が漏れる。
枕に顔を埋めたまま、天井の明かりがぼやけて見えた。
“使うこと”がこんなに難しいとは思わなかった。
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二日目の朝。
ステータスを開く。
【現在のステータス(朝)】
・資産:¥158,040(+2000/日)
増えている。だが、それだけ。
このままでは、何も変わらない。
今日は、動こう。そう決めて家を出た。
―
放課後。
靴箱で肩を叩かれた。
「なぁ佐久間、この前のリレーさ、マジで痺れたわ。寄り道していかね?」
「え、俺も?」
「ああ。行こうぜ」
半信半疑のままついていくと、駅前のファストフード店にたどり着いた。
油とポテトの匂いが、空腹を刺激する。
カウンター前には制服姿の学生たち。放課後のざわめきが心地よい。
(ここで“使う”のか? でも、奢るのは違う。金で距離を詰めるのは違う気がする)
注文の順番が来たとき、ふとアイデアが閃いた。
「ポテト、Lを二つお願いします」
戻って袋を開ける。
「ちょっと多く買いすぎた。よかったら、つまんでくれ」
「マジ? 助かる! 学校帰りって塩分欲しくなるんだよな」
「ケチャップ余ってるから、使って」
「気が利くじゃん、佐久間」
笑い声がこぼれる。
“奢り”ではなく“共有”。
その違いが、こんなにも温かいとは思わなかった。
【クエスト判定:進行】
・評価:適切な支出
・メモ:関係の潤滑油として機能
(……これかもしれない)
胸の奥が、じんわりと熱を帯びた。
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帰り道。
夕方の通学路で、遥と悠真の姿を見かけた。
二人の距離は近く、どこか穏やかな空気が流れていた。
だが次の瞬間――悠真がつまずき、前のめりに倒れた。
筆箱がアスファルトに転がり、中身が散乱する。
消しゴムは欠け、シャー芯のケースは粉々に砕けた。
「お、お姉ちゃん……壊れちゃった……」
泣き出しそうな声。
「大丈夫か?」
俺は思わず駆け寄った。
近くの文具店の位置を思い出す。
「俺が買ってくる。ここで待ってて」
「え、でも――」
遥が遠慮がちに言いかけたのを、手で制した。
走る足音が夕焼けの道に響く。
店に飛び込み、棚を素早く見渡した。
消しゴム、シャー芯、HBの鉛筆、透明の定規。
会計は1,200円ほど。袋を抱えて戻ると、悠真の目が輝いた。
「これ、使って」
「……お兄ちゃん、僕のために?」
「うん。道具は使ってこそ意味があるから」
「ありがとう!」
遥が息を整え、ふっと微笑んだ。
「佐久間くん、ありがとう。悠真、こういうの一度つまずくと、勉強まで止まっちゃうから」
「わかる。俺も前は消しゴムなくすだけで投げ出してた」
「ふふ。――佐久間くんって、やっぱり優しいんだね」
「考える前に体が動くタイプで」
「そのタイプ、私はけっこう好き」
――心臓が跳ねた。
その言葉だけで、顔が熱くなる。
【クエスト達成】
・内容:資産を価値に変えろ
・報酬:知力+1/SP+5
・解説:相手の困りごとを減らす支出は、信頼と評価を生む
(“価値”って、こういうことか)
財布はほんの少し軽くなった。
けれど胸の奥には、確かに“何か”が残っていた。
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夜。
布団の中、ステータスを開く。
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※【 】内は今回上昇分
【現在のステータス(夜)】
・名前:佐久間 陽斗
・年齢:16
・身長:168.1cm(+8cm)
・体重:62.0kg
・体脂肪率:15%
・筋力:18.5(+1)
・耐久:18.5
・知力:14(+1)【+1】
・魅力:16.2
・資産:156,080円(+2000/日)
・SP:12.0【+5】
・スキル:早食いLv1/資産ブースト(+2000/日)/暗記力+10%/身体強化Lv1/恐怖心克服Lv1/瞬発力アップ(小)/スタミナ持久力+1
・特別イベント:水城遥との出会い(進行中)
【資産ログ】
・1日目朝残高 ¥156,040
・2日目朝残高 ¥158,040
・支出 ポテトL×2:760円/文具:1200円
・差引 ¥158,040 − ¥1,960 = ¥156,080
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(資産は減った。でも、魅力と知力、そして――)
俺は小さく息を吐いた。
資産は“貯めるもの”でもあるけど、“つなぐもの”にもできる。
その夜、眠りにつくまでの時間、心の中に残っていたのは――
数字ではなく、人の笑顔だった。
ここまでお付き合いくださりありがとうございます。次回もぜひご覧ください!




