第18話 体育祭のあと、世界が少し変わった
体育祭が終わった夕暮れ。
西の空は赤く滲み、沈む太陽が校庭の砂を金色に染めていた。
風が吹くたび、砂ぼこりの中に一日の汗と熱気の匂いが混ざる。
テントを畳む音、笑い声、片づけのざわめき――それら全部が「終わった」という実感を運んでいた。
俺はグラウンドを後にしながら、胸の奥に妙な居心地の悪さを感じていた。
疲れているのに、心だけが妙に冴えている。
体のどこかが、まだ戦っているような感覚だった。
理由はすぐに分かった。
背中に突き刺さる、クラスメイトたちの視線。
「……なぁ、佐久間ってあんなに速かったっけ?」
「いや、マジでびっくりした。あの抜き方、鳥肌立ったわ」
「リレーで一気にトップとか、マンガかよ」
昨日まで俺を無視していたやつらが、今はざわざわと俺の名前を口にしている。
その声に嘲笑も皮肉もない。あるのは純粋な驚きと――少しの尊敬。
(……変わったな)
席に座ると、背中がくすぐったい。
どこを向いても視線を感じる。
笑い声はない。ただ、沈黙と小さなざわめきが漂っている。
不思議と、悪くなかった。
―
帰りのホームルームが終わった頃。
廊下の向こうから声がした。
「佐久間くん」
その一言で、空気が止まった。
振り向くと――水城遥が立っていた。
黒髪のロングが夕日に照らされ、淡く光を纏っている。
校内でも“高嶺の花”と呼ばれる彼女。
その彼女が、俺の名前を呼んだ。
「今日のリレー、本当にすごかった」
「え、あ、ありがとう……」
自分でも情けないくらい、声が裏返った。
周囲のクラスメイトが一斉にざわつく。
「水城さんが……佐久間に……?」
「は? どういう関係?」
「まさか付き合ってるとか……?」
そのささやきが背中に突き刺さる。顔が一気に熱くなった。
けれど、遥は気にも留めず、まっすぐこちらを見つめて微笑んだ。
「弟もずっと『佐久間兄ちゃんすげー!』って言ってたよ」
「そ、そうなんだ……」
動揺する俺を見て、遥は小さくクスッと笑った。
それは作り笑いじゃない。
どこか親しげで、心の奥をくすぐるような柔らかさがあった。
胸の鼓動が、不自然なほど速くなる。
横で聞いていた男子が、声を上げる。
「おい佐久間、マジかよ……水城さんと知り合いだったのか?」
「ずりーぞ、隠してやがったな!」
「ち、ちがっ……!」
慌てて否定する俺を見て、遥は肩をすくめながら笑った。
その笑顔が、頭から離れなかった。
―
放課後。
家に帰ると、玄関で母が待っていた。
「陽斗、今日の走り……お母さん泣きそうになったわ」
その声があたたかくて、思わず照れくさくなる。
父も珍しく笑顔で肩を叩いた。
「いい走りだった。胸を張れ」
そして妹。腕を組み、じっと俺を見つめる。
「……お兄ちゃん、なんで急に変わったの?」
「え?」
「雰囲気も、顔つきも、今日の走りも……全然別人じゃん」
拗ねたような声音に、俺は苦笑した。
「別に。ちょっと頑張っただけだよ」
妹はまだ納得していないようだった。
けれど、その目にあったのはもう軽蔑じゃなかった。
代わりに――信じられないけど、どこか誇らしげな色。
「……お兄ちゃん、かっこよかったよ」
ぽつりと呟くように言われた言葉が、不意に胸を突いた。
家族の前でこんなふうに言われる日が来るなんて、少し前の俺なら絶対に信じなかった。
―
夜。
部屋の灯りを落とし、布団に潜り込みながらウインドウを開く。
―
※【 】内は今回上昇分
【現在のステータス】
・名前:佐久間 陽斗
・年齢:16
・身長:168.1cm(+8cm)
・体重:62.0kg
・体脂肪率:15%
・筋力:18.5(+1)
・耐久:18.5
・知力:13(+1)
・魅力:16.2
・資産:154,000円(+2000/日)
・SP:7.0
・スキル:早食いLv1/資産ブースト(+2000/日)/暗記力+10%/身体強化Lv1/恐怖心克服Lv1/瞬発力アップ(小)/スタミナ持久力+1
・特別イベント:水城遥との出会い(進行中)
―
数字は確かに伸びている。
けれど、今日の一番の変化は――数字じゃない。
(周りの目が……変わった)
誰も俺を笑わない。
視線の奥にあるのは、驚きと興味。
あの水城遥でさえ、俺を“同じ舞台に立つ人間”として見ている。
胸の奥で、小さな炎が灯る。
(……次は、もっと大きく見返してやる)
そう呟きながら画面を閉じようとした、その瞬間――。
新しいウインドウが浮かび上がった。
―
【新クエスト予告】
・内容:将来を見据え、次の一歩を踏み出せ
・ヒント:資産を使うことが、未来につながる
―
息を呑んだ。
“資産を使う”――それは今までの俺にはなかった発想だった。
(……資産を、使う? どういう意味だ……?)
ウインドウの光が静かに消える。
次の挑戦が、確実に近づいている。
胸の鼓動を感じながら、俺はゆっくりと目を閉じた。
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