第17話 体育祭で“最底辺”が覚醒した日
体育祭当日の朝。
窓から差し込む光は、やけに鮮やかだった。
いつもと同じ太陽のはずなのに、今日だけは違う。
部屋の空気が熱を帯び、カーテンの隙間から差し込む光が、まるで俺の鼓動と呼吸に合わせて脈打っているように感じた。
胸の奥がざわつく。
緊張でも不安でもない――何かが始まる前の“静かな炎”。
この一日が、きっと何かを変える。
根拠もなく、そう確信していた。
俺は机に腰を掛け、深呼吸を一つ。
そして、いつものようにウインドウを開いた。
―
【現在のステータス】
・名前:佐久間 陽斗
・年齢:16
・身長:168.1cm(+8cm)
・体重:62.0kg
・体脂肪率:15%
・筋力:17.0
・耐久:18.0
・知力:13(+1)
・魅力:15.2
・資産:152,000円(+2000/日)
・SP:9.0
・スキル:早食いLv1/資産ブースト(+2000/日)/暗記力+10%/身体強化Lv1/恐怖心克服Lv1/瞬発力アップ(小)/スタミナ持久力+1
―
(……この“+”って、なんだ?)
数字の並ぶ画面を見つめながら、指先で無意識にテーブルを叩く。
視界の隅で、淡く光が揺らめいた。
――瞬間、ウインドウが切り替わる。
―
【解説】
「ステータス横の(+数値)はスキルショップで獲得した上昇値です。努力による自然成長と区別されます」
―
「……なるほど。じゃあ筋力や耐久は、まだ自分の努力だけってことか」
小さく呟いた声が、朝の静寂に溶けていく。
自分の成長が“スキル”じゃなく、“積み重ねた現実”で支えられてると知って――胸の奥がじんと熱を帯びた。
俺は迷わずスキルショップを開き、指先で確かに選んだ。
―
【スキル購入:筋力+1】(SP-5)
【更新後ステータス】
・筋力:18.0(+1)
―
「……よし。これで、全部出し切れる」
小さな声が、部屋の中に吸い込まれていく。
体の芯が熱い。
数字が光に変わり、胸の奥で脈打っているようだった。
―
校庭に立つと、目の前の光景がまぶしすぎて思わず目を細めた。
色とりどりのテントが並び、旗が風を切る音が空に響く。
マイク越しのアナウンス、砂の匂い、体育館裏の焼きそばの香り。
それらが混じって、学校全体が一つの巨大な鼓動になっていた。
観客席はすでに満員。
父は腕を組み、寡黙なまま落ち着いた顔で立っている。
母はカメラを構え、俺を見つけて優しく笑った。
妹は退屈そうにスマホをいじっていたが――顔を上げた瞬間、驚いたように口を開いた。
「……え、お兄ちゃん? なんか雰囲気違う……」
その言葉が風に乗って届く。
母が父の袖を引いた。
「見て、陽斗……すっかり堂々とした顔になってるわ」
「ふむ……悪くないな」
父は短く頷き、腕を組み直した。
胸の奥が熱くなる。
見返したい――その一心で積み上げてきた努力が、ようやく“形”になり始めている気がした。
笛の音が鳴り響き、空気が張り詰める。
今日一番の大舞台――リレーが始まる。
―
俺は第四走者。
アンカーはクラスのエース、佐藤。
トップでバトンを渡せるかどうかが勝敗を決める。
「佐久間、無理すんなよ」
「……ほんとに大丈夫か?」
笑い混じりの声が聞こえる。
けれど、もう怯えはなかった。
「見ててくれ」
短く、静かに言う。
空気が震える。
スタートのピストルが鳴った。
―
第一走者が飛び出し、砂埃が舞う。
第二走者、第三走者――少しずつ差が開く。
俺の順番が回ってくる頃には、クラスはほぼ最下位。
バトンが手に触れた瞬間、体の奥で何かがはじけた。
(ここからだ)
地面を蹴った一歩目。
景色が一変する。
風が裂け、耳を抜け、世界がスローモーションになる。
瞬発力アップのスキルが発動。
筋肉が爆発するように、全身が前へ押し出された。
「速っ……!」
「誰だよ、あれ!」
「佐久間!? うそだろ!?」
観客席が一気にざわめく。
俺の名を呼ぶ声が飛び交う。
昨日までの嘲笑が、今日だけは歓声に変わっていた。
呼吸が荒くても、足は止まらない。
三人抜き、四人抜き。
視界の隅が白く染まる。
けれど、心はひたすら前だけを見ていた。
(まだいける……まだ!)
歯を食いしばり、脚を振り上げるたびに筋肉が悲鳴を上げる。
それでも止まらない。
俺はもう、“あの日の俺”じゃない。
観客席から、母の声が響いた。
「陽斗ーーーっ!」
父がそれに続く。
「行けぇっ! 見せてやれぇ!」
妹は信じられないように口を押さえたまま立ち上がる。
「嘘……お兄ちゃんが……こんなに……!」
その声が、まるで追い風のように背中を押した。
汗が目に入り、視界が滲む。
それでも、前が見えていた。
残りわずか。
トップの背中が近い。
腕を振り抜き、足を叩きつける。
地面の反動が全身を貫き、勢いのまま――抜いた。
歓声が爆発した。
空気が震える。
心臓が破裂しそうなほど打ち鳴らされた。
ゴールラインの前、アンカーの佐藤が待っている。
その顔には驚きと苛立ちが入り混じっていた。
俺はバトンを差し出す。
「……調子に乗るなよ」
低く吐き捨てる声。
だが、その手は確かに震えていた。
観客席からの拍手が割れるように響く。
俺たちはトップでバトンを繋いだ。
―
【クエスト達成】
・内容:与えられた区間で最高の走りを見せろ
・報酬:筋力+0.5/耐久+0.5/SP+3/魅力+1
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※【 】内は今回上昇分
【現在のステータス】
・名前:佐久間 陽斗
・年齢:16
・身長:168.1cm(+8cm)
・体重:62.0kg
・体脂肪率:15%
・筋力:18.5(+1)【+1.5】
・耐久:18.5【+0.5】
・知力:13(+1)
・魅力:16.2【+1】
・資産:152,000円(+2000/日)
・SP:7.0【−2】
・スキル:早食いLv1/資産ブースト(+2000/日)/暗記力+10%/身体強化Lv1/恐怖心克服Lv1/瞬発力アップ(小)/スタミナ持久力+1
・特別イベント:水城遥との出会い(進行中)
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息を荒げながら、観客席を見上げる。
母は涙を拭い、父は笑みを浮かべ、妹は両手で必死に拍手をしていた。
そして、その視線のさらに先。
白い日傘の下――水城遥の姿。
彼女は口元を押さえ、目を大きく見開いたまま立ち尽くしている。
驚愕。戸惑い。
それでも、瞳の奥に確かに“光”が宿っていた。
「……佐久間くん……」
小さく動いた唇が、俺の名前を紡ぐ。
隣の友人が「どうしたの?」と問いかける。
遥は首を振った。
けれど、その目は俺を離さない。
心臓が大きく跳ねた。
歓声が遠のき、彼女の瞳だけが胸の奥で輝いていた。
(俺は……強くなれたんだ)
そう確信できた瞬間だった。
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