第14話 努力が、優しさに変わる瞬間
放課後。
教室の片付けを終えた俺は、なぜか落ち着かないままモップを置いた。
胸の奥がずっとざわついている。
昨日――水城遥と連絡先を交換した。
その時、彼女からこう言われた。
「明日、放課後に少し時間をいただけませんか」
理由なんて聞かなくても分かっていた。
彼女の弟、悠真と会うためだ。
(本当に来るのか……いや、来るに決まってる。問題は、俺がちゃんと話せるかだ)
自分にそう言い聞かせながら昇降口を出る。
秋の風が少し冷たくて、心拍の高鳴りを誤魔化せない。
校門の近く。
オレンジ色の夕日を背に立つ二つの影が見えた。
一人は、黒髪のロングヘアが光を反射している女性――水城遥。
その隣に、小柄な少年。助けた、あの子だ。
「佐久間くん」
名前を呼ばれた瞬間、心臓が跳ねた。
遥の声は柔らかく、それだけで緊張が解けるようだった。
「突然だったのに、時間を作ってくれてありがとう」
「い、いや。俺の方こそ……」
隣の少年が、俺を見上げて固まる。
怯えているようで、目が泳いでいた。
「弟の悠真です!」
「……あ、あのっ!」
声が震えている。
けれど、その小さな体から、精一杯の想いがにじみ出ていた。
「助けてくれて……ありがとうございました!」
深々と頭を下げる悠真。
俺は思わず笑ってしまった。
「いいんだ。俺も無我夢中だったし」
その瞬間――視界に青白い光が走る。
半透明のパネルが浮かび上がった。
―
【クエスト発生】
・内容:悠真を安心させろ
・報酬:魅力+1 SP+2
―
(……やっぱり、そう来るか)
悠真は感謝を伝えた。
でも、まだ完全には安心していない。
それが数字で分かるのが、この世界の残酷で、そして面白いところだ。
―
「悠真、怖かったよな」
声をかけると、彼は小さく頷いた。
「……うん。体が動かなくて、声も出なかった」
あの瞬間の映像が脳裏に蘇る。
車のブレーキ音。夕方の風。小さな体が道路の真ん中で固まっていた光景。
「でもな、俺は見てたぞ」
「え?」
「悠真、ほんの少しだけ足を動かしてた。怖くても、逃げようとしてたんだ」
「……ぼ、僕が?」
「ああ。その一歩がなかったら、俺も飛び出せなかった」
悠真の目が、ぱちりと見開かれる。
驚きと戸惑い。
けれど次第に、その奥に“自分を信じる光”が宿っていくのが見えた。
「勇気を出してたんだよ。ほんの少しでも、立派なもんだ」
少年は唇を噛みしめ、やがて小さく笑った。
ぎこちなくても、その笑顔は確かに“生きてる”証だった。
―
【クエスト達成】
・魅力+1
・SP+2
―
光の文字が消えると同時に、胸の奥がほんのり熱くなる。
ポイントが増えたからじゃない。
“人の心を変えた”実感が、何よりもリアルだった。
「ありがとうございます、佐久間くん」
遥が丁寧に頭を下げる。
その声は、秋風よりも優しかった。
「悠真、人を信じるのが苦手で……小さい頃に嫌なことがあって。それ以来、怖くなると体が固まってしまうんです。でも今日は、少し違う顔をしてます。あなたのおかげです」
「い、いや……俺なんて大したことしてないよ」
照れくさくて視線を逸らすと、遥はふっと笑った。
「そうやって謙遜するところも、安心を与えるんでしょうね」
その言葉に、心臓がまた跳ねた。
けれど嫌な緊張じゃない。
夕日の中で照らされた彼女の笑顔は、どこか温かくて、懐かしい気さえした。
悠真が小さな声で尋ねる。
「……また、会える?」
「もちろん」
自然に笑顔がこぼれる。
その瞬間、悠真の顔にぱっと光が射したように明るさが戻った。
ああ――これが、“救う”ってことなんだ。
―
三人で校門を出て、しばらく話した。
遥は学校での授業の話を、悠真は好きなゲームの話を。
その中で、最初は人見知りしていた悠真が少しずつ表情を変えていく。
笑い声が一つ増えるたびに、俺の中の緊張がほどけていった。
「今日は本当にありがとうございました」
遥がもう一度礼を言う。
「悠真も、あなたと話すのを楽しみにしてるみたいです。よければ、これからも少しずつ……仲良くしてあげてください」
「……ああ」
言葉にすると、不思議と胸が温かくなる。
―
帰り道。
夕暮れのオレンジが街を染め、風が心地いい。
視界の前に、青白いウインドウが静かに浮かび上がる。
その光が、まるで夕焼けに溶けていくようだった。
―
※【 】内は今回上昇分
【現在のステータス】
・名前:佐久間 陽斗
・年齢:16
・身長:168.1cm(+8.0cm)
・体重:62.0kg
・体脂肪率:16%
・筋力:16.0
・耐久:17.0
・知力:12(+1)
・魅力:14.2【+1】
・資産:¥132,000(+2000/日)
・SP:17.0【+2】
・スキル:早食いLv1/資産ブースト(+2000/日)/暗記力+10%/身体強化Lv1/恐怖心克服Lv1
・特別イベント:水城遥との出会い(進行中)
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(……また少し、変わったな)
数字が伸びたのは確かに嬉しい。
けれど、それ以上に心を満たしているのは――「誰かの笑顔を作れた」事実だった。
家に着く頃、ポケットからスマホをもう一度取り出す。
連絡先に刻まれた「水城遥」の文字。
その名前を見つめながら、小さく呟いた。
「……これから、どうなるんだろうな」
滲む夕焼けが、まるで希望の色に見えた。
それが涙か、光のせいか、自分でも分からなかった。
また次回もお付き合いいただけると、嬉しいです!




