第13話 弟を助けたら、特別イベントのヒロインが現れた
昨日の夕暮れの光景が、まだ頭から離れなかった。
トラックの前に飛び出した小学生。無我夢中で駆け、抱きかかえた小さな体。
そして、弟を抱きしめて涙ぐんでいたあの少女――。
あの時は、ただ「綺麗な人だ」としか思わなかった。
同じ制服の校章をつけていたから、同じ学校なのは確かだ。
けれど、名前も学年も知らない。
胸の奥には、不思議な余韻だけが静かに残っていた。
(……今日、会えるだろうか)
―
そんな期待と緊張を抱えたまま校門をくぐると、
教室は昨日の噂でざわついていた。
「佐久間、人助けしたってマジ?」
「トラックの前に飛び込んだらしいぞ」
「やば、映画かよそれ」
机に座っているだけで視線が集まる。
夏休み前まで空気みたいな存在だった俺が、
今は話題の中心にいる――その事実が、まだ信じられなかった。
誇らしい反面、体がまだこの扱いに慣れない。
けれど、胸の奥の一番深い場所では、
やっぱり“あの少女”のことばかりを考えていた。
―
昼休み。
人の流れが少し落ち着いた廊下を歩いていた時、
向こうから、ひとりの少女が現れた。
黒髪のロングストレート。
凛とした姿勢、涼やかな横顔。
――一瞬で分かった。昨日の彼女だ。
胸が跳ねる。
彼女もこちらに気づいたらしく、
ほんの一瞬だけ目を見開き、それから小さく会釈して歩み寄ってきた。
「昨日は……本当にありがとうございました」
深々と頭を下げられ、慌てて手を振る。
「い、いや……たまたま近くにいただけだよ。俺も必死で」
彼女が顔を上げた瞬間、
周囲の空気が変わった。
廊下のあちこちから小さな声が漏れる。
「やば……水城先輩だ」
「本物だ、めっちゃ綺麗」
「やっぱオーラある……」
(みずき……先輩?)
聞き覚えのない名前。
けれど廊下のざわめき方を見る限り、
彼女はこの学校では有名な存在らしい。
俺は、自分がいかにこの学校の“世界”を知らなかったかを思い知った。
「改めて、自己紹介させてください」
彼女はまっすぐ立ち、落ち着いた声で言った。
「私、水城 遥といいます。二年二組です」
「……俺は、佐久間陽斗。一年一組」
名乗ると、遥はほっとしたように微笑んだ。
「同じ学校ってわかってたけど、会えてよかった。昨日のお礼を言いたくて」
その笑顔は、さっきまで感じていた“距離”を一瞬で溶かすほど柔らかかった。
近くで見ると、睫毛の一本一本が光を帯びていて、
目を合わせるのが少しだけ難しい。
その時、視界の端で青白い光が揺れた。
半透明のパネルが浮かび上がる。
―
【ステータス:水城 遥】
・年齢:17
・身長:164.0cm
・体重:49.0kg
・体脂肪率:18%
・筋力:8.0
・耐久:8.5
・知力:24.0
・魅力:35.0
・資産:¥15,000
・スキル:読解力Lv2/ピアノ演奏Lv3/家事万能Lv2/共感力Lv3/コミュニケーションLv2
―
(……おいおい、なんだこのステータス)
知力24、魅力35。
数字を見ただけで、彼女が“高嶺の花”と呼ばれる理由がわかった。
昨日まで教室の端で小さくなっていた俺とは、
まるで別の世界にいる存在――。
廊下の視線がさらに集まる。
「佐久間、今の……水城先輩じゃね?」
「え、話してたよな?」
そんな囁きが聞こえるたびに、鼓動が速くなる。
けれど、遥は気にする様子もなく、
穏やかに言葉を続けた。
「弟が、あなたに直接お礼を言いたいって。
もしご迷惑じゃなければ……短い時間でいいので、会っていただけませんか?」
その声には押しつけがましさがなく、
真っ直ぐな“想い”だけがあった。
昨日、震える手で弟を抱きしめていた姿が思い出される。
「もちろん。俺でよければ」
「ありがとうございます。……連絡先、交換してもいいですか?」
スマホを差し出され、指先が震えた。
連絡先を交換するだけなのに、
呼吸が浅くなる。
画面越しに触れた一瞬の指先。
その温もりが、やけに長く残った。
「ご迷惑をおかけしないように、時間は合わせますね。
……本当に、ありがとうございました」
「い、いや……こちらこそ」
上手く言葉が出ない。
けれど、不思議と嫌な緊張じゃなかった。
胸の奥で、小さな灯がともった気がした。
彼女が去っていくのを見送る廊下に、
青白い光がまた現れる。
―
【特別イベント更新:水城 遥との出会い → 継続】
・条件:彼女と交流を深めろ
・報酬:???
―
(やっぱり……“特別”なんだ)
数字で満たされた世界に、
その「???」は妙に人間的な“余白”のように見えた。
何をすれば埋まるのか、
どんな報酬が待っているのか。
分からない。
けれど、今はそれでいいと思えた。
―
教室に戻ると、クラスメイトが一斉に身を乗り出した。
「おい、今の水城先輩だよな!?」
「連絡先、交換してたよな?」
「マジで何者なんだよ、佐久間」
茶化すような声。
でも、そのすべてがどこか羨望を含んでいた。
俺は肩をすくめながらも、
胸の奥では少しだけ誇らしかった。
昨日までの俺なら――こんな光景、想像もしなかっただろう。
―
放課後。
夕焼けに染まる帰り道、
スマホの連絡先に増えた一行を眺める。
“水城 遥”。
その三文字が、
どんな数値よりも眩しく見えた。
家に帰り、いつものようにステータスを開く。
―
※【 】内は今回上昇分
【現在のステータス】
・名前:佐久間 陽斗
・年齢:16
・身長:168.1cm(+8cm)
・体重:62.0kg
・体脂肪率:16%
・筋力:16.0
・耐久:17.0
・知力:12(+1)
・魅力:13.2
・資産:¥130,000(+2000/日)
・SP:15.0
・スキル:早食いLv1/資産ブースト(+2000/日)/暗記力+10%/身体強化Lv1/恐怖心克服Lv1
・特別イベント:水城 遥との出会い(進行中)
―
数字は静かにそこにあった。
でも今は、画面の外――
連絡先に並ぶたったひとつの名前の方が、
はるかに強い輝きを放っていた。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。これからも頑張っていきますので、よろしくお願いします。




