第12話 数字が導いた、運命の出会い
佐藤との喧嘩から一夜が明けた朝。
窓の外は眩しく、蝉の声がやけに澄んで聞こえた。
制服に袖を通すと、肩のラインが自然に合う。
拳を握ると、昨日の“勝利の感覚”がまだ残っていた。
あの瞬間。
恐怖を超えて殴り返した、あの手応え。
怖くなかった――本当に、心の底から。
胸の奥に熱いものを宿したまま、俺は家を出た。
アスファルトを叩く足取りが、これまでのどんな朝よりも軽い。
通学路を吹き抜ける風さえ、どこか柔らかく感じた。
―
教室の扉を開けた瞬間、空気が変わった。
「おはよ、佐久間」
男子が軽く手を挙げる。
昨日まで目も合わせなかったやつだ。
「席いい? 一緒に食べようよ」
女子が弁当を抱えて笑いかけてくる。
一瞬、どう反応していいか分からず固まった。
……信じられなかった。
俺に、話しかけてくる人間が、こんなにいるなんて。
ざわめく視線。
戸惑いながらも、自然と背筋が伸びた。
机に座ると、手の震えがわずかに伝わる。
それでも笑ってみせた。
昨日までの“いじめられっ子”は、もうここにはいない。
もちろん、佐藤は睨んでいた。
だが、席を立つことはなかった。
その睨みの奥に、ほんの一瞬――迷いが見えた。
(支配が、終わったんだ)
胸の奥でそう確信した瞬間、
静かに笑みがこぼれた。
だがその裏で、もう一つの感情が顔を出す。
(……スキルポイントが、足りない)
身体強化。身長アップ。恐怖心克服。
確かに強くなった。
でも、次のステップへ進むには――数字が足りない。
―
放課後、校内を歩き回った。
廊下、体育館、部室棟。
どこにも「クエスト発生」の光はない。
「机の移動」「掃除」などの小さなイベントは、すでに達成済み。
二度目は出ない仕様らしい。
唯一、何度も出現するのは“ダイエット”クエストだけ。
「……同じことじゃ駄目なのか」
小さく呟き、ため息がこぼれる。
システムは、過去の努力を繰り返すことを許さない。
前へ進むしかない――そう言われている気がした。
―
帰り道。
夕焼けに染まる商店街を歩く。
風鈴の音。焼き鳥の匂い。遠くで子どもの笑い声。
どこか懐かしい夏の匂いに包まれながら、
頭の中ではずっと、数字と可能性が交錯していた。
(どうやって稼ぐ……? どこに、新しい“課題”がある?)
夕日が沈みかけた、その時――。
―
「きゃーっ!」
鋭い悲鳴が響いた。
反射的に顔を上げる。
横断歩道の向こうで、小学生がボールを追い、車道に飛び出していた。
その先にはトラック。
ヘッドライトが反射して、目に焼き付く。
「危ない!」
考えるより早く、体が動いた。
地面を蹴り、全力で駆け出す。
肺が焼ける。視界が歪む。
それでも止まらなかった。
あと一歩――!
子どもの腕を掴み、抱きかかえる。
トラックのタイヤが焦げるような音を立てて止まった。
風圧で髪が揺れ、腕の中の子どもの鼓動が伝わってくる。
歩道に戻ると、周囲が一斉に息を呑んだ。
「助かった……!」「すごい……」
誰かの声が遠くで響く。
画面が淡く光を放った。
【クエスト達成】
・内容:人を救え
・報酬:SP+3 魅力+1
胸の奥で、心臓が高鳴る。
恐怖ではなく、昂揚。
誰かを救った“数字”が、こんなにも重く感じるなんて――。
―
「悠真っ!」
人混みをかき分けて、一人の少女が駆け寄ってきた。
制服姿。俺と同じ校章がついたブレザー。
夕日に照らされて揺れる黒髪。
その瞳は、真っ直ぐで澄んでいた。
「弟を助けてくれて……ありがとうございます!」
彼女は息を切らせながら深く頭を下げた。
「本当に、もしあのままだったら……」
声が震えている。
弟を抱きしめるその姿に、言葉が詰まった。
俺は慌てて首を振った。
「いや、偶然だから。間に合ってよかった」
顔を上げた彼女が、まっすぐに俺を見る。
その瞳に、何かが刺さる。
見つめられた瞬間、時間が止まったように感じた。
画面が再び光を放つ。
【特別イベント:ヒロインとの出会い】
・条件:困っている人を助ける
・報酬:???(継続イベント)
報酬欄には「???」の文字。
いつものように明確な数値はない。
(……これは、特別なのか?)
胸の奥がざわめく。
彼女の笑顔と、弟を抱くその細い腕――
そのどちらも、焼き付いて離れなかった。
―
家に帰ると、鏡の中の自分が少し違って見えた。
身長でも、筋力でもない。
表情だ。目の奥に、確かな“自信”が宿っている。
「俺……本当に変わってきてるな」
小さく呟く。
だが、その変化の理由は数字だけじゃない。
――今日、誰かを助けた。
それが、自分を少しだけ誇らしくしていた。
―
※【 】内は今回上昇分
【現在のステータス】
・名前:佐久間 陽斗
・年齢:16
・身長:168.1cm(+8cm)
・体重:62.0kg
・体脂肪率:16%
・筋力:16.0
・耐久:17.0
・知力:12(+1)
・魅力:13.2【+1】
・資産:¥128,000(+2000/日)
・SP:15.0【+3】
・スキル:早食いLv1/資産ブースト(+2000/日)/暗記力+10%/身体強化Lv1/恐怖心克服Lv1
―
夜。窓の外に、街灯の明かりが滲む。
その光を見つめながら、俺は静かに拳を握った。
数字は確かに強さをくれる。
けれど、今日、俺を動かしたのは――数字じゃなかった。
胸の奥が、熱い。
あの少女の瞳と声が、何度も蘇る。
この出会いが、俺の“ステータス以上”の変化を生む。
そんな予感がしてならなかった。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。また次も楽しんでもらえるよう頑張ります。




