第100話 小さな記事、大きな一歩
11月上旬、文化祭から一週間。
放課後のチャイムが鳴り終わったころ、職員室に呼び出された。
ドアを開けると、情報処理部の顧問・藤森先生が手招きする。
「おう、佐久間。ちょっといいか」
「はい」
「文化祭の件で、地元新聞から取材の申し込みが来た。
“地域の若者特集”で、TRY-LOGの活動を紹介したいそうだ」
「……えっ、新聞ですか」
思わず声が上ずる。
「うん。で、相川から聞いたんだ。
“実質の責任者は佐久間です”ってな」
先生が軽く笑う。
「だから、明日の放課後、情報処理室で対応してくれ。
代表として――いや、“中身を一番知ってるやつ”として話してくれればいい」
「……わかりました」
言いながらも、胸の奥がざわついた。
TRY-LOGが、校外に出る。
それがどんな意味を持つのかはまだ分からない。
でも、背筋が少しだけ伸びた。
職員室を出ると、廊下の窓の外には秋の夕陽。
(……いよいよ、“外の世界”に見られるのか)
―
そのままの足で、情報処理室のドアを開ける。
相川、佐藤、吉田、村上。いつものメンバーが机を囲んでいた。
「……来たぞ」
全員の視線が向く。
「地元新聞の人、明日の放課後に来るって」
「マジか」
佐藤が口笛を吹いた。
「先生が話を回してくれたんだってさ。文化祭のブース、評判よかったから」
相川が腕を組み、少しだけ表情を引き締める。
「いよいよだな。外に出るなら、言葉を磨かないとな」
俺は軽くうなずいた。
吉田と村上がそれぞれ顔を上げた。
「新聞、か……。なんか一気に現実味あるな」
「緊張するね。俺、絶対変な顔で写るやつだ」
相川が淡々とノートパソコンを閉じた。
「ちゃんと説明できるように、要点だけ整理しとこう。
“何を作ったか”“なぜ作ったか”――それが一番大事だ」
そのまま椅子を回し、こちらを見た。
「取材では――佐久間、お前が話せ。
文化祭のときのプレゼン、よかったしな。
技術的な質問は俺が答える」
「了解」
思わず背筋が伸びる。
「で、佐藤は愛嬌ふりまいとけ」
「えっ、雑すぎません!?」
佐藤が声を上げ、吉田と村上が吹き出した。
「場の空気をほぐすのも実力だ」
相川が淡々と返すと、佐藤が頭をかきながら笑う。
「はいはい。じゃあ笑顔要員でがんばりますよ」
笑い声が小さく広がり、
さっきまでの緊張が少しだけほどけていく。
(……明日、ちゃんと伝えよう)
TRY-LOGの想いを。数字の奥にある“人の努力”を。
―
翌日の放課後。
情報処理室の窓から、オレンジ色の光が差し込んでいた。
その中で、俺たちはパソコンを前に並んで座る。
ドアが開き、スーツ姿の男性が入ってきた。
手には小さなメモ帳。
「こんにちは、地域情報誌の河合と申します。今日はよろしくお願いします」
緊張が走った。
取材なんて、もちろん初めてだ。
俺は手の汗をズボンでぬぐいながら、画面を開いた。
「高校生がアプリを作ったと聞きました。
どうして“努力”をテーマに?」
相川が視線を俺に送る。
少し息を整え、言葉を選ぶ。
「……たぶん、努力って、見えないから不安になるんです。
見えるようになったら、誰かの続ける力になると思ったからです」
記者が小さくうなずいた。
「なるほど。数字で“自分を励ませる”わけですね」
「はい。でも、数字のために頑張るんじゃなくて――
数字が、頑張ってきた証拠になるようにしたかった」
パソコンの画面で、キャラクターの“トライ”が軽く跳ねる。
記者はその動きを見て笑った。
「かわいいですね。この子が応援してくれるんですか?」
「そうです。名前は“トライ”。続けるほど、表情や姿が変わります」
「努力の化身、ですか」
一瞬、相川の口元がわずかに緩んだ。
「そんな感じです」
カメラのシャッターが音を立てる。
光がフラッシュのように広がり、
ほんの数秒だけ、俺たちの時間が止まったように感じた。
――しばらく取材は続いた。
俺はTRY-LOGの目的と理念を、できるだけ丁寧に話した。
「努力を見せるためじゃなく、続けやすくするためのアプリです」
相川は横で、画面を示しながら技術面を説明する。
「データの扱いは端末内完結。プライバシーにも配慮しています」
佐藤は最初のテスト段階――子どもたちにTRY-LOGノートを配ったエピソードを笑いながら語り、
吉田と村上は文化祭当日の体験ブースの様子を補足した。
記者はうなずきながらメモを取り、ときどき笑顔を見せた。
「……高校生でここまで考えてるとは思わなかったですよ」
―
取材が終わると、教室には心地いい疲労感が残った。
佐藤が背もたれに寄りかかりながら言う。
「なんか、文化祭より緊張したな……」
「わかる。あんなに真剣にメモ取られたら、ちょっと圧力感じたよ」
吉田が苦笑し、村上もうなずく。
「それでも、ちゃんと話せてた」
相川が短く言って、ノートパソコンを閉じた。
「……まあ、悪くない取材だったな」
「“悪くない”とか言いながら、先輩めっちゃ語ってましたよ」
佐藤が笑い、相川がわずかに眉をひそめる。
笑い声が教室に広がり、緊張がゆっくりとほどけていった。
モニターの中では、TRY-LOGのグラフが静かに点滅していた。
あの日から少しずつ積み上がった“努力の線”が、確かにそこにあった。
―
――数日後。
通学電車の中。
隣の席のサラリーマンが新聞を広げていた。
紙面の地域面に、見覚えのあるロゴ。
『高校生が開発 努力の見える化アプリ「TRY-LOG」』
写真の中で、俺たちはみんな笑っていた。
「……マジか」
思わず声が漏れた。
―
その日の昼休みには、教室でも話題になっていた。
「お前ら、載ってたな!」
「すげぇじゃん、これ!」
「努力の見える化って、文化祭の時のやつだろ?」
誰かが記事を広げて回している。
嬉しいけど、どこかくすぐったい。
放課後、母からLINEが届いた。
《新聞見たよ!リビングに貼っといた》
《やめて》
返信したけど、たぶんもう貼られてる。
―
帰宅すると案の定、冷蔵庫のマグネットに記事が留めてあった。
「ちゃんと写ってるじゃない。笑ってる顔、珍しいね」
「母さん、それ恥ずかしいから外してよ」
「いいじゃない。誇らしいことよ」
横で妹の美咲が笑っていた。
「お兄ちゃん、モデルの次は新聞デビューじゃん!」
「……うるさい」
口ではそう言いながらも、心のどこかが少し温かかった。
―
その夜。
相川からグループチャットにメッセージが届く。
《記事、思ったより反響あるな》
《商工会の人から連絡きた。話を聞かせてほしいって》
画面を見た瞬間、息をのんだ。
「マジで……?」
すぐに佐藤から返信が飛ぶ。
《ついに来たか、リアル案件》
相川から、短く続く。
《明日、顧問の先生を交えて一度打ち合わせ。そのあと17時15分に商工会で顔合わせだ。放課後、情報処理室集合》
心臓が少しだけ高鳴った。
TRY-LOGが、学校の外に届こうとしている。
誰かの「頑張りたい」に寄り添うために作ったものが、
今度は“地域の中で必要とされるもの”になろうとしている。
窓の外には、秋の夜の街。
遠くで電車の音が響く。
モニターの中で、トライが静かに点滅した。
まるで、「次の一歩」を見守っているように。
俺は小さく笑った。
「……ああ。今度は、街の中で証明してみせるよ」
TRY-LOGが、またひとつ、動き出そうとしていた。
100話まで来られたのは、読んでくださる皆さんのおかげです。
TRY-LOGが学校の外へ出て、いよいよ“現実”との接点が見えてきました。
いつも応援、本当にありがとうございます。
次回は、商工会の人たちとの出会いです。




