― ジュタニア ― 3
決戦当日。
早起きして、買い物等雑務、店内の掃除、グラスの確認、花瓶に生ける花束まできちんとこなした。このあとの仕事に支障が出ないように。
「やる気あるねー」
と仲間内から褒められ、作り笑いを浮かべて日々を過ごした。
「来たみたいだぜ」
「今日こそ隣席ゲットする」
店内が今日も浮き立つ。アンリは裏口から出て、車の陰になるように身を潜めた。
「いらっしゃいませ」
マイトの声じゃない。ルイが店内にたどり着かないと知っているから、店の奥にいるのだろう。
車のドアが開き警護人と首相が下りてくる。男たちにエスコートされ店内への階段を上る。同じ車から降りてきたルイと運転手が話し出す。スケジュールのことだろう。そこへアンリは出て行った。
「久しぶりだな」
「あら、アンリ。久しぶり。いいお仕事見つけたのね」
「追いついたら遊んでくれるんだろう?」
「そうねぇ。そろそろ、ここもお終いだろうからいいけどぉ? アタシに勝てるくらい強くなったのかしらん?」
運転手が変なものを見る目で見ている。おそらくルイの甘ったるい話し方に引いているんだろう。
「ちょっと車借りるわよ」
ルイは車の中に戻り、窓にカーテンを引く。待つこと二分くらい。
「じゃ、やる?」
ドアを開けたルイは、ルイらしい服になっていた。赤と黒のゴシックロリータ風ファッション。レースや紐が多用されている、以前も見ていたあの服だ。
頷くアンリが背を向けたとき、店のほうから悲鳴が上がった。
「何してる!」
「止めろ!」
男女の声が混じってはいるが、そのどれもが何かを制しているように聞こえる。戻るべきか悩んでいるアンリに、ルイが声をかけた。
「とりあえず行ってみる?」
苦い顔になっているだろう自分の顔を叩いて足を向けた。
「てめぇっ!」
「何っ? っ、た……」
「アンジェラ!」
刃物? 男の手が女の腹を刺した。男はすぐさま刃物を離したが、別の少年がそれを拾った。そして、倒れているアンジェラの喉に突き立てた。
どういうことだ?
ルイは面白そうと思ったのか、早く着いていた。
「これ、アタシじゃないわよぉー?」
アンリが見たのは、膝をついて呆然としている男と、ただ立っている少年。そして、床に倒れている細身の人影。
「この国の首相?」
「ええ。この男ぉたち? がやったみたいねぇ。相当、根に持っていたのね。殺しちゃうなんて」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
男が泣き叫ぶ。この街に来た時に見た国会中継。そう、あの画面にいた男だ。取り柄がどうとか街の女性が言っていた。
「うふへ……へっへ、やった……」
少年の声のトーンが上がる。
「タイジ……」
なんで彼まで?
そんな女性たちが遠巻きに集まってきた。何があったのだろうという興味と好奇心。そして、おしゃべりの種として。
うすら笑っているタイジとは対照的に、男は泣きじゃくっていた。
「そんなつもりじゃなかったんだ。こいつが! こいつがっ!」
「サイテーね。自分で手を下しといて、そんなつもりはなかったなんて。人の人生を勝手に終わらせたくせに泣くなんて」
今にも足蹴にしそうな態度で、言葉を吐く。その男の胸ポケットにナイフを滑り込ませるのが見えた。秘書が殺された時の……。
「ルイ!」
「やぁねぇ。こんな街のど真ん中で大声出さないでよ」
アンリは周りの景色など目に入らず、そこにいる小柄な女性に突進するかのごとく進んで行った。
「やっぱり、お前があの女性を殺したのか?」
「さぁ? でも、今となってはあの男が連続殺人犯ね。良かったでしょぉ?」
「ルイ、お前!」
アンリはルイの腕をとった。
「きゃああああああ」
か弱そうな甲高い声が、助けてと叫ぶ。
「なにをっ」
周囲がザワッとする。潮が満ちていくように女たちの声が広がっていく。
「あいつ、手を上げたわ」
「ええ。見たわ」
「私も見た」
「最低」
「やっぱり男性ってイラナイわね」
悲鳴にも近いそれらの声の中で、低く喜びに満ちた声が耳を上書きする。
「アナタが引き金を引いたのよ。アンリ」
長い髪に隠されたうつむいた顔。その中で、ルイが笑う。嬉しそうに。
「なに?」
あふれ出た人達。街を埋め尽くす人の頭、頭、頭。何か叫んでいる。
「なんだ?」
「言ったでしょ。アナタが引き金を引いたのよ」
「引き金とは何のことだ?」
「アナタがアタシに手を上げたこと。アレがきっかけでこうなっているのよ?」
冷静になろうと努力しながら見下ろすと、気が付く事があった。
「男性と女性……?」
女性の方が人数では圧倒的に多いが、ラインを引いたように別れてにらみ合っていた。
「もう我慢できないわ」
「この国から出て行け」
「お前らこそ出て行けよ」
「この国は女のものよ」
「はん、前列に居るのは男じゃねえか」
「そうだ。そいつらは股間を蹴ったって痛くないんだろうな」
女性側が警官の男性を盾にしているらしい。
「全面戦争ね」
クスクスと楽しげに言う。
「こうするように仕向けたのか」
「ええ。アタシ、こう見えても自分の手を汚すのイヤなのよ。人数も多いしね」
「何をしようとしている!」
「アタシは何もしないわ。彼らがやるだけ」
鼻唄でも唄いそうだ。
「彼ら? 男性側が何をするっていうんだ」
「そうねぇ。言葉にするには難しいけど、粛清ってとこかしら」
「彼らが女性たちを殺すと?」
「いいかげん我慢の限界だったんでしょ。爆発までもう少し猶予があると思っていたんだけどねぇ。気が短いわね。男って」
「冗談じゃない!」
「冗談じゃないわよ。この国は女性が多すぎたの。偶発的かもしれないけど。さらに、女性上位の社会。男性はさらにさらに立場がなくなったもの」
「止めなきゃ」
「アナタが行って止まるものでもないと思うけど」
「やってみなきゃわからないだろ」
「甘いわねぇ、アンリ」
倒れた首相の横にカルナが立っていた。着崩した服のままなのに威圧感というか威厳みたいなものがある。
「この者たちには、十分な罰を与えましょう」
もはや抜け殻化したタイジたちの手を後ろに回した。同時に、カルナの警備担当がどこかへ連れて行った。
「カルナさん……」
チラッとアンリのほうに視線をやったが、すぐに男たちの列に目を向けた。
「さて。まぁ、明らかに犯罪だと思うが、お前たちはどう思う?」
男たちは沈黙していた。一拍おいてまた怒声が飛ぶ。
「そもそもお前ら女が、そんな態度を取らなきゃいいことだ」
「俺らは、十分に耐えた」
「もう限界なんだ」
「そうだ! こんなことくらいで負けるもんか」
カルナがため息をつく。
「殺人に負けるも負けないもないと思うけどね」
アンリも彼女に同意する。理想論かもしれないけど、男性と女性が、あるいは男性と男性が、女性と女性が、それぞれを大事に思ってくれればもめ事はもちろん、殺人なんておきないはずだ。
「確かに、カルナさんの言う通りです。人を殺めることは許されません」
「お前、誰だよ。男のくせに女の肩を持つのか」
「まぁまぁ。あいつは、俺の後輩だ。それに、俺も可愛い後輩の意見に賛成だね」
「マイトまで、何を言っている?」
「理不尽な扱いを受けたから女たちを絶やす? 無理な話だ。いや、現実的に、物理的に男のほうが強いのは当然だ。けどさ、女と男が揃って初めて新しい命が生まれるんだよ。俺らに未来がなくなってしまうってことだぜ。だから、女を痛めるとか、殺すとか、そんなことはあってはいけない。だいたい、女って生き物は可愛いもんだよ」
「マイトは、女子受けがいいからそういうことが言えるんだ」
「やあねぇ。モテない男のヒガミって」
ルイが小声で言い、舌を出す。
「女性が可愛いだけじゃないのには俺も賛成ですけど、やっぱり同じ国の人が争うのは間違っていると思います」
「アンリまで可愛くないって思っていたなんて」
「そうやって嘘泣き出来るとことか、自分を可愛く見せるテクニックとか、だまされた俺が言うのは間違ってないだろ」
「アンリ……このお嬢ちゃんに余程、遊ばれていたのか」
「マイトさん。言い方が悪いです」
「お前は自分の仕事しろ。ここは俺らに任せとけ。自分たちの国だ。自分たちでけりをつけるさ」
「はい」
ルイを見たが、元の位置にはすでになく、後姿が小さくなっていくところだった。慌てて、追いかける。
アンリはルイの背中だけを見て走った。人混みは後ろに出来ている。前には無い。いける!
広場に面した道路の一本裏路地。人気のない建物が目に入った。立ち止まって呼吸を整える。地面に薄い影が出来た。ハッとして見上げるとルイが手を振っている。
「ふざけるなっ!」
建物を見上げ口を開いた。
「体力ってやつ、本当に持つのかよっ。白い楽園にいる胡散臭い男の顔を思い出しながら悪態着くしかないっ。いろいろ腹立つ!」
「アナタの真っ直ぐさは長所だと思うし、嫌いじゃないけど、もう少しオトナになったら?」
「うるさい。鬼ごっこは終わりだ。お前こそ大人になれよ」
ルイは笑う。笑顔が似合うから腹立つ。
スーツ姿が仮初だったように。フリルやレース、紐がたっぷりと使ってある黒赤のゴシック正装でアンリの前に立った。
「それで? アナタ、殺せるようになったのかしら?」
「あぁ。それが俺の役目なんだろう」
ルイが、くすっと笑って赤い爪を光らせる。
「虹としての責任を持ったのはいいけど、アタシを殺すなんて役目、あったかしら?」
「虹としてじゃなく、アンリ・メクリウスとしての役目だ」
ルイに向かって跳躍し、右足を蹴りだす。ルイは慌てることなく笑顔のまま、トンッと後ろに下がり、低い体勢で赤い爪を伸ばした。
アンリは軽くかわし、横へ回り込み、拳を脇腹に叩き込む。アンリの頭上を飛び越えたルイは嬉しそうにほほ笑んだ。
「いい動きになったじゃない。でも、得物ださないとアタシには勝てないわよぅ? 一応は習得してきたんでしょう?」
「得物なんて持ってない。俺が持っているのは、昔も今も、自分の体ひとつだ!」
右に左に、上に下に、素早く蹴りを放つ。空気を裂き続けたあと、グッといううめきが聞こえた。左上段、腕にガードされているが、クリーンヒット。ルイの顔が驚きと苦痛に歪む。
間、髪入れず右足を背中に叩き込む。
「がっ!」
ルイが吹っ飛ぶ。両足で踏ん張るが動揺は隠せない。
「……うしろ? アタシが見えなかった」
二人ともが、呼吸と態勢を整える。アンリは言う。
「俺が習ったことは、『赤い女は、真正面から堂々と』という教えと、筋肉・体力の底上げ方だ」
「やぁね。そんなこと教えるのは『黄のDr.』ね。でも、アタシは教わらなくてもわかるわよぅ? 紫のアナタは、正直すぎるってこと」
ヒュン。
アンリは音がすると同時に、思わず目をかばった。気配で首を左に傾げたが、それがなければ喉元をざっくりといかれただろう。首からすーっと血が垂れる。
コツン。
床に小さな石が落ちた。腕に当たったのはコンクリートのカケラ。目をつぶらなくても危険はない程度の小さなもの。
「ふふ。苦手でしょう? こういう小細工。さぁ、思う存分、相手をしてあげるわぁ」
甘ったるい語尾。
と同時に、粉々になった石の破片が向かってくる。
全部はよけられない。さっきのカケラよりも小さい。死ぬほどのことはない。目だけをかばいつつ、ルイに詰め寄る。
「はっ!」
右の蹴り。ローからハイへ。左へ軽々よけられる。顔を狙って左こぶしを打ち込む。ひょいっと頭を下げてよけられる。
「ふふふ」
ルイの爪が肩をかすめる。
「つっ」
一度ダメージを与えてからは、遊ばれているかのようにアンリの攻撃が当たらない。
アンリのほうが圧倒的に手数が多いのにもかかわらず、ダメージが増えている。手も足も動きを読まれているかのように、すべてかわされる。
「やだぁ。アンリ痛そう」
小さな傷たちの血がポタポタと床に模様をつけている。
「なめるなよ。お前のこと倒して、皆をノウトから救い出す!」
「諦め悪いわねぇ。彼らに会うことは二度とないってば。ノウトはそんな街」
目の前からルイがいなくなった。後ろに回し蹴りで右足を振りぬく。
「いない⁉」
回避能力が上がってきたのか、とっさにルイのいなかった後ろへ飛んだ。
今までアンリがいた場所に、パンプスの踵が落ちてきた。
「むぅ。速さだけは上達しているじゃない」
ふてくされた顔で「アンリのくせに」と呟く。
その隙に、スライディングの要領でルイの足元へ蹴りを入れる。
「ちょっと、前よりズルい試合運びするじゃない」
「うるさい。どんな形でもいいんだ。こっちは形振り構ってられないんだ、よ」
飛び上がって避けたルイが着地するのを見計らって、左こぶしを真っすぐ突き出す。
「待てない男はモテないわよぉ」
軽々と避けられてしまう。持久戦に持ち込めば勝てるかと思っていたアンリは、自分のほうが危ういのではないかと思い直す。
距離をとって、息を整える。
「休ませる時間はあげないわよ? アタシもいい人じゃないしぃ」
ルイが大きなコンクリートを「よいしょ」と持ち上げ、投げつけてくる。
目の前に壁が現れたように感じる。けれど、これを壊せばきっとルイが壁の後ろから攻撃を入れてくるだろう。避けるのはどうか? いや、それのほうが危ない。
ほんの数秒の遅れがルイを有利にした。
アンリは手でガードしたとはいえ、コンクリートに正面から当たることとなった。
そして、間髪を入れずルイの右足がアンリの膝を蹴り飛ばした。
「……ぃたっ」
「ホントに頑丈になったわねぇ」
ルイがまた大きなコンクリートを投げる。
「どんだけ、パワーあるんだよっ」
今度はコンクリートを破壊して、次のルイの攻撃に備える。コンクリートは粉々になったが、ルイの姿はなかった。
「甘いわぁ」
上から声がした。反応が出来たのは、ルイの一瞬の声のおかげ。まだコンクリートの破片が追ってくる後ろへ飛んだ。ヒールの威力はさっき見た。確実に体に穴が開くだろう。
逃がすつもりのないルイは、アンリの行動を見越して、手に持っていた欠片を弾にする。弾かれてくる礫がアンリの体に着弾する。
「結構痛いでしょ? 小さな欠片でも。黄のDr.ももう少し教えてあげればよかったのにねぇ。何回も戦っているんだし」
初耳だぞ。力押しでイケるって言っていたじゃないか。アンリはぼやく。
ひとつひとつは小さい傷だが、さすがに痛い。しかも、後ろには丈夫そうな壁。追い詰められていた。
作戦を考える間もなく、また大きなコンクリート面が飛んでくる。
その陰に隠れたルイの姿。次はどこからくる?
「ええい。動くのみ!」
後ろの壁を蹴って勢いをつけ、真正面に腕から突進した。さっきと変わらないただの飛び込みとは違う。スピードが格段に上昇している。
コンクリートが壊れるとルイはそこにいた。避けたアンリを狙っていたのだろう。アンリのスピードと威力に驚いた表情を見せていた。
一瞬の隙だったかもしれない。
ルイの横腹に強烈な蹴りを一発入れることに成功した。
メキッという音が聞こえる。
「ぐっ」
ルイが一瞬顔をゆがめた。
「骨が逝ったろ」
「たかだか、一本ね」
まだまだ余裕か。笑う元気がある。アンリは息が弾んできている。
ルイが幅広のウエストの紐を絞めなおす。コルセット替わりらしい。それを見ていたアンリは、攻撃するタイミングであるのはわかっていた。しかし、自分のコンディションも限界近い。
「結局、お前は何がしたい?」
「さあ? 赤の異端と呼ばれているアタシの使命は、出てきてはいけない場所から出てきた者を狩ること。なんでか問題が大きくなっちゃうのよねぇ。なんでかしら? だから、アタシはアタシのことなんて、わからないわ」
「……永く虹であったことが、その使命とやらも目的さえもわからなくしてしまったんだな。哀れだ」
「アンリに哀れだなんて言われたくないわっ。アタシはアタシ。わからなくても、アタシなの!」
いらだちを見せてルイが飛び掛かってくる。
「わからないアタシは、ルイと呼ばれていてもアタシと同じだと判断がつくのかね!」
ルイを挑発するように余裕でかわしながら、言葉を紡ぐ。
「同じ脳に入っているんだからアタシはアタシよっ」
「残念だけど、ルイはルイであってルイじゃない。そうだろ? 赤なんだから」
「そうよ。赤だけど、いいえ、赤だからこそアタシがアタシである証拠!」
スピードが遅くなったうえに、攻撃の切れも悪くなっている。軽量級のルイにはあばらが折れてもダメージが大きいのか。それとも、他の場所も痛めているのか。どっちにしろ、アンリが勝つ確率がグンッと跳ね上がった。
「アタシで生きてくのも疲れたろ。休ませてやるよ!」
残りの体力を使う場面だ。一気にたたみかける。
左手の突きで顔を狙う。軽く避けられる。避けた場所に右足で払いをかける。ルイは器用に左足を避け右一本で連続に跳ねた。左ひじを回転させて再び顔を狙う。のけぞったルイの背中の下から右ひざを上昇させた。
「ぐっ、うっう」
背骨を折っていいかと強くいった割には、痛めただけで、たぶん折れてない。
「ほんっと、頑丈だな」
「ちっ」
ルイが床を蹴って跳躍する。アンリの後ろに回り込み、右、左と足を繰り出す。アンリも対峙して手や足でガードする。
ルイの息遣いが聞こえる。パワーもスピードも落ちてきている。あと三攻撃以内で片をつける。
ルイが手を左右時間差で繰り出す。身体を横に流しながら、両の手を捉え、腹に膝を思いっきり入れた。
「がっは……っ」
両手を組み、そのまま背中に振り下ろす。
「つっ……ぐっうぅぅ」
「ラストだ。いい夢見てくれ」
肩を起こして、右拳で渾身の力を込めて鳩尾を殴った。
「……アタシ、がっ……」
ルイがコンクリートの上に倒れた。ボロボロになっているはずなのに、服が形を保っている。それだけでまた腹が立つ。
ルイの意識はない。
「……勝った。これで、ノウトの街へ行ける……」
意識のないルイを、肩に担いで外に出る。
マイトが、アンリの荷物を持って待っていた。
「行くんだろ?」
「はい」
「それ、いいのか? 生きているみたいだが」
「ええ。さっきここで起きたことで考えさせられましたので。もちろん憎しみもあります。けど、やっぱり『殺す』というのは、負けのような気がします」
「勝ち負けで勝敗がつくような関係性か?」
「正直、自分でも戸惑っています。ゲームではいつも負けていたし。でも、この後どうするかは、俺一人で決めることではないと思っています」
「そうか」
ルイのいないほうの肩へ荷物を載せる。
「街の人たちは?」
「とりあえずだけど、オーナーが女性の議員を呼んでなんか話している。たぶん、その彼女に国をまとめてもらうんだと思う。もちろん、男にも女性と同じだけの権限や尊厳を返してもらう。性別が違うというのは、国籍が違うよりも違うんだと思う。けど、だからこそ、強い絆が生まれるんだと信じたい」
「マイトさん、男前!」
「おうよ。しかし、本当にうちの店ザルだったな。タイジがねぇ。アンリより使えそうだったのになぁ」
「俺、結構頑張りましたよ! でもなんであんなことをしたんでしょう?」
「あの二人、親子だってさ。ずっと根に持っていたんだろうな」
「そうだったんですか」
「これから、女をまとめるほうは大変そうだ。男はまぁ、俺みたいに単純だといいが。またいつか寄ってくれ。その時には、お前が手を挙げても女に悲鳴を上げられないような国になっているだろうからな」
「楽しみにしています」
マイトは微笑む。
アンリも笑って「でしょうね」と言った。
「さ、気を付けて行けよ。ぼんやりしているからな、お前」
「ありがとうございます。マイトさんこそ、これから大変になりますね。頑張ってください。ちなみに、マイトさん。傘持っていますか?」
「傘ぁ? あー、そういや持ってねえな」
「買ったほうがいいですよ」
「そうだな。オーナーを入れるくらい大きいの買うわ」
二人は、笑顔で握手した。
緋色に染まる西の空。
だがこれから一晩中、雨が降ることだろう。
明日か、明後日か。
この国の雨が上がる時、きっと虹が架かるだろう。
右肩が重い。捨てて帰りたいが、まだやることがある。
「今度は、ノウトに連れってもらうぞ」
アンリは、ゲートを通り抜けた。