― ダグルとノウト ― 3
「ルイ」
もう、この部屋にも飲みに行く仲間も残っていない。タケがいるが、多分もう会えないだろう。なんとなくそんな予感がした。
「全部、お前のしたことか?」
幾度どなく笑い、喧嘩もし、大切な友人だった。タケもテイルも、マリーもスエインも。そして、ルイも。
嘘だと信じたい。
だが、ルイは笑う。艶めいて鮮やかに。
「テイルは簡単だったわぁ。『夜の世界に、欲しいものがあるのぉ』って、ちょーっと可愛く言ったら足を踏み入れるんだもの。ノウトのことをもっと知っているかと思ったわ。教授ですものねぇ」
「ルイ……」
「マリーだってそうよ。彼女に『アンリの追いかけている人が、向こうに行ったんだけど……』って言っただけで、行ってくれた。見かけによらず、勇気のある子ねぇ。アナタのためなのよ。最近、あのドア以外に夜の街へ行けるルートがあるの知っていた? アタシ知らなかったの。不覚だわぁ」
「マリーはお前の親友だと思っていた」
「親友? 冗談じゃないわ。アタシには必要のないものよ」
「今までどれだけの人を追い詰めた!」
「数えたこともないわ」
ルイの目は笑っている。そこには悪意という名の光が宿っているように見えた。
「スエインも後追いね。マリーの影をチラつかせたら、快く行ってくれたわ。『必ず戻ってくるから』って言い残してね。案の定、戻って来ないけどぉ。これだって、きっかけはアナタよ? 例の夜中に駆け出して行った日だもの。アナタが行くと言わなければ、スエインは夜に近づいていないわ。もっとも、アタシが唆したんだけど」
これまでの謎が解けるのと比例して怒りが増加していく。
ルイは、唇をなまめかしく開き、フフッと笑う。
「女性を殺したのも、男性に犯行を促したのも、ルイか?」
「うーん。正確にはそうかしら? 男は、唆したっていうほどのものじゃないわよぉ? ノウトから出てきた変わり者だったのよね。そうなるとアタシの獲物だもの。女のほうは口が軽そうで、早めのほうがいいと思ったから。最初は『CAIN』信者になっていたのに。でも早くてよかったと思うわ。女に過去がなかったのはアナタも調べたんでしょ? それは、ノウトから来た人だったから。ついで仕事ね」
「ようするに、自分の邪魔をしそうだからってことだろ」
「あんなの。邪魔にもならないわ。だって、まともじゃなかったのだもの」
赤く毒々しい爪を磨く。
なんでもない仕草に腹が立つ。
「なぜタケにあんな真似を?」
「それこそ邪魔をするからよ」
「邪魔? 話を聞きに行っただけだろう。邪魔と言えるお前がどうかしていると思うが?」
「死ななかったのは褒めてあげるけど。殺さなかったアタシも褒めて?」
頬笑みとも苦笑いともとれる表情を見せるルイを睨んでみせた。
「有り難いと思えってか? 冗談じゃない。……何がおかしい?」
「アナタのその白いとこ、好きよ?」
「俺はお前の黒いとこ、嫌いだね」
自然に手が震える。怒りか緊張か、いや嫌悪感か。
「ふふっ。でしょうねぇ。でもね、これだけは知っておいて。この世界に始めに在ったのは夜よ。白じゃなくて黒だわ」
「わかるように話せ。目的はなんだ?」
「目的?」
可愛く首をかしげてはいるが、浮かべた笑みは、ゾッとするくらい他人だった。
「目的なんてあるようでないものよ。試していたのは疑問を感じる人がいるかどうか、ね」
「それだけか?」
「それだけが出来ない人が多いのよ。みんな自分が生きている場所に疑問を持たないものよ。アナタが思う『なぜ夜中外に出てはいけない』だけじゃなく、『なぜこの街の外は砂漠なのか』『どうやって食べ物を確保しているのか』『どうやって建物の材料を運んだのか』『自分たちはどこから来たのか』『データに入っている歴は本物か』んー、どれくらい気づいている? まぁ、キリがないんだけどね。それでも、『日にちが進んでない』くらいは気付いてほしいわよね」
「…………」
「人は自分のいる位置に不満を募らせているかもしれない。少しくらいの疑問が頭をよぎるかもしれない。けど、本当に解決する人は少ないのよ」
「世界が変わることは怖いことだ。不安に思うことだってあるだろう」
「ふふ。そうね。でも、それじゃ、自分の世界が変わることはないわ。アナタはどう? アンリ。解決してみる?」
「ああ、それもアリだろ。俺の世界は変わってしまったからな」
「いい答えだわ。アナタはアタシを黒と言った。でも、ちがうわ。黒が夜とは限らない。アタシは虹だもの。世界の種を大きく育てるのは趣味。夜にも昼にも属さない」
「夜からも昼からもはじかれているだけだろ」
「アナタもそうなるわよ? 白のアナタでもね。白はすぐに染められるもの。きっと、紫ね。席が空いているもの。さぁ、このパスを受け取けとればずぐよぉ?」
「…………」
「大体、虹だといったって普通の人と変わらないのよ。ゲートを自由に行き来できて、それを使えばいろんな場所に飛べる。まぁ、いいわ。猶予をあげる。そうね、三日待つ。それまでに連絡をくれれば、コレを送るわ。なければ、なにもしない。でも、間があくほど、アタシは遠くなるわよ?」
「夜の街はそんなにいいものか?」
「行ってみればわかるわよ? すぐには行けないでしょうけど」
「それだけならタケだって、傷つけずに走らせればよかっただろう」
「いいえ。駄目よ。彼は夜に魅かれない」
「夜に魅かれないなら、その居心地のいい場所から出ることもできる」
「ダメよ。魅かれなければ、ゲートキーパーは通さないもの」
「他にルートがあるって言っていただろ?」
「ああ、アレ? 当然塞いじゃったわよ?」
「大体、俺だって夜に魅かれているわけじゃない。昼の街の在り方に疑問があるだけだ。夜へ行って、出られるかもわからない。なぜ、俺がお前の仲間だと言いきれる?」
「そうねぇ。勘、かしら」
「勘で生かされたり殺されたり、か。ふざけるな!」
「その勘を確かなものにするために、あんな家に住んで、アナタタチを受け入れて、友達も作ってあげたじゃない」
「出逢った俺たちが、お前の策略だと?」
「ええ、そうよ。結構大変だったんだから。ああ、待っている間、家は自由に使っていいわよ。アタシの持ち家だから」
空が堕ちる。闇が這う。
「猶予なんていらない。それがないとお前を叩きのめされないとうのなら、俺が何になろうとも皆を戻して見せる」
「あぁ、楽しみね。逃げるのは初めての経験だわ」
「最初で最後にしてやるよ」
「素敵な愛の言葉だわ」
ルイは五センチほどのカードを投げた。パスというものらしい。虹色のグラデーションに『無期限』と書かれたもの。
「じゃあ、アタシは逃げるわよ。今アナタと遊んでも面白くないもの」
タケがあれだけ派手にやられたのは、多分アンリへの見せしめだ。おそらく、自分は勝てない。何かしらの努力が必要だ。
「待っていろ。すぐに追いつく」
ルイが嬉しそうに笑う。風のように言葉を残して。
「いつになることやら」
手に爪が食い込むほど指に力が入った。悔しいのか寂しいのか。憎いのか、残念なのか。負の感情しか残っていなかった。
砂漠の町に雨が降っていた。
「先輩、傘なんて持っていたんですね」
「前から持っていたぜ?」
「俺は持っていませんでした」
アンリは気にかけてくれる先輩に事情を話していた。ジェフが理解したのは、ルイが『CAIN』であったということだけで、日付が変わってなかったとか、自分がどこから来たのかとか、そういうことは一切気にかけていなかった。
「アンリ。お嬢ちゃんを追うのか?」
「はい」
「そうか。あまり無理はするなよ」
「ありがとうございます。先輩もお気をつけて。残った街の皆と、タケを、よろしくお願いします」
アンリは深々と頭を下げた。
この街の雨が上がる時、何か変わっているだろうか。