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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

桜の国の百合畑

石女だからと婚約を破棄されました。

作者: れとると

 8000字ほど、ざまぁ令嬢もの。


 王女×辺境伯令嬢の百合です。


#他の短編と微妙に繋がりがあるため、一部改稿しております。

 さる方のお屋敷に、お部屋をお借りし。


 使用人に淹れてもらったお茶を飲み、心を落ち着けて待つ。


 調度が目に優しく、ほっとする。



 これからの『話し合い』のことを思うと、そのご配慮が染み入ります……。


 本当はお酒の方がいいですが、このお茶は本当にいい香りで、安心しますね。



「フン、ここかサリス」



 配 慮 ぶ ち 壊 し 。


 なぜノックもせずにドアをぶち開けたんです王弟殿下?


 ここはあなたのお屋敷でもないし、もちろんわたくしの屋敷でもないんですが??



 彼はぐるりと回り込み、わたくしの正面のソファーにどかっと腰を下ろしました。



「礼も取らず、この王弟たる俺を差し置いて、一人だけ茶を飲んでいるとは。

 たいそうな身分ではないか、カガチ伯爵家のサリス嬢?」



 ……唖然としていたわたくしが悪いのですが、ひどい言われようです。


 わたくしはカップをテーブルに置き、膝の上に手をそろえ――――握り締め、堪えました。



「お言葉ですが、スタール王弟殿下」



 わたくしが口を挟むと、彼は不機嫌そうに眉を潜めました。


 婚約者に向ける態度ではないでしょう……。


 相応の年月の付き合いがある腐れ縁とはいえ、少しは慮ってほしいものですね。



 わたくしは彼の態度にひるまず、続けます。



「我々は国王陛下にご配慮いただいて、今この場にいるのです。

 礼というならば互いに。一方的に尽くすならば、それは陛下に対してです」


「チッ。兄上も余計なことをしてくれたものだ」



 …………落ち着くのです、わたくし。


 言ったそばからその陛下に対して舌打ちしやがった無礼者。


 ですが話し合いの前から誅殺すれば、それはわたくしが陛下に非礼を働いたも同じ。



 冷静に、冷静に……。


 手の指を組み、魔法印を結んで、心を落ち着けます。


 印の動きに合わせ、指輪の石たちが小さな音を立てる。心が落ち着いていく……。



 ――――良し。では本題に入りましょう。



「では早速「その前に聞かねばならんことがある」」



 人の話を遮るなァーッ!


 ……いけません、落ち着いてわたくし。淑やかに、ええ淑やかになるのです。


 得意の火爆魔法印を結んで落ち着きましょう。



「――――ライドはどこにいる」



 らい、ど。ああ、騎士ライド。御父上も騎士爵位を賜った、生粋の騎士家系の方です。


 …………会うたびにわたくしをのろまと罵ったことは、今少し忘れておきましょう。


 確かに、ご本人はすばしっこい。騎士というより、とうぞ……ぬす……賊……斥候向きなのです。



「存じませんわ」


「とぼけるな。それともまた酒で記憶でもなくしたか?


 だが答えてもらうぞ。定期連絡が来ない。貴様が奴の命を奪ったのだろう……!」



 ……おや。定期連絡など、さかしいことをしていたのですね。


 あとお酒で記憶をなくすのは毎回ではありません。たまにです、たまに。



「閃光のごとき彼の命を、わたくしが奪えると?」


「くく、言われてみればそうだったか! 貴様のようなうすのろが、ライトに敵うはずもない」



 くっ、人に言われるとむかむか来ますわね……!


 だが耐えるのです、サリス。カガチ伯爵家の女は、こんなことで冷静さを失ってはなりません!



「とんだ誤解です、殿下。なぜそのようにお思いに?」


「……フン。貴様に教えることではない」



 自分から話を振っておいてなんという言い草。


 ですがわたくしは慌てない。


 ええ……彼の事情は()()()()()()もの。



「仕方がない。この戯言に付き合っている間に帰ってくると、信じて待つか」



 殿下のご期待が叶うことは、ありません。



 ――――なぜなら。


 彼は当家屋敷に侵入、角で出合い頭に……()()わたくしが殴り倒し、気絶。


 そのまま、カガチで囚われの身となっているからです。



 彼は()()()()()()を見越して、スタールが放った斥候。


 尋問した結果、当家の秘儀を始めとした種々の情報を狙っていたと、すでに判明しています。



 しかしああ……恥ずかしい。とても人には言えません。


 カガチの女たるこのわたくしが。


 一撃で……仕留め損ねた、だなんて。



 話をしているうちに、少し気持ちも落ち着いてきました。


 印を組んでいた手を解き、膝の上に乗せます。胸元から下げた首飾りの石たちが、しゃなり、と鳴る。


 少しの息を吐き、わたくしはスタール殿下に向き合いました。



「ではわたくしの用件「その前に貴様を問い詰めねばならぬ」」



 わたくしの話に割り込むナァーッ!!


 …………いけませんサリス、落ち着くのです。淑やかに、淑やかに、淑やかになるのです。


 必殺の大火球業炎魔法印を結んで落ち着きましょう。指輪の石がカチカチといい音を立てます。



「…………ボブロをどうした」



 ぼぶ?あふろ? えっと……ああいえ、ボブロ助祭。枢機卿のご子息ですね。


 神聖魔法の使い手で、同時に弓の名手でもあります。


 …………よくカガチの女たるわたくしを、魔女と罵倒していたことは、わすれ……今だけ、今だけ忘れましょう。



 確かに、各国に伝わるあらゆる魔法秘儀に通じるカガチ、聖職者からすれば魔女のように見えてもおかしくは……。


 いえやっぱりおかしいでしょ許せねぇ。



「知りません」



 わたくしは正面から堂々と答えました。多少目が据わっていたかもしれません。



「言い逃れは無駄だ。奴は魔女を糾弾すると言って、貴様の居宅に向かった後、連絡がとれておらん。

 さぁ吐け! それともやはり、記憶でも失ったかッ!!」


「そうは申されましても、どうしたもこうしたもありません。

 ボブロ様の弓には、わたくしは手も足もでませんゆえ」


「はっは! 確かにそうだ! 鈍足な貴様がボブロに歯向かったらなぶり殺しだな!!」



 わたくしちょっと冷静になりましたこの人バカです。


 人のうちを尋ねるのに弓持って行って、あまつさえ屋内で対峙したと??


 常識で考えてご覧あそばせ? 最近の聖職者は頭沸いてるんですか?



 まぁ沸いてましたけど。



「致し方ない、教団から連絡をとってみるか」



 ――――確かにそうすれば連絡はとれるでしょうね?


 わたくしの屋敷で矢を乱射し、わたくしに追い詰められて殴り倒された彼。


 教団に引き渡しましたので、今頃はきつーい尋問を受けている頃でしょうから。



 「屋外だったら遅れはとらなかったものをッ!」とか言ってて……。


 目が血走ってて怖かったのですよね……二度とお会いしたくありません。


 馬鹿ですし、もう関わりたくない。



 一介の、乙女として。


 ちゃんと、息の根を止めておくんでした。



 ああ……ちょっと怖い想いをしたことを思い出したせいか、気が落ち着いてきました。


 魔力がこもり掛かっていた印を解いて、髪をかき上げてから、膝の上に手をゆっくりとおきます。


 耳飾りの小さな石たちが綺麗な音を立て、わたくしの心を落ち着けてくれる……。



 深呼吸をし、わたくしは改めて顔を上げ、スタール殿下を見ました。



「それでは本題に入らせ「そんなことより貴様を糾弾せねばならぬ」」



 人の話を聞けェェェーーーッ!!!


 …………いけませんサリス。鉄壁のサリスよ。淑淑淑淑淑淑淑淑淑淑やかに。


 フッーッ。殲滅の三元複合爆破魔法印を結んで落ち着きましょう。カカカカカカッと指輪の石が軽妙に鳴ります。



「レインに何をした?」



 レインッ! カガチを愚弄する怨敵宮廷魔術師ッ!!


 各国の魔法を野蛮だと嘲笑い! 今更錬金術に手を出す愚か者ッ!


 その道は当家が100年前に通ったところだッ! 馬鹿めッ!!



「わたくしは何もしておりません」



 ちょっと馬鹿め笑いが口元に出てしまいましたが、毅然と言い返しました。



「白を切るつもりかッ! 奴は貴様の邸宅から戻って以降、魔法が使えなくなったと言って震えている!!

 貴様が妖しげな術であいつの魔力を封印したのだろう!!」



 なんですかそれ。あいつこそ酒の飲み過ぎで震えでも来てるんでは?



「何を仰います、彼は魔力()()は超一流。封印など絶対に無理です」


「フンッ、確かに貴様は魔力がカスだ。小技に頼らねば魔法も使えぬ役立たず。

 封印できぬというのは確かに魔法理論にあっている。だが疑いが晴れたと思うなッ」



 ちょっと冷静になりました思い出しましたよ。


 勘違いです、本当にこれに関しては()()()()()何もしてません。


 野郎ぶっ殺してやるッ! って思ったのですが。



 横取り、されてしまいまして。



「この局面で奴が復帰できんとなると、どうする……魔法省に応援を頼むか」



 いやいや、むしろ魔法省が力貸してくれるって考えるのどうかと思うのです。



 ――――だって。


 そこの大臣、わたくしの兄です。


 婿入りしてるから、カガチではないのですけどね。有名なのですが、知らないのでしょうか王弟殿下。



 レイン殿については、単にわたくしと口論していたら、参戦した兄に論破されただけです。


 ほんと、「同性同士で子を設ける魔法など、存在するわけがない!」とか言い出すから悪いのです。


 そういうトンでもな分野は、兄上がとてもお詳しい。



 「素人質問で恐縮ですが」って、17時間ほど詰問されていました。


 兄上はさすがの知見で、わたくしも聞き入ってしまいましたわ。あれで泡を吹くなんてレイン、軟弱なやつめ。



 素晴らしい講演を思い出して、わたくし頭がすっきりしてきました。


 魔力発光し始めていた手を解き、腕輪にそっと手を当ててから、膝の上にそろえておきます。


 そしてにこやかに、スタール殿下に顔を向けました。



「それでわたくしの話ですが「む、時間だ。では失礼する」」



 失礼なやつめぶっ殺されてぇのカーッ!!!!


 石女(うまずめ)と呼んでわたくしを嘲笑ったスタールッ! もう許さんッ!!


 絶殺・核熱崩壊爆鎖魔法印ンッ!!!!



「落ち着きなさい、サリス」



 開けっ放しの扉から聞こえた、涼やかな鈴の音のような、お声。


 わたくしは組んでいた魔法印を解き、ソファーから立って。


 隅まで避けてから足を引き、スカートをつまんで、深く深く頭を下げました。



「ユラ王女殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」



 輝くような金の御髪、深い青紫のさした瞳、そして鮮やかな赤のドレスをまとった女性が部屋に入ってきました。


 第一王女ユラ様。この屋敷の主であり、現国王陛下の娘。


 スタールとは、叔父と姪の関係にあたります。



 陛下がそれなりのお年なので、ユラ様ももう成人なされています。



「サリス……やっぱりこうなったわね」



 お恥ずかしい……扉開いたままでしたし、これはすべて聞いておられたのですね……。



「申し訳ありまぐべぇ「探したんだぞ、ユラ!」」



 礼をとったままのわたくしを跳ねのけ、スタールがユラ様の元へ向かったようです。


 ユラ様の登場ですぅーっと冷静になった頭に、また血が上ってきます。


 顔を上げ、膝をついて立ち上がろうとして――――



「さぁ愛しいユラ、俺と一緒に……あれ?」



 ユラ様の手をとろうとしたスタールが、呆然としています。


 彼が触ろうとした瞬間、王女殿下の姿が消えたからです。



「大丈夫? サリス」


「うひゃはい!」



 耳元でささやかれて、思わず声を上げてしまいました。


 わたくしの背後に現れたユラ様が、わたくしの手を取って、肩を掴んでいます。


 そして立ち上がるのを手伝ってくださいました。



「スタール叔父上。サリスに乱暴しないでいただきたいのですが」


「それはッ……すまない。詫びよう。君に会えてつい気が急いたのだ、許してほしい」



 おおおおお怖気が! なんですその態度!


 いまさら紳士ぶって礼なんてしないでくださいませ気持ち悪っ!



「二人とも、座って。私から話があります。サリスはこちらへ」


「は、はい」



 ユラ様に手を引かれ、元の席に戻る。


 スタールは何かまごついていましたが、また回り込んでソファーに静かに座りました。



「さて、早速だが君の話を聞かせてほしい、ユラ」



 コイツッ! と思って前のめりになろうとしたところで。


 ユラ様がわたくしの手を、そっと握ってくださいました。



「では叔父上。父はあなたとカガチの婚姻がかように乱されることに、心を痛めております」



 やっと本題入った。ずいぶん長くかかりましたね……。



「カガチに渡った手紙は、私も拝見しました。

 スタール叔父上。

 サリスは未婚。なにゆえ、子が産めぬと申されるのですか?」



 そうですそうです。


 ことの発端はそれ。


 スタールがわたくしに、婚約破棄の手紙を送りつけてきたのです。



 理由は、わたくしでは子が望めないから、と。


 離縁理由ならば、まぁわからないでもありません。次代を残すことは、貴族の責務の一つ。


 ですが、未婚の女と婚約を破棄する理由としては、意味がわかりません。



「んん……それはだな。この俺には、問題がないとわかったからだ」



 …………ん?


 思わず、ユラ様と顔を見合わせました。


 彼女は……何かを得心したようですが。わたくしにはさっぱり。



「叔父上はたいそうおもてになる。これまで逢瀬を重ねた女性は子を孕まなかったが、お相手が見つかった、と」


「そうだ、さすがだなユラ」



 嬉しそうなスタールに、わたくしは余計わけがわからなくなりました。



「それでなぜ、わたくしが不妊だとなるのです?」



 呟くように言うと……彼にたいそういやそうな顔をされました。



「俺はユラと話しているのだ。口を開くな石女(うまずめ)



 怒りがまた登って――――すぐ、冷めた。


 わたくしの手を握るユラ様の力が、強くて。



「私もお話を聞きたいのですが、叔父上」


「む。その女は怪しげな石を大量に使い、魔法を用いる。

 石を使った魔法の使用者は、男女ともに極端に子を為す確率が低い。これは記録にも残されている。

 そも石女(うまずめ)とは、そのことに由来し、不妊を差す言葉だ。

 俺の言うことは何か間違っているか? サリス」



 意外に筋道だった正論が出てきて……わたくしは、思わず頷きました。



「いえ…………合って、おります」



 わたくしは自身の魔力不足を補うために、種々の魔石によって魔法を使う秘儀に手を出しています。


 そして古き時代より、この方法を用いる魔法使いは子に恵まれなくなると言われているのです。


 現代でも、研究によってはっきりと不妊兆候が確認されています。


 ゆえ、一般に魔石は、簡単な魔法を用いるためにとどめられているのですよね……。


 しばらく前に西方の令嬢が一大技術革命を起こすまでは、魔石は魔法の媒体としては三流の、ただの石ころ扱いでした。



「フン。それがなくても、カガチなどという野蛮な輩はお断りだ。王家の血が穢れる」


「――――わかりました」



 吐き捨てるスタールに、わたくしは頷き、前を向きました。


 横目に、残念そうなユラ様が映りましたが。


 そういう話なら、相容れないでしょう。



「あなたとの婚約は、破棄いたします。スタール殿下」


「んん、()()()()の破棄でいいのだな? サリス」


「はい、構いません」


「くく……馬鹿な女だ」



 婚約は破棄した側に責任があり、様々な形で補填する必要があります。


 だがバカは貴様だ。手紙という証拠があって、それが知れ渡ってるのに覆るかよ間抜け。


 まぁどのみち……これからのことを考えれば、些事ではありますが。



「では王族と縁がなくなりましたので……遠慮はしません。

 カガチは総出で、王都に上がらせていただきましょう」



 そもそも――――今回の舐めた手紙の一件で、我が一族はとっても怒っています。


 父を押し留め、わたくしが王都で話をつけると乗り込んできましたが、もうカガチ伯爵領は臨戦態勢です。


 近頃、スタールが王弟派として貴族をまとめ始めたのもあって、静観できぬと乗り込む構えでした。



「堂々と反乱の宣言とはッ! 痴れ者めが!」


「貴族を束ねての王弟スタールの専横、許し難し。

 南方辺境伯カガチ名代として、王国の乱れを正すことを宣告する」


「貴様のような愚鈍に、務まるわけがなかろう!」



 スタールは立ち上がり、腰の剣を引き抜いた。


 わたくしは目を閉じ、少し上を向いて。


 すっと息を吸い込んだ。



 ――――身に着けた石たちが、しゃなり、と鳴る。



「Aah――――――――」


「グッ!?」



 わたくしの歌に呼応し、緑の光が幾重もの壁を作った。


 振るわれたスタールの剣が弾かれ、砕ける。


 歌声をとめても、石たちが鳴り続け……魔法の壁は消えない。



「お忘れですか? 自然界の最大硬度・エンシェントドラゴンの鱗。

 わたくしはそれよりも硬い、のです」



 思い出すは懐かしき日々。学生の頃、スタールたちとドラゴン退治に行ったのです。


 これはその時に身に着けた技。わたくしの奥義。


 まぁ……ドラゴンには負けて、5人で逃げ帰ったのですけどね。



「くっ……おのれ、石女(うまずめ)! ユラ、こちらへ!」



 ひらりとソファーの後ろに跳んだスタールが、ユラ様に手を伸ばす。



「俺と結婚して、我らセラサイト王族で野蛮なカガチを止めよう!!」



 わたくしは立ち上がり。


 ユラ様もまた、わたくしの隣に、立った。



 ――――わたくしの手を、握ったまま。



「あなたと結婚? するわけがないでしょう。スタール」


「…………は?」



 ずっと堂々としていたスタールが、ユラ様の冷たい声に狼狽える。



「だが、君のおなかの子は、俺の!」



 えぇぇぇ! さっきのスタールが孕ませた相手って、ユラ様!?



「そんなわけがないでしょう。

 ああ……私があげた()

 きっとあれがあなたに、いかがわしい夢を見せたのですね?」


「な、ゆめ、なわけ、が…………!?」



 は? や? へ? なんでそんなことを? いったいどういう……。


 わたくしもスタールも、驚きが止まりません。


 我々を眺め、くすりと笑ったユラ様が……すっと手を振るわれました。



 わたくしの隣に立つユラ様が、朧に幾重もの姿を見せている。


 この方は……あらゆる幻術の使い手。


 香りを中軸に、幅広い幻惑をもたらす。



「私が子を授かったのは確かですが、相手はあなたではありません、スタール」


「な、な、なッ!?」



 スタールが驚き、たじろぐ。


 わたくしも驚く。妊娠は本当!? どういうことですいつの間に!!


 いや、まさか……!?



「そして父の名代として、その意思を伝えます。

 『王家はカガチと共にある』。当然ですね」



 おぉぅ、急に真面目な話に戻られました。


 そう、カガチはただの辺境伯ではありません。強大で、周辺国を震え上がらせていますが、それだけではないのです。


 そもそも……セラサイト王家が、カガチの分家。侵攻役のカガチが、占領統治を任せた者の子孫が王家となったのです。



「反乱を起こしているのはサリスたちカガチではなく、そちら側ということです。スタール」


「うら、裏切者ッ! ユラ!! この浮気女がッ!!」


「私の知る限り15人は女性を泣かせておいて、どの口が言うのです。

 ――――種なし」



 ヒュー! さすがユラ様、容赦ありませんね!


 スタールは……顔が赤、青、そして白と順に染まりました。



「殺してやる……」



 スタールの折れた剣、刃の部分に緑の輝きが集まり、刀身を象っていきます。


 奴の魔法ですね……。



 わたくしは服の内袋に手を忍ばせ、小さな魔石をとりだしてばらまきました。


 宙に浮かんだ石が唱和し、ユラ様とわたくしをさらに強固に守ります。



「俺がエンシェントドラゴンの鱗を貫いたこと、酒の飲み過ぎで忘れたか! サリスッ!」



 確かに覚えていますけど、わたくしの方が固いっつってんでしょうが記憶力ないんですかねこの男。


 しかも貴様は本当に貫いただけで、反撃で昏倒。我々は逃げ帰る羽目になったのですが。



「ならばこちらは、あなたが知らないものを見せましょう。スタール」



 ユラ様が高らかに述べて、わたくしの手をぎゅっと握り締めました。


 彼女の方を少し向くと、とても勇ましい、挑発的な笑顔をされています。


 なるほど。あれ、ですね。



 少し頷き合い。


 共に前を向き。



 息を、吸って。




「「Lah――――――――」」




 声を合わせ、歌いました。



「ふぐッ!?」



 黄金の音が、広がり。


 スタールの身に、一気に収束。



「がはッ」



 …………魔力の剣が砕け。


 穴という穴から血を噴いて。


 スタールがゆっくりと、膝から崩れ落ち……倒れました。



「相変わらずこの魔法、ここまでやって人が生きているのが不思議ですね……」



 わたくしとユラ様、二人で使える特殊な唱和魔法。


 先のエンシェントドラゴンを、一撃で倒した代物です。しかし倒すが殺さない。恐るべき技。



 思い出して、思わず目が遠くなってしまいます……。


 負けて逃げ帰った後、「じゃあ私とサリスなら倒せますね!」って連れ出されて……。


 しかも勝ったからってドラゴンを従えて、以降は竜の背に乗って蛮族退治……。



「多重に幻痛を与えますから、二度と剣は握れませんけどね。ふふ」



 ユラ様こわっ。国王陛下は穏やかな方ですが、ユラ様はたぶんカガチの血が濃いでしょうこれ……。



「さて、スタールは捕らえておきましょう。首はいずれ撥ねますが、今は生きていてもらわなくては」



 政治的なご配慮ですねわかります。


 お。政治、といえば……。



「そういえば、気になっていたのですがユラ様」


「なぁに? サリス」



 ふおっ。不意打ちでそのように素敵な笑顔を向けられますと、血が昇ります! 主に鼻の毛細血管にッ!!


 …………落ち着こう、落ち着くのですサリス。この疑問は見過ごしてはならぬような気がします。



「整理しますと。つまり今回の婚約破棄騒ぎ。

 ユラ様がスタールに、子の父親は自分だと幻術で誤解させた、ということなのですよね?」


「ええ、そうね」


「その……なぜそのようなことを」



 ユラ様は、数度瞬いた後。


 とてもとても……得意げな笑みを浮かべられました。



 ――――まずい。この、笑顔は。ドラゴン退治に行こうと言い出した時と、同じッ!



「浮気三昧のスタールですが、あなたとの婚約は政治に使えるからとなかなか解消しなかったのです。

 なので―――― 一計を、案じました」



 まだふくらみはない下腹を、そっと撫でるユラ様。


 愛おしげな、お顔。


 わたくしの手を握る力が、ぐっと強まりました。



 わたくしは。


 冷や汗が、止まりません。


 血の気が引き、めまいまでしてきました。



 ユラ様の紫の瞳が、じっとわたくしの奥を、覗き込んできています。



「ふふ……サリス。あなたやはり、覚えていませんね」



 ドラゴン退治の日を始め、お酒を飲み過ぎて記憶がないことが、わたくしには……ありまして。



 まさか、いえやはりッ!


 ユラ様のッ!!


 そのおなかの子はッ!?



「これで責任、とっていただけますね? サリス」


 瞳が赤く灯り、鬼とすら呼ばれるカガチの一族。


 セラサイト王家とは、これまで子を授かることがなく。


 再び血が交わったのは、かなりの年月を経てのことであった。



 この後二代女王が続き、国は種々の動乱に見舞われるが。


 彼女たちの差配により、セラサイトは大きく躍進を遂げたという。


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