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プロローグ


 22時、アルバイト帰りの高校生がちらほらと歩く中に一際ひときわ落ち込んでいる男がいた。

 

 世の中には恋愛において「いい人止まりで終わる人」と言うのが一定数存在する。


 今、夜道で大きなため息をついた彼は若くして「いい人止まり」になってしまった張本人だ。

 吉田礼央よしだれお高校2年生。

「あぁ、どうして相談なんか乗っちゃったんだろ」

 小さな声でつぶやいた彼の脳裏に浮かぶのは、好きだった女の子が友人に告白し無事告白が成功する姿だった。


 礼央はサッカー部、クラスでも明るい男子のグループに所属する陽キャ男子だ。その上、話しやすいキャラと優しい性格から女の子の友人も多かった。

 そんな中、クラスのマドンナ的存在の明石七海あかしななみに恋をした彼は何とかメッセIDをゲットしこまめに連絡を取り恋のつぼみを育てていたというのに、どこを間違えたのかいつの間にか彼女の恋の相談に乗ってしまっていたのだった。


——ねぇ、私ね。勇気くんのことが好きなの。相談乗ってくれる? 


 相葉勇気はサッカー部のエース。礼央の中学校からの親友だった。イケメンで優しくて非の打ちどころがないような男。


 スマホを取り出してロックを解除すると、ちょうど七海ちゃんから新着メッセージが通知されていた。


【(七海)礼央くん、相談たくさん乗ってくれてありがとう。私、勇気と幸せになるね! 礼央くんみたいな《《いい人》》がお友達で私幸せだよ!】


「俺は幸せじゃねぇよ」

 悪態をつきながらも彼の指はお祝いのメッセージをスワイプする。


【(礼央)おめでとう。俺も親友と仲良い女子が付き合って嬉しいよ。幸せになれよ!】


 礼央はワイヤレスイヤホンを取り出して両耳に装着した。やり場のない気持ちを発散するように大音量で最近リリースされたお気に入りのバンドの新曲をかける。


(俺はいつだって「いい人」だ。優しくあれ、正しくあれと誰もが言うけど……その先にある「いい人」は損ばっかりじゃないか)


 スマホで七海とのメッセージを遡って感傷に浸りつつ、彼は足を早めた。22時ともなると車通りはほとんどなく、人通りだって少ない。

 イヤホンから音漏れをさせたって構わないと礼央はガンガン音量を上げた。


 彼の生き方のモットーは「努力は必ず報われる」であった。

 だからこそ、そんな役回りでもいい人止まりでも努力を続けていれば……善人であれば必ず幸せになれるとそう信じて生きている。

 そもそも、日本という平和な国に生まれてその中でも優しい両親と何不自由ない生活ができるだけで幸せなのだと彼は自分に言い聞かせた。


「きっと、いいことがあるさ」


 しかし、それと同時に不幸というものは誰にでも訪れるものである。

 病気、事故、事件、災害。

 さまざまな理不尽によって人は命を奪われる。それはこの時代の平和な日本であっても同じことだ。


 イヤホンから流れる音に遮蔽されて礼央は全く気がついていなかった。


「——逃げろ!」


 彼の後方30メートル。コンビニから出た無灯火の軽自動車が猛スピードで迫っていた。運転手は意識を失い、アクセルに体重を乗せたまま暴走している。

 もしも、車のライトが点いていれば音が遮断されていても礼央は気がつけただろう。もしも、ノイズキャンセリングイヤホンじゃなかったら気がつけたかもしれない。

 

 しかし、彼が振り返った時もう車がすぐそこまで迫っていた。

 

 至近距離に迫った白い軽自動車、うっすらと見える運転手は完全に意識を失っていて、礼央は「死ぬ」と思った。

 それでも必死に避けようと体を動かすと右側のイヤホンが外れて野次馬の悲鳴や怒号が彼の耳に入る。


「——危ない!」

「——逃げろ!」


 彼は死の恐怖に目を閉じることも叫ぶこともできず、時空が歪むような走馬灯を見ながら心から思ったのだ。


(あぁ、死んじまうくらいなら嫌われてもいいから自分の気持ちを優先すりゃよかった。誰だよ、努力は必ず報われるとか言った馬鹿野郎は)


 人生最後に「いい人」とは思えない悪態をつき、彼の意識はテレビの電源を切った時のようにぷつりと途絶えた。


***

 

 頬と手のひらに感じるひんやりした何かがこそばゆくて目を覚ます。鼻腔に感じるわずかな土と花の香り。それから全身は太陽光をたっぷりと浴びてほのかに暖かい。

 礼央はうっすらと意識が覚醒すると、ぼんやりと視界に映った明るさに疑問を覚えた。


「俺、車に……」


 寝転がっていた体を起こしてみれば、視界には一面の花畑。あるはずの痛みはない。彼の頬と手のひらには芝と土がついていて、身につけている服装は高校制服ではなく洋風ファンタジーアニメで見るような軍服風。

 見渡してみれば建物は近くになく、そこが日本ではないだろうと彼はすぐに理解した。

 

「——レオ様〜! こちらにいたんですか」


 礼央は自分の名前を呼ばれたような気がして振り返ると、丘の上から見下ろしている少女の姿があった。

 少女はグレーのふわっとしたワンピースに白いエプロンをつけた不可思議な格好で切り揃えられた金色のボブヘアー、顔立ちはそばかすの目立つ西洋人の子供。


「レオ様、今日は学園で後輩たちに魔法指導があるとおっしゃっていたのに、ダメですよ。お花畑でお昼寝だなんて」


 全く知らない子なのに、不思議と彼女がセイディという名前のメイドであると理解していた。

 この体の主はレオ・キルマージュという人物だ。徐々に蘇ってくる記憶に礼央は困惑した。


(これは……夢だよな?)


 自分は暴走した車に撥ねられたはずだ。運良く助かって今は昏睡状態なのだろうかと彼は予測したものの、左手に感じるひんやりとした土の感触がそれを否定した。夢にしては全てがリアルすぎるのだ。


「レオ様、遅刻してしまいます。キルマージュ夫人に怒られるのは私なのですから早く学園に向かってくださいな」


「悪かったよ」


 礼央は声を出して見て改めてこの体が吉田礼央ではなくレオ・キルマージュなのだと自覚した。これはリアルすぎる夢なのかそれとも「転生」なのかこの短時間で彼の頭に浮かんだ候補はこの2つだった。


 けれど、彼はそのどちらでも良いと思っている。

 まだ自分の自我があるのであれば次こそは絶対に「いい人止まり」になんてならない。

 自分の欲望に正直に生きるのだという思いが何よりも強かった。

 だから自由に動けるのであれば夢であろうが、異世界であろうが彼には関係ないのだ。


——今回ばっかりは絶対に好きに生きてやるんだ


 夢なら覚めるまで、転生ならば死ぬまで。



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