一人ぼっちのお留守番
なけなしのモオカードを老婆に取られてしまい、とても悔しく思う気持ちと空腹に耐えながら、オチャコがお家に帰り着きます。
手に持っている灰色の包み紙を開くと、甘い香りが漂いました。こんがり焼けている小麦色のパンを二つに割ってみると、つやつや薄黄色に輝くクリームがたっぷり詰まっているのです。
「おいしそうだわ!」
オチャコは、思わずパンに齧りつきました。
半分食べてから、冷蔵庫の中にコーヒー牛乳があるのを思い出したので、それを飲みながら、残りをゆっくり味わうことにします。
およそ五分間が過ぎて、完食しました。
「ああ、凄くおいしかった。ふう~」
クリームパンとコーヒー牛乳だけの昼食でも、すっかり満腹になりました。
一人ぼっちのお留守番は退屈だから、お友だちに連絡するけれど、残念なことに皆どこかへお出掛け中でした。仕方がないので、リビングのソファーに寝そべって推理小説を読みます。
☆ ☆ ☆
気がつくと、オチャコは真っ暗闇に包まれていました。
「あたし、いつの間にか寝ちゃったのね。停電かしら?」
照明を消した覚えはありません。
突如、パンパンパン、おいしいパンと電話が鳴ります。
「きっと、お母さんだわ!」
オチャコは、テーブルの上にあったリモコンでお部屋を明るくしてから、受話器を取ります。
「もしもし、お母さんでしょ!」
「そうよ。オチャコ、ちょっと落ち着いて聞きなさいね。季節外れの台風が埼玉を直撃したから、乗っている電車が止まったのよ」
「ええーっ、どうするつもり!?」
「どうしようもないわ。もしかすると、今夜は帰れないかもしれないから、一人で鴨しゃぶ鍋を作って食べなさい」
「一人でなんて嫌だわ。うまく作れる自信がないもの」
「だったら、出前でも取りなさい」
「うん、そうする」
「あ、スマホの電池が切れるわ!」
「分かった」
通話を終えて、オチャコがなにを食べようかと考えていたところ、玄関の呼び鈴が、パンパンパン、パンパパ~ンと鳴りました。
「あら、誰かしら?」
インターホンを通して、「毎度、カークーイーツです。ご注文のクリームパンを三個、お届けにきました!」という声が聞こえます。
「え、まだ注文してないのに??」
この時になってようやく、色々とおかしいことに気づきました。
「あたしの推理によると、これは夢よ。他に誰もいなかった密室なのに照明が消えていたり、電話とインターホンの音が移動式パン屋さんのテーマソングになったりしているのだから」
オチャコは、鴨しゃぶ鍋を作ってみようと決意しました。夢の中だから、失敗は怖くないと考えたのです。