怪しい夢ドリームパン
一番に近いコンビニだったら、ゆっくり歩いても四分くらいで着くところにあります。でも今ばかりは、一人だけでいる寂しい時間を少しでも減らしたいと思うので、オチャコは、遠くにある別のお店を目指します。
向かってくる車や人に細心の注意を払いながら歩いていました。
突如、パンパンパン、おいしいパン、パンパンパン、パンパパ~ンと心の踊るような楽しいテーマソングが鳴り響きます。曲がり角の少し先から聞こえてくるようです。
「あら、もしかすると、移動式パン屋さんかしら?」
オチャコがつぶやいて、音楽の聞こえる方向へ駆け足で進みます。
曲がり角から、唐突に黒い動物が出てきました。
「きゃあ!」
「にゃお!」
それは真っ黒の猫でした。
「ああ、びっくりした。あなた、急に飛び出しちゃ危ないわ」
「にゃあ?」
「車には気をつけるのよ。変な人にもね」
「にゃお」
黒い猫は走り去ります。それから、いわゆる「軽トラック」と呼ばれる車の移動式パン屋さんが、ゆっくり近づいてきました。
運転席に老婆の姿があり、オチャコに向かって、なにか言っています。
「 」
「えっ??」
車のスピーカーから「パンパンパン、おいしいパン」が大音量で流れ出ているせいで、言葉を聞き取れません。
老婆がテーマソングの音量を下げてから、再び話します。
「夢ドリームパンを買うかい」
「へ、なにそれ!?」
オチャコには、どんなパンなのか想像すらできません。
「おいしいよ」
「それって、なに味かしら?」
「クリーム味だよ」
老婆が、灰色の紙に包まれた商品をオチャコに手渡します。
「あ、クリームパンなのね。あたし、パンの中で一番好きなの」
「そりゃよかった。一つ説明しておくよ」
「なに??」
「それを食べてから見る夢の中で夢を見れば、あら不思議、なんと現実になるのだからね」
「はあ、どういうこと?」
「夢ドリームパンの効果だよ。いっひひひ」
「ああそう……」
オチャコは、胸の内で「きっと冗談を言っているのだわ」とつぶやき、老婆の言葉を信じないことにしました。
「いくらなの?」
「二十円だよ」
「ええっ、安いわねえ!」
「そりゃ大サービスだからね。いひひひ」
「これで支払えるかなあ?」
オチャコがモオカードを差し出します。
老婆が受け取ってから言います。
「お釣りは出ないよ」
「え、機械で処理すれば、二十円だけ使ったことにできるでしょ?」
「できないよ。いっひひひ」
「それなら買わないわ。だって大損になるもの」
「特典の夢リセットを一回つけてやるよ。それでピッタリ五百円」
「そんなの嫌だわ!」
「もう遅いよ。いひひ」
老婆が笑いながら、車を急発進させます。
「あー、ずるい!!」
車は猛スピードで走り去って、怪しい夢ドリームパンが手に残りました。