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そんな彼とは対照的に、ロイスの方はまたも困惑していた。
「え? 行くしかないよな……って、もしかして今からか!?」
「当たり前だろ。かーっ、こんなわくわくすんの、久しぶりだぜ!」
拳を握り締めてヴェンは唸る。
「でも、父さん達は寝てるし……」
「何言ってんだ。寝てるからいいんだろ。ほら、行こうぜ。親父達が寝てる今が、自由に動けるチャンスなんだからよ」
しばし、沈黙が流れた。
ここで行ったとして、見つかれば勿論まずい。
それに、その通路が何処に、もしくは何処まで続いているのか判らない。帰って来れなくなる可能性だってある。
だが……。
「行ってみるだけだからね」
好奇心という誘惑には、勝てなかった。
「解ってるって」
ヴェンは喜色を浮かべて両の拳を打ち鳴らした。
「うし! 早速出発……っと、わりぃロイス、先に行っててくれ」
自分の拳を見てそう言うと、ヴェンは部屋の窓を開けて外へ出て行ってしまった。
何か忘れ物でもしたのだろうか。
そんな所からわざわざ出るか?とか、そこから何処に行くつもりなんだ?などという考えもこの二人の間柄ならそうそう起こらない。
そして恐らく向かったのはラージも寝ているであろう自分の部屋であって、窓から出たのは目の前に出入り出来そうな窓が在ったから。ただそれだけだ。
一度振り返って部屋の扉を出れば目の前なのに。
これがヴェントレット・G・ベルトスという男である。
「張り切ってるなぁ、あいつ」
やれやれ、と肩をすくませたロイスは、取り敢えずは家から出ることにした。
勿論、玄関から。
外に出るだけならヴェンに倣って窓から出ても良かったのだが、ロイスは父母とラージが確実に部屋の中に居る事を確かめてから家を出たかった。
ヴェンが出て行った窓をキッチリ閉めた際に流れ込んだ風がロイスの髪を撫でて、耳元に着いたリングを露わにした。
髪を直す手がそのリングに触れ、ロイスは思い出したように引き出しの机を開ける。
手紙を書くための紙やペンに混じって、オレンジ色をした宝石のような二つの石が手元まで転がって来た。
ロイスはその宝石を二つとも手に取ると、片側ずつ、耳のリングに取り付け始めた。
十八の誕生日に父親から手渡された物だ。
堅物そうな父には似合わないチョイスだなぁ、というのが貰った当初に抱いたロイスの正直な感想だった。
父はピアスだと言っていたが、町の女性がたまに着けているようなワンポイントの物ではなく、着けてみると逆三角錐型のゴツイ石が垂れ下がったピアスは、まるで貴族が好みそうな形状だ。
洒落た言葉にするとジュエリーピアスと言うんだったか。
あまり装飾品に拘りが無かったり着けたら着けたで顔に当たって痛いしで、普段はこうして引き出しの中に収納されている。
代わりと言っては何だが、ロイスは両耳とピアスの先端にそれぞれ小さなリングを通して、簡単に着脱出来るようにしていた。
主な出番は年に数回、町で行われる祭りの時だ。
「……よし」
久しぶりの着用に少々手間取りながらも二つのピアスを装着したロイスは、いよいよ扉の内側から耳をそばだてる。