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裏口の扉をロイスが開けると、すぐさま薪割りの台に使っている切り株の上にどっかりとあぐらを掻いているヴェンを見つけた。
その作業は既に終了していたらしく、退屈そうに頬杖までついている。
背中を向けていたので表情はわからなかったが、きっと今にも眠ってしまいそうな目をしているのだろう。
「ヴェン、ご飯出来たよ」
ロイスが声を掛けると、ヴェンは虚ろな目でこっちを振り向いた。
「んあ? あー、やっとかよ。腹減って死にそうだぜ」
声まで気だるげだ。
ロイスとほぼ同時に帰路についた筈なのだが、もう何時間も薪割りをしてそうな空気さえ感じる。
恐らくは足早に帰る途中で父親、ラージと遭遇。そのままロイスの家まで引っ張られて、二人が帰ってくるまで薪割り。
大体こんなところだろう。
足の速さならこの町で彼に敵う人間は居ない。
クスリと笑ったロイスは、再び家の中へと戻った。
全員が席に着いたとこで、ベレッタが笑いながら言った。
「さあ、お腹空いてるでしょ? たんと食べなさい」
ロイスとヴェンは、言われる迄も無かっただろう。
ここマグレブは海に面しているので、毎日新鮮な魚介類が多く捕れる。
そのためか、大事な客が来た時などは基本的にどの家も、魚を使用した料理でもてなしをしている。
「ぶはー、食ったぁ」
その自慢の料理も、見る見る内に無くなっていく。
殆ど、ロイスとヴェンによって。
ベレッタは後片付けに入っていた。
ロイス達は食後に紅茶を一服していたが、やがてラージが窓の外を見て言った。
「む……いかんな。時が経つのを忘れておったわ。儂らはそろそろ帰るとしよう。ではな。ベレッタ、美味い食事を馳走になった」
「まあ待て、ラージ。折角こっちに来たんだ。今日は泊まっていけ」
ラージを引き留めるネフィに対し、彼は自身の立派に生えた白髭を擦った。
ロイスの家は他の家よりもほんの少しだけだが広い。
ほとんどの家は一世帯分の部屋だったり寝室は家族全員が一部屋なのに対して、ロイスの家はこの食卓の他に父ネフィ、母ベレッタ、ロイス、そしてもう一つの空き部屋を備えている。
何故そんなに多くの部屋が必要なのかは解らない。
年頃の男になったロイスにとっては、かなり都合の良い物件ではあった。
「ふむ、それもそうだな」
ラージは納得をして、微笑んだ。
「でしたら、空いた部屋が一つ在りますから、そこを使って下さいな」
洗い物をしているベレッタは、ラージ達を見ずに言う。
「済まんな。一晩、宜しく頼む」
「俺、部屋に先行ってるわ……場所どこだっけ?」
キョロキョロと落ち着きないヴェンを、ロイスが案内した。
玄関と台所を繋ぐ通路は、途中で交差する形で左右に分かれている。
左側の通路にはネフィとベレッタの部屋が、右側にはロイスの部屋が在り、ラージとヴェンが今夜泊まる予定の部屋は、ロイスの部屋の前に在る。
ロイスは部屋までヴェンを送り届けると、軽い挨拶を交わして自分も自室へと戻った。
折角来たのだから、自分の部屋にヴェンを呼んでも良かったな、とベッドに仰向けになったロイスは思った。
ヴェンとラージは今回何泊もするような滞在をしている。確か三泊目だったか。
ともかく、それは珍しい事で日帰りで彼らが戻る事の方が多い。
お互いが顔を合わせて話すというのもそう頻繁に出来る事ではなかった。
まぁ、彼のいびきに苛まれる時間が無いというのは幸いか。
そんな事を考えている内に、ロイスはいつの間にか浅い眠りにつくのを感じた。
今日の手合せも動きっぱなしだったから、身体も重くなっていたのだろう。