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「さて、早く帰るぞ。今日はいつもより、時間を食ってしまったからな」
言い終わる前に、ネフィは歩き出していた。
少し離れて、ロイスがその後をついて行く。
街はすっかり暗くなっていて、静けさが増していた。
帰り道はいつも通りだ。訓練所の前にある短い階段を降りて右に曲がり、右手側に見えてくる道具屋の先。
明かりの灯る、何とも言えない良い匂いが滲みだす家を二軒ほど飛ばした端っこに佇む小さな煙突の付いた家。
「ただいま、ベレッタ」
先にネフィが、家の扉を開けて入った。
遅れてロイスも入る。
家の中には、香ばしい匂いが充満していた。
ロイスがその匂いに釣られて食卓に目をやると、そこには様々な魚料理が並んでいる。
こんがりと塩焼きにされた魚もあったので、匂いの原因はそれだろうな、とすぐに判った。
「お帰りなさい、あなた。今日はお客様をお呼びしてるわよ」
エプロン姿の、中年の女性が振り返った。
顔の輪郭にはやや丸みがかかっており、おっとりとした目は優しそうだ。
ベレッタはエプロンを外して、六人掛けの食卓の椅子に腰掛けた。
「おお、やっと戻ったかネフィ。待ちくたびれたぞ」
料理に目を奪われていて、ロイスは一瞬気付くのが遅れた。
ベレッタの斜めに向かいにも、男が一人座っていたのだ。
その人物は白く長い髪を揺らして、こちらを見た。
顔はやや痩せて見えるが、肩幅が広く、体格も良い。
「ラージか、よく来てくれた」
ヴェンの父親だ。
何処となくヴェンと似た目つきはまずネフィに、次いでロイスへと視線を移して座るように促している。
椅子を引く渇いた音を立てて、ネフィもベレッタの真向かいの席に座る。
ネフィとベレッタ、ラージで丁度三角形を描くように席が決まり、六人掛けの食卓が急に賑わいを見せた。
ロイスはというと大人三人の中には入りづらく、未だに立ちっぱなしだ。
「ところでネフィ、ゼアから聞いたか?」
ラージが心配そうに訊ねた。
「例の盗賊団の事か? 気にする程でもあるまい」
ネフィは事も無げに言う。
「しかし、出る杭は早めに打っておいた方が良い」
「むう……」
ラージの慎重な意見に、ネフィは黙り込んだ。
外の情報が少ないロイスにとって、この話は非常に興味をそそられる。
が、ここに割り込む形で、ベレッタはずっと立ったままで手持ち無沙汰にしているロイスに向かって声を掛けた。
「ロイス、ご飯にするから、ヴェンを呼んでらっしゃいな。今、外で薪を割ってもらってるから」
「わかった」
と体を動かしたものの、耳だけは外に出るまで、二人の会話に集中していた。
ロイスの家には裏口がある。
その裏口から行ける外は、人が十人くらい入れば歩けなくなりそうな小部屋分くらいの広さで柵に囲まれていて、薪割りなどの何かしらの作業はいつもそこですることにしている。