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急激に身体の疲労を感じたロイスは、膝を突いたまま息を吐く。
慣れない剣を持ったからだろうか。
気付けば発光は収まっている。ピアスもいつも通りの儚いオレンジ色に戻っているようだ。
「クックッ……」
前方、ジャクアに不吉な笑みが戻った。
「エシュテラージの消息を辿ってみれば、全く……クク、まさか光の方まで居るとはな」
「何だと。何を言っている!」
ゼアが強い口調で問うた。
質問に答える気は無いらしく、ジャクアは片手に持った槍でゼアを押さえたまま、もう片方の手で再び闇の空間を生成し始めた。
今度は先程のよりも大きい。人一人ぐらいは飲み込めそうだ。
「ゼア、気をつけろよ。何だか知らねぇけど、その妙な術はやべぇみたいだ」
だが、ジャクアはそれ以上攻撃を仕掛ける事はしなかった。
「万が一、ここで解放されても困るのでな。今は退いてやる」
低く唸る様な声でジャクアは槍を払って距離を置くと、自らが生成した闇の中へと半身を沈めていく。
ロイスも、ヴェンも、助けに入ったゼアさえも、得体の知れない異様な光景に身構えはすれど手を出す事が出来なかった。
闇の中にジャクアの姿が消えて行く。
時間にしてものの十秒も無かった気がするが、品定めをされる様なネットリとした視線を浴びていたロイスには一分か十分かの身震いを体感した。
「エシュテラージに伝えておけ……『闇が訪れた』とな……」
去り行く間際にそう言い残し、ジャクアは完全に、闇の空間ごと姿を消した。
「助かった……」
ヴェンが胸を撫で下ろした。
それは他の二人も同じだっただろう。
今、この場で冷や汗を流してない人間は居ない。
「で、お前達は何故ここに居るんだ?」
脅威は去ったと判断したのであろう。緊張していた呼吸を小さく吐き切ると、剣を鞘に収めたゼアが訊く。
「それは……」
どこからどう話せばいいのか解らず、ロイスは言い淀んだ。
「……まあ、いい。とりあえず、町に戻ってから話そうか」
気を遣ってくれたのだろう、ゼアはもう何も訊かずに歩き出した。
「こいつらはどうすんだ?」
倒れている六人の野盗達を指して、ヴェンが言った。
「問題無いよ。ここに来る前に、町の人達に連絡を回してもらったから。もうそろそろ誰か来るんじゃないかな……ほら」
ゼアが指差した先に、四、五人の大人が走って来るのが見えた。
皆、簡易ではあるが武具を着けている。
中にはロイスも見た事が有る門番の人も混ざっていた。
「ゼアさん、ご無事ですか!?」
ゼアは大人達の方を向き、何事も無かった様に笑顔で答える。
「ええ、大丈夫ですよ。済みませんが、向こうに賊が倒れています。捕縛して牢に入れておいて下さい。私は、この二人を連れて戻ります」
迅速に武具を着けたに数人に指示を出し、ゼアは再び歩き出した。
少し歩いてみれば、戦っていた場所は街道のすぐ近くだったようだ。
森はまだ奥まで広がっていた。不幸中の幸いという事だろう。
奥深くで戦っていたのなら、ゼアの救援も間に合わなかった筈だ。
「そういえば、よくあそこに居るのが判ったね」
森を出た所でロイスが言った。
「あぁ、偶然ではあったけど」
マグレブへ続く街道を歩きながらゼアは説明する。
「町の周辺を警戒して見回ってたんだ。近頃、野盗が活発になっているという情報が有ってね。そしたらついさっき、森の中が不自然に光ったのさ。お前達も見ただろう? 駆け付けてみれば、二人が戦っていたからな。驚いたよ」
「光……」
ロイスは、先程までの事を思い出していた。
光を放ったのは自分だ。それは間違い無いし、覚えもある。何ならヴェンだって証人になるだろう。
しかし、何故あんな事が起きたのか、それは自身にも全く解らなかった。
あの時はただ必死で、ヴェンを助けたくて……死にたくなくて……。
気付いた時には剣を握っていた。
それで、ジャクアなる人物と組み合って……。
そういえば、ジャクアも言っていた。
『これは光の……』
光の……何だ?
そもそも光とは?
「ロイス」
ヴェンに呼ばれて、ロイスは我に返った。
考え込むあまり、ロイスは完全に足を止めてしまっていたらしい。
「大丈夫か? 早く帰ろうぜ」
ヴェンに急かされ、ゼアに連れられた二人はようやくマグレブの門を潜った。
ジャクアが見せた闇と、自分が放った光。
どうにも考えが纏まらなくて、ロイスの視線は空を仰いだ。
勿論そこには何も無く、未だ深い夜の色がロイスを見返して来るばかりであった。