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「聞かれてしまった」
銀髪の男が、いきなり顔の向きを変えてロイス達の方に視線を飛ばした。
あまりに急に振り向いたもので、勢いで揺らいだ前髪の間から、凍り付くような赤目の眼光が現れ二人に刺さる。
「……ッ! やべぇ、逃げるぞロイス!」
即座にヴェンが立ち上がり、後ろを振り返る。
しかし、動きはそこで止まってしまった。
「ヘッヘッ。何処に行くんだぁ?」
二人の前に、いつの間にか数人の男達が立ち塞がっていた。
手にはナイフに長剣と、どれも銀色に鈍く光る物。
一気に全身に緊張が走った。鼓動が早くなる。
ロイスが思ったよりパニックにならなかったのは、隣で顔をしかめながらも即座に臨戦態勢を取ったヴェンの存在が大きかったからだ。
「ヴェン、どうする……?」
木刀に手を掛けて訊いてはみたものの、最早逃げられないことは確実だった。
相手は武器を持った男が五人、先程の二人を合わせれば七人。
片やこちらは二人。一応木刀を所持してはいるが、いくら何でも差がありすぎる。ヴェンに至っては、手袋と腕輪を着けているだけでほぼ素手である。
「チッ、しょーがねえなぁ」
ヴェンが一歩前へ踏み出た。
「諦めが良いじゃねぇか、このガキ……ん?」
野盗の一人は癇に障る笑いをすると、ヴェンの右腕へと目を付けた。
「こいつ、高そうな腕輪着けてやがる。お頭ぁ、どうします?」
短剣を持った男は、二人を挟んで巨体の男へと問いを飛ばした。
野盗五名を警戒しているロイス達の後ろで、立ち上がった砂利の音と咆哮したかと思うくらいの太い声が返っていく。
「よし手前ら! その腕輪ひっくるめて、金目の物は根こそぎ奪い取れ!」
「へい!」
それを合図とし、野盗達が次々に襲いかかってきた。
最初に刃が振り下ろされたのは、無防備のままに突っ立っているヴェンだ。
ロイスは一瞬冷やりとした。が、それが無駄な心配だったことにそう時間は掛らなかった。
ヴェンは一人目の短剣が迫った瞬間に即座に構え直し、身体を右に揺らして難無く刃の一振りを避けると、相手の腹に強烈な前蹴りを放つ。
男は顔を歪めて後ろへ吹き飛び、後ろに詰めて迫っていた二人目、三人目と見事にぶつかりながら三人共に盛大に地面に転がった。
気絶した一人目をよそに、起き上がろうとした二人目の顔面目掛けて跳躍、着地したヴェンは、続けざまに三人目の顔から上が半回転はしたであろう回し蹴りを浴びせて一呼吸整える。
その隣で怯んだ四人目の隙を衝き、ヴェンは地面を蹴って一気に四人目の身体下に潜り込むと、気付いた四人目が長剣を構える前にアッパーカットを顎から顔面に打ち込んだ。
顎と首が千切れるのではないかと思うくらい頭だけ後方へ仰け反らせた四人目の男は、白目を向いて背中から大きく倒れていった。
五人目はヴェンの後ろを取ったまでは良かったものの、ヴェンの振り向き様の裏拳を右頬からモロにもらい、他と同様に伸びてしまった。
ロイスは一応木刀を構えてこの一部始終を見ていたが、少しも動く必要は無かった。
「な、何だ、このガキ」
巨体の男が、驚きと、焦りの混じった声を出す。
気持ちとしては、ロイスも同じだったのだが。
殆ど、一人一撃の下に終わらせてしまったのだ。
正直なところ、ヴェンがこんなに強いとは思ってもみなかった。
「何だ、思ったより弱ぇな。パパッと片付けちまうか」
言うなり、向きを反転させたヴェンは巨体の男へ突進して行く。