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「何だぁ? ……小屋、か?」
ロイスが顔を出すと、古びた木の匂いがする木造の小部屋の真ん中で周りを見回しているヴェンが目に入った。
隅っこの穴から上りきったロイスも、同じく小屋の探索に移る。
ここにも灯りは無く、小さな物置小屋といった印象だった。
触った壁や床は全て木で造られており、物置小屋と言っても何かが雑多に置かれている訳でも無い。
むしろ、何も置かれていないと言い切ってしまった方がしっくりきそうだ。
この小屋の中で有る物と言えば、今出てきた縦穴と目の前の壊れかけた扉のみ。
全体的に朽ちかけの木の板が、使用されている痕跡を消していた。
扉からは、薄く月光が漏れていた。穴でも開いているのだろう。
その光を見た途端、ヴェンがはしゃぎ出した。
「おい、これ……まさか……嘘だろ!?」
そのまま外へ飛び出して行ったヴェンに呆然として、ロイスは遅れて扉へ歩み寄る。
ヴェンが開けっ放しにした扉から見えた光景に、ロイスは続けて息を呑む事となった。
空を覆う暗闇、それに浮かぶ星々。風に揺らされる木の葉が土と草の匂いを運んで来る。
一歩、二歩と外に出たロイスは、その場で身体を反転させて背後を振り返った。
横一面に広がっていたのは、ロイスが跳躍しても届かない高さに組まれたマグレブを護る町壁。
ロイスはもう一度、自分の周囲を見回す。
壁で覆われている筈の町々は周囲を見渡しても一つも発見出来ない。
この十八年間、散策出来る場所と言えば町の隅々までだった。
何度も見た。何度も通った。何度も壁を見上げるだけだった。
北東に広がる木々の中には、最近一つだけ鳥が巣を作っている小さな木が在る。
門の在る西側は草が伸びきっているが、中に入ると背が少し低い綺麗な薄紫の花が混じっているのだ。
南には家が連なっていて、数ヶ所はずっと空き家のままだ。誰も来ないが日当たりが良いので、たまに昼寝に訪れるロイスのお気に入りの場所だった。
ここには、その見慣れた光景が一つも揃っていない。
空き家の混じる家々も、周囲の土が様子を見に行くロイスの足跡だらけになった鳥の寝床付きの木も、何一つ。
「ここは……外?」
実感が湧かなかった。
全く見知らぬ風景が、ここには有る。
本当に町の外に出てきたのだろうか。こんなにも、呆気無く。
「やったな、ロイス! これでいつでも外に行けるじゃねぇか!」
ロイスの右肩にヴェンが片手を乗せて言った。
「そう……だね。じゃあ、そろそろ戻らないと」
「何だよ、あんま嬉しそうじゃねぇな」
ヴェンと対照的に、意外にもロイスは無表情であった。
ヴェンにとってすればそれは全く理解し難く、ロイスにその理由を問い詰めたい程でもある。