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「よっ……と」
ヴェンが、鉄の床についている取っ手を引き上げた。
錆びた音とともに現れたのは、更に中へ続く穴だ。
「問題はこの中なんだよな。この先は俺もまだ行ってねぇから、何があるか分かんねぇ」
まず様子見、ということで、ヴェンから穴に入って行った。
オーケーの合図が聞こえたので、ロイスも穴に足を入れる。
縦穴伝いに取り付けられた鉄の棒が足場になって、下りるのにはそう苦労はしなかった。
それよりも大変だと思ったのは、そこから先に松明の灯りが見えなかった事だ。
暗い中、足の感触だけを頼りに鉄棒の足場を踏んでいると、下から「いてッ」と小さな怒り声が聞こえた。
「……灯りに使えるな」
ロイスが下りきると、隅っこでブツブツと呟いていた声の周囲に、柔らかく小さな灯りが広がる。
視界の無い中に、ヴェンの姿と手元の松明がボウっと現れた。
彼はそのまま自分の足元を照らす。
蓋が開けられて不自然なくらい、斜めに位置取った小さな箱が置いて有る。恐らくは暗闇でこれを蹴っ飛ばしたのだろう。
二人で中を覗き込むと、そこには手持ち用の松明と着火用の素材が詰め込まれていた。
「予備の松明か? ま、有り難ーく使わせてもらおうかね」
あまり先までは見せてくれない灯りだったが、どうやらここは細長い通路になっているようだ。
脇道も無く、ただひたすら前方に進んで行くしかない。
暫くは二人共何も話さず、足音だけが暗い通路に反響する。
「あれ?」
先に声を出したのは、先頭を行くヴェンだった。
追いつくと二人の前には壁が立ち塞がっていて、それはこれ以上進めないことを意味していた。
「オイオイ、ここまで来て断念かよ……」
落胆しているヴェンの横で、ロイスがまたもある事に気付いた。
「ねぇ、あれ何かな」
ロイスが指差した通路の角には、何かの生物を象ったような小型の像が置いてあった。
人間には見えないその像は、いかつい牛のような頭部に翼を生やし、爬虫類と思われる二本の太い尻尾を持っている。
二足で佇むその両手には肉を容易く引き裂けそうな鉤爪を剥き出しにして、二人を睨み付けていた。
「魔物……の、像? 口の中に何かあるぞ」
ヴェンがロイスの差した右側の像へ近付き、その口の中に見えた突起物に手を触れた。
すると、二人を睨んでいた銅像の目が発光し始めた。
「うおっ! 何だ何だ!?」
その光に反応したかのように、行き止まりだった壁が上に引き上げられるように動いていく。
暗がりの砂埃が容赦なくロイスの目と口を襲い、少しむせ込んでしまった。
「やったな! これでもっと先に進めるぜ」
小さくガッツポーズをとったヴェンは、新たな通路を足早に歩いて行く。
通路の先から、生暖かい風が流れてきた。
(この感じ……)
直感的にロイスは思った。
(何か……嫌だ……)
先に広がる闇の中には、勿論何も見えてはいない。
だが、ロイスは自分の鼓動が僅かに速く動いているのを実感していた。
気分が悪い。頭痛はしないが、頭の中に鉛を入れられたように重い。
まるで徹夜を明けた朝のように、思考が明瞭にならない。
「ヴェン、やっぱり引き返……」
だがヴェンは、もうロイスが彼の松明の灯を視認出来ない所まで進んでいた。
「ヴェン!」
不安な気持ちを隠しきれず、小走りでヴェンの元へ駆け寄った。
やっとヴェンの持つ灯りが見えて来たかと思うと、ヴェンは何故か真上を見上げていた。
「こっからまた上に行くみてぇだな」
「え?」
ロイスも見上げると、ヴェンが松明を掲げてそれを示した。
先程と同じような縦穴になっている。
側面にも同様に、鉄の棒が設置されてあった。
「さて、どうなってるかね……っと」
ヴェンはそう言うと、手と足を棒に掛け、軽い身のこなしで上っていった。
「ここは……何処だ? 小屋?」
二人が出た場所は、木造の小部屋だった。そこにあるのは、今出てきた縦穴と、壊れかけの扉のみ。
扉からは、薄く月光が漏れていた。おそらく、穴でも開いているのだろう。