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「やっぱ何も持って来なかったみてえだな。ほらよ」
ヴェンは勝手に頷いた後、木刀をロイスに投げて寄越した。
咄嗟に手を出したロイスの腕の中で二、三回跳ねた木刀は、敢え無く地面に落下してしまった。
「え……何でこんな……」
「念のためだ。さー行くぞー」
言うより早く、ヴェンは家の中へと足を踏み入れていた。
仕方無く木刀を拾い上げたロイスは、いつも訓練場にそうして行くように腰に木刀を差して後に続く。
ひんやりとした室内のホールは、外より肌寒く思えた。
見回すとあちらこちらに埃が溜まっていたり、蜘蛛の巣が張っていたりしているので、人が使っていないというのは確かな様だ。
だが柱や壁に壊れた所は無く、むしろ原形は綺麗と言って良い。
「こっちだぜ」
ヴェンは、入り口から入って真正面に見える上り階段の方へと向かった。
立派な階段だ、とロイスは思った。
二階へ続く階段の横には装飾された手すりが付いていて、人が三人横一列に並べるくらいのスペースがある。
しかしヴェンは、その階段の裏側へと回り込んだ。
彼に続くと、そこでロイスは初めて階段裏に奥行きが有り、通路のようなスペースでホールの左右が繋がっている事に気付いた。
だがそれだけだ。
「何だよ。何も無いじゃないか」
二人の目の前にあるのは、何の変哲も無い通路だ。
通行を禁ずるように鎖が何本か天井からぶら下がっているが、どれも途中で千切れていて何の為に垂れているのか解らない。
「まあ見てろよ」
そう言うとヴェンは、すぐ横に垂れていた通路の鎖を、ぐいと引っ張った。
その瞬間、ロイスは小さな振動を感じた。
屋敷全体を揺らす程では無く、周囲の何かが動くような振動。
すると今まで壁としか認識していなかった階段の真裏が、五月蝿い音を立てながら上へと移動していく。
壁が完全に上がり切った頃には、階段下に新たな空間がポッカリと口を開けていた。
「へぇー……」
ロイスは素直に感心した。
隠し通路にもそうなのだが、これを短気で飽きっぽそうなヴェンが発見したという事にもだ。
「じゃ、行こうぜ。コケんなよ」
ヴェンから一歩暗闇へと足を踏み入れた。
若干、階段の耐久面が心配になったロイスも後に続く。
暗闇にも関わらず、そこが穏やかな下り斜面になっていることが歩く感触で伝わってくる。
そして、一歩目から不思議な光景だと直感した。
「これ……」
壁伝いに、一定間隔の幅で取り付けられている松明。しかも、ちゃんと火が灯っている。
「な!? 変だろ? 街の奴らはこの通路どころか、家にすら入ってこないはずだ。なのに、火がついてる……」
「誰かがここに来てる?」
「さあな。けどよ……多分、そうだろ」
「薄気味悪いなぁ」
そんなことを言って歩いているうちに、最後の松明に辿り着いた。
行き止まりだ。
「おっ、あったあった」
松明の薄い灯りを頼りに足元を確認しながら歩くヴェンが、突然しゃがみ込む。
松明によって照らされた床の一角、彼の足元には、明らかに他の床とは違う材質の取っ手が付けられた蓋がハマっていた。
周りが石造りなのに比べ、その部分だけ鉄みたいに滑らかだったので目を凝らさなくても判り易い。