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拾われ令嬢の恩返し  作者: 絵山イオン
第2部 第2章 マリアンヌは勉強する
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勉強を教えてください

 私の一言に、ルイスは眉をしかめた。

 この状況でどうしてそんなことを言ったのか、私の言動を考えているようだった。

 

「まあ、それなりに」


 私の問いにルイスはそう答えた。

 答えを聞いた私は、私よりも頭のいい人が目の前にいると喜んだ。

 家へ帰ったらピアノの練習、家庭教師と授業の復習と予習が待っている。

 ピアノはともかく、家庭教師に教わっても分からないところが多い。

 それを一人で補おうにも限界があり、勉強のできる人にやり方を教わりたいと思っていたのだ。 


「私、変装をしたはいいものの……、ロザリーの通う学校の授業についてゆけないの」

「ふーん。俺には関係ないことだ」

「私、とても困っているの!!」

「へえ、いい気味だぜ」

「お願い! 私に勉強を教えてください!!」


 クラスメイトのシャーリィでもいい。けれど、彼女は私とロザリーの事情を知らない。

 けれど、目の前にいるルイスは私がロザリーに変装して学校に通っている秘密を共有している。

 私はルイスに現状を伝え、勉強を教えてほしいと懇願した。

 しかし、ルイスは私が困っていることを楽しんでいる様子だった。


「なんで俺がお前に?」

「ロザリーを進級させるためなの! 私が頑張らないとロザリーは留年しちゃうの!!」

「……」

「ねえ、お願いよ!! 勉強を教えてくれるなら、私、貴方のお願いを一つ聞くわ」


 私はこの場を去ろうとするルイスの腰を抱きしめ、必死に引き留めた。

 彼はこの場から逃げようともがいていたが、私の”お願い”でピタッと動きが止まった。


「なんでも聞いてくれるんだな?」

「ええ。約束するわ」

「……分かった。週末の朝十時に噴水広場まで来い」

「週末の十時ね!!」


 ルイスが勉強のやり方を教えてくれる。

 週末は今日を含めて四日後。

 十時となると、屋敷を早く出なきゃいけない。

 朝は苦手だけど、ルイスが勉強のやり方を教えてくれるんだもの。気合で起きよう。


「ルイス、またね」

「……おう」


 私はルイスに抱き着くのをやめ、彼に手を振った。

 ルイスは嫌な顔をしていたが、小さく振り返してくれた。

 


 四日後。

 私は約束の時刻ギリギリで噴水広場についた。

 私の急な外出に訝しむ父には「友達と出掛けるための準備」と誤魔化して出かけてきた。

 事実、来週の休みはシャーリィと出掛けることになっているし、半分は本当だ。

 

(ルイスに勉強を教わるって本当のことを言ったら、お父様、ついてきそうだもの)


 ルイスと出逢ったことは父に内緒にしている。

 ”男のお友達”ができたなんて話したら、父の機嫌が損ねるのは間違いない。

 勉強を教わるためとはいえ、男の人と待ち合わせをしているなんて知ったら、付いてくるだろうし。


「よっ、待たせたな」


 考え事をしていると、ルイスがやって来た。

 簡素の服を着ているとはいえ、身長が高く、男らしい体つき、演劇の役者かと見間違えるほどの美貌を持っているルイスは皆の注目の的だった。


「いいえ、私も来たばかりだから」

「じゃあ、勉強しに喫茶店に行こうぜ」

「喫茶店?」

「貴族様はそんなところ行かねえってか?」

「いいえ、喫茶店はお茶とお菓子を楽しむお店でしょ? そこで勉強をするのはお店の人に迷惑なんじゃないかしらと思って」

「行けばわかる」

「……そう」


 勉強をしに行くのに、どうして目的地が図書館ではなく、喫茶店なのだろうと疑問に思った。

 それをルイスに告げると、彼はため息をついた。

 私に説明することも面倒に思っているようだった。


(貴族様って嫌味を言うほどだもの。私、ルイスに嫌われているんだわ)


 ルイスは私の事を苦手と思っている。

 それは彼の表情や言動でひしひしと伝わってくる。

 記憶にはないけれど、昔、彼に嫌われることをしたに違いない。

 

「ルイス、待って!」


 今日は週末。

 学校や仕事が休みの人が多く、どこもに賑わっている。

 ルイスはすいすいと人混みを避けて歩いていたものの、私はそれに慣れておらず、彼の後ろをついて行くのがやっとだった。

 彼を見失ってしまうと思った私は、名前を呼んで引き留めた。


 ルイスは後ろを振り返り、はっとした顔をする。

 私が人混みを掻き分けるのに苦労していたのをやっと気づいたみたいだ。


「……ほら、手出せよ」


 ルイスは私に手を差し伸べた。

 私はその手にそっと触れる。

 彼の手に触れた瞬間、ぎゅっと握られた。


「これなら、俺のこと、見失わないだろ」

「うん……」


 ルイスの手の感触や暖かさが伝わってくる。

 大きくてごつごつした男の人の手。

 その感触にドキドキする。

 私はルイスと手を繋ぎながら賑わう街の中を歩いた。

 その間、私はルイスの手の感触をずっと感じていた。


「着いたぞ」

「えっ、あっ、ここなのね!!」

「……嫌なら帰るけど」

「違うの! 人混みに疲れただけ」

「貴族様は人混みなんて歩かねえからなあ」

「……」


 ルイスがぱっと繋いでいた手を離した。

 彼の手の感触を感じていた私は、急に現実に引き戻される。

 私たちの前には一軒家の建物があった。

 看板には"学生喫茶"と書いてあった。


「ここ、時間制で勉強場所を提供してくれるんだよ。図書館より騒げるし、勉強教えんならここのほうがいいかってな」

「ありがとう。素敵な場所ね」

「腹減ったら料理とか頼めるし」

「へえ……」


 この喫茶店は勉強をする学生を応援するために出来た場所らしい。

 料金を支払うとそれに応じた時間滞在することができる。勉強場所を確保する学生にとって適した場所ということだ。

 ルイスは私に勉強を教える事を想定して、図書館ではなくここを選んだみたい。

 彼の心遣いに、私は感謝の言葉を告げた。


「部屋代と飯代はお前が払ってくれるよな」

「えっ!?」

「勉強を教える対価。それで丁度いいだろ?」

「そ、そうね」

「お前の小遣いなら安いもんだぜ」


 一瞬でも良い人だと私が甘かった。

 ルイスは勉強を教える対価として、昼食代を要求してきた。そして、滞在費も。

 でも、彼の言う通り対価としてはそれが丁度いい。

 私は彼の提案を受け入れた。


「じゃあ、勉強すっか」

「ええ!」


 私とルイスは共に勉強喫茶へと入った。

 そこで、早速私はルイスを絶望させる点数を叩き出したのだった。

 



 

 

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