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拾われ令嬢の恩返し  作者: 絵山イオン
第1部 第6章 立ち向かうロザリー
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にっちもさっちも

「どうした、マリアンヌ。何か言いたいことでもあるのか?」

 

 先生は私がこぼした一言を聞き逃さなかった。

 狼狽えていた私は、すぐに平静を取り戻し、先生に質問する。


「この試験を一人で受けた場合……、どうなりますか?」

「その時点で減点対象になる」

「……分かりました。回答ありがとうございます」


 一人で受けても、失格にはならない。試験は受けられると知り、私はひとまずほっとした。


「選曲は自由だ。二重奏でも、連弾でもいい。試験三日前に私に報告すること」


 組む相手は自由みたいだ。

 だけど、今まで一人で実技試験に挑んでいたのに、急に誰かと組まなくてはいけないとなり、私を含め、他の生徒たちも困惑している。ただ、リリアンを除いては。

 リリアンだけは堂々としていた。


(リリアンは、実技試験の内容を知っていた……?)


 私はリリアンの表情を盗み見して、確信した。 

 あらかじめ試験内容を知っていたから、リリアンが私に不利な条件を先に出すことができた。

 リリアンの目的は実技試験で私を不合格にさせ、音楽科から追い出すこと。

 試験内容はきっと”タッカード公爵家”という権力を使って、学校関係者から聞き出したのだろう。


「実技試験は一週間後に行う。皆、二学年へ進級するよう励むように」


 最後に私たちにそう告げて、先生は第一音楽室を出て行った。

 ドアが閉まった直後、私を含む十人の生徒たちの話題は誰と組み、どの曲を弾くかでもちきりだった。自由に選んでもいいと言われると、選曲の時点で実技試験が始まっているのではないかと勘繰っている生徒さえいた。


「おい、お前、どうするんだよ?」


 グレンは真っ先に私の心配をしてくれた。彼は私とリリアンとのやり取りを見ており、リリアンから提示された条件が不利なものだったことを知っている。


「一人で受けるわ」

「正気か!? さっき、試験を一人で受けたら減点って言ってただろ?」

「ええ。あの耳飾りは病気で亡くなったお義母さまが残してくれた大切なものだから」

「けどな、お前が一人で弾くってなると、誰かが犠牲になるってことだぞ」


 グレンに指摘され、私も気づいた。

 二人一組で合奏を行うのが、今回の実技試験。

 音楽科の一学年は全十名。偶数だ。

 私が一人で弾くとなると、誰か一人余ってしまう。

 私だけでなく、誰かが減点対象になってしまうのだ。


「ど、どうしよう……」

「とはいっても、残るのは俺だろうけど」


 私とグレンが話している間に、他の生徒たちは誰と組むか決めたようだ。

 リリアンはピアノ奏者の女生徒と組んでいる。

 残ったのは私とグレン二人だけ。

 グレンはその状況に深いため息をついた。


「……リリアンにまんまとしてやられたな」

「どういう……、あっ」

「あいつ、俺を上位にあがらせないようにしてるんだよ」


 リリアンが提示した条件は、私以外にグレンにも影響する。

 今までグレンの成績は二位、一位、一位だ。二位だった時は、マリアンヌが一位をとっている。

 試験で一番になりたいリリアンにとって、グレンは邪魔な存在である。彼を一位から転落させたいリリアンは、私をダシにして、グレンの成績を下げる、一位が取れない状態にしたのだ。


「ごめんなさい、私の我儘で」

「試験まで一週間あるんだ」

「でも……」

「心配すんなって! なんとかするから」

「あの耳飾りは大切なものだけど、友達の成績の方が大事よ。だから―ー」

「……耳飾りを目にしたときのお前の取り乱し様、普通じゃなかった。これを逃したら、あれ、もう取り戻せないかもしれねえんだぞ。それでも俺の成績を優先してくれんのか?」


 私が譲歩しているのに、グレンは引き下がらない。妙に頑固だ。

 本心を言えば、今すぐにマリアンヌの耳飾りを取り戻したい。

 グレンの言う通り、これが耳飾りを取り返すラストチャンスなのかもしれない。

 でも、そうではない可能性だってある。実技試験に合格して二学年に進級した際に、リリアンが同じ条件を提示される可能性だってあるのだ。

 私の意思は揺らいでいた。グレンの厚意に甘えて、彼を一人にさせるのか、厚意を踏み弄って共に連弾するのか。


「そんなすぐに決められるもんじゃねえよな。今日は一旦、解散しようぜ」

「うん」


 私とグレンは第一音楽室を出る。

 皆がペアを組み、選曲の話題に弾んでいる中、私は私欲をとるか友情をとるかで葛藤していた。 


「じゃあな」

「またね」


 私たちはそこで別れた。

 グレンが去った方向からして、図書室へ向かっている。


(さて、何をしよう)


 一人になり、特に用がなくなった私は、寮へ帰ろうとグレンと反対方向へ歩き出す。


「あら、お一人なの? お気の毒に」


 一番、聞きたくない声が背後からする。

 私は振り返り、第一音楽室のドアの前で、腕を組んで、仁王立ちをしているリリアンを見た。


「もう組む相手はグレンしか残ってないわよ」

「知っているわ」

「あなた、彼と仲が良いのに見捨てるのね。グレンがかわいそう」

「そんなことを言うために私を呼び留めたのですか?」

「いいえ。一つ、あなたに教えたいことがあったから引き留めたのよ」

「そうですか……」


 私に教えたいこと?

 実技試験の内容を知っていたことだろうか。

 心当たりがない私は、リリアンの話を黙って聞く。


「グレンが特待生奨学金を貰っていること、ご存じかしら」

「……初めて聞きましたわ」


 特待生奨学金。

 奨学金の返済が免除され、学費や学食、売店の商品が無料になる、各学科上位二位の成績をおさめた生徒にだけ与えられる特権である。

 ただし、年四回行われる普通科であれば定期試験、音楽科では実技試験で二位以下になった場合、即座に資格をはく奪される。

 入学当初、マリアンヌも特待生奨学金に該当していたが、長期休暇前の実技試験の成績で除外されている。


「それが無くなったら、あの子、退学するしかないそうよ」

「え……」

「それでもあなた、一人で弾くつもりかしら?」


 実技試験で二位以下の成績をとったら、グレンはトルメン大学校を去る?

 リリアンの話に、私の心は深く抉られる。


「二人とも、トルメン大学校からいなくなればいいのよ! はあ、実技試験が待ち遠しいわ!!」


 リリアンはそう私に吐き捨てると、私の横を横切り、この場から去って行った。


(どうしたら、どうしたらいいのよ!!)


 私はどうにもいかない状況に絶望し、しばらくその場に立ち尽くしていた。

 


 

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