絵本の王子様
イスカが毒を飲み、二週間が経った。
投薬を続け、一命は取り留めたものの、意識は回復していないらしい。
ヴィストンから貰った薬が一番効いたようで、私が飲んだものと同等のものであったことが証明された。
この出来事で、アンドレウスは私とヴィストンの婚約を白紙にし、彼は国外へ追放された。
(トテレスお兄さまが助けてくれた……)
私は私室のソファに座り、ヴィストンとの婚約破棄に協力してくれたトテレスに感謝する。
左手の薬指にヴィストンから贈られた金色の指輪はもうない。
自由になったことに私は安堵する。
(あの証拠は……、きっとルイスが持ってきてくれたもの)
証拠はペットボーン公爵の娘、キャロラインが実家に隠し持っていたものらしい。
トテレスがペットボーン公爵領に向かう予定はなかった。
ペットボーン公爵領といえば、ルイスが騎士選抜の最終試験を行っていた場所。
ルイスが証拠を持ち出したのかもしれない。
推測だけれど、私はそう思いたかった。
ルイスが私との結婚を諦めていないと希望を持ちたかった。
(ルイス……)
私は自由になったけれど、ルイスはウィクタールとの結婚式がある。
ウィクタールはその準備で、トルメン大学校を辞めた。
長期休暇明けから一人部屋になったけれど、マリアンヌやリリアンが遊びに来て、門限ギリギリまでお茶会をしてくれたから気が紛れた。
でも、一人になるとルイスのことを思い出し、悲しくなって枕を濡らす日々だった。
(三人で買ったネックレスも、ルイスが買ってくれた絵本も、包み紙で作った栞も、手紙も、プレゼントで貰ったリボンも、お揃いで買った指輪も……、全部無くなった)
ルイスに関わるものは全てアンドレウスに処分された。
私には、もうルイスとの思い出しか残っていない。
「ルイス……」
想い人の名を口にすると悲しい感情がこみ上げ、大粒の涙がぼろぼろと落ちてくる。
「ローズマリーさま、ルイスさまの名を口にするのはーー」
「ごめんなさい、サーシャ……」
「……」
サーシャに注意され、私は泣きながら謝る。
アンドレウスからルイスの名を口にすることを禁じられている。
一人の時はサーシャが軽く注意するだけだが、公務では絶対に口にしてはいけない。
それほどに、私とルイスの仲を引き裂きたいのだろう。
ルイスに関わる品々を私から奪うことで、私が他の異性に気が向くように。
「本日のローズマリーさまのご予定ですがーー」
サーシャが私の公務の内容について告げる。
婚約者候補とのお茶会、アンドレウスと絵の鑑賞会、夜会と続き、すべて終わった後にアンドレウスと共に絵を描く。
「……わかったわ」
「ローズマリーさま、体調がよろしくなければ、アンドレウスさまに相談して――」
「いいえ、全部出席する。そうしないと学校に戻れないから」
「かしこまりました。ではドレスへ着替えましょう」
サーシャが合図をすると、数人のメイドが私の部屋に入って来た。
私はされるがままに寝間着を脱ぎ、用意されたドレスや宝飾品を身に着ける。
メイクされている間、私は自身の現状について思い浮かべながらぼーっとしていた。
ヴィストンとの婚約が破棄されてすぐ、アンドレウスは次の私の婚約者候補を探し始めた。
私に拒否権はなく、トルメン大学校からフォルテウス城へ戻ると、婚約者を選定するためのお茶会や夜会が開かれ、強制的に参加させられる。
皆、私の気を引くために、贈り物や甘い言葉をかけてくる。
でも、私は誰も覚えられない。
前は一目見ただけで顔と名前を記憶できたのに、今は誰の顔も覚えられなかった。
本当は全ての行事を休んで一人になりたい。友達のいるトルメン大学校に戻りたいと反抗したが、アンドレウスは『公務を一つでも休んだら、トルメン大学校へは行かせない』と私を脅してきた。
トルメン大学校への通学。
それを死守するために、私はアンドレウスの言うことを聞いている。
(きっとルイスが私をフォルテウス城から連れ出してくれる)
軟禁状態の生活に耐えられるのは、ルイスが私をアンドレウスの支配から解放すると約束してくれたから。その約束を私が信じているから。
(あの絵本の王子様みたいに……)
私は絵本に登場する囚われのお姫さまで、アンドレウスは私を捕らえる悪いドラゴンで、ルイスはドラゴンを倒す王子様なのだと妄想することで悲しみを紛らわせていた。
王子様が悪いドラゴンを倒して、お姫様と一緒に幸せに暮らすのだと。
いつか絵本に描かれた結末になるんだと。
私はその日がおとずれることを願っていた。
☆
「ローズマリーさま、支度が終わりました。アンドレウスさまに伝えてまいります」
サーシャが深々とお辞儀をしたのち、隣の部屋にいるアンドレウスを呼びに行った。
私は私室を出て、アンドレウスを待つ。
少しして、正装姿のアンドレウスが出てきた。
「ローズマリー! 今日も一段と可愛らしいね」
アンドレウスは私を抱きしめ、容姿を褒める。
抱擁が解かれ、私は「おはようございます、お父様」と挨拶をする。
「今日はお茶会の予定だったけど……、君に客人が来たようだ」
「客人……?」
公務の予定が変更になるのは珍しい。
急な来客の場合は、公務の合間の休憩で対応するはずなのに。
「ウィクタール嬢が結婚式の招待状をローズマリーに直接渡したいそうでね」
予定を聞き、私は変更されることに納得した。
「ウィクタール嬢が応接間で待っている」
「……すぐに伺います」
私はサーシャと共にウィクタールが待つ応接間へと向かう。
ルイスとウィクタールの結婚式がもうじき行われる。
あのウィクタールが招待状を直接渡しにくるなんて。
(嫌な予感がする……)
胸のざわつきが落ち着かぬまま、私は応接間に着いた。
「来たわね、ローズマリー」
「っ!?」
自身満々な表情のウィクタールがいた。
私はウィクタールの左手を見て、息を呑む。
ウィクタールの左手薬指には、無くしていたはずの、私の婚約指輪が輝いていたからだ。
次話は3/26(木)7:00に投稿します!お楽しみに!!




