酷な証明方法
トテレス視点のお話になります
ルイスがペットボーン公爵領から証拠を盗み出してから、一か月が経った。
僕、トテレスはアンドレウスの私室へ向かっている。
ローズマリー毒殺未遂の証拠を持って。
(ルイス君はいい仕事をしてくれた)
フォルテウス城にて、僕はルイスの仕事ぶりを評価する。
(ただ――、ルイス君が浮かない表情をしていたのは何故だろう)
証拠を受け取ったさい、ルイスが暗い表情を浮かべていたことをが気にかかる。
彼の想い人である、ローズマリーとの結婚に一歩近づいたのだ。喜ぶべきことなのに、どうしてあんな表情を浮かべたのだろうか。
(イスカ兄さんがしたことを思い出して嫌な気持ちになったに違いない)
ルイスの報告によると、試験中、イスカに目をつけられ折檻部屋に軟禁されかけたらしい。
窮地はキャロライン王子妃が救ってくれ、たまたまライドエクス公爵領へ向かっていたウィクタールに匿ってもらい、首都トゥーンまで逃げ切れたのだとか。
暗い表情を浮かべていたのは、フォルテウス城に来て、イスカの事を思い出してしまったからだと僕は推し測る。
「トテレス殿下、何用でこちらに」
アンドレウスの私室とローズマリーの私室の傍には二人の騎士がいる。
息子である僕でも、騎士に引き留められる。
「父さんに用があって来たんだ。今は、ローズマリーと一緒に絵を描いている時間だよね」
「ですが……、陛下には『誰も通すな』と命じられていまして、たとえ殿下であっても……」
「ローズマリーに関わる重要な話だ。僕が責任を取る。だから、通してくれないか」
多忙なアンドレウスにとって、ローズマリーと共に過ごす時間はかけがえないもの。
騎士は気まずそうな表情を浮かべており、言葉を選んで僕に告げる。
だが、はいそうですかとは引き下がれない。
いつもと違う反応に、騎士が判断に戸惑う。
「ローズマリーさまに関わること、ですか……?」
僕と騎士の言い合いに、ローズマリーの専属メイドが割り込む。たしか、サーシャといったか。
「貴様には関係ないことだ」
「し、失礼いたしました!」
騎士に怒られ、サーシャはペコペコと頭を下げる。
彼女はこういった無礼な場面がいくつかあるが、人懐っこい性格でカバーしている子だとメイド長から評価を受けている。
ヴィストン第二王子との婚約発表以降、ローズマリーはアンドレウスに反抗的な態度を取るようになり、サーシャに説得され渋々アンドレウスと共に絵を描いているらしい。
ローズマリーが唯一心を開いているメイドと言えるだろう。
「サーシャ、ローズマリーのためになることなんだ」
「ローズマリーさまの……」
サーシャは現状を憂いているはず。
「あの……、殿下」
サーシャがこちらに深々と頭を下げる。
「お願いします。ローズマリーさまにお力添えを」
「……」
サーシャの行動に騎士は戸惑う。
「殿下、お通りください」
「二人とも、ありがとう」
僕は騎士の警備を抜け、アンドレウスの私室の前に立つ。
(父上、貴方がしようとしていることは間違っている)
ヴィストンはローズマリーを利用してメヘロディ王国を乗っ取ろうとしている。
二人の婚約は王国の未来のためにも絶対に阻止しないといけない。
僕はドアをノックする前に深呼吸をした。
アンドレウスに意見するのは数年ぶりだ。
それは八年前、ローズマリーを王家に迎え入れると言って、母とイスカが猛反対した時。
当時、僕はアンドレウスに『ローズマリーを王家に迎え入れるのは今ではない』と意見した。
あの日以降、アンドレウスは私室から母を追い出し、ローズマリーの部屋を改築した。
僕とイスカに絵を教えることもなくなった。
僕は父に振り向いて欲しくて、他の画家に教わりながら絵を描き続けた。
景観の絵だけ「うまい」と褒めてくれたから、僕は人物画よりも風景画や建物の絵を描くようになった。
(ローズマリーの婚約について意見したら、振り出しに戻ってしまうかもしれない)
風景画では関係を修復することは難しいだろう。
(恐れるなトテレス。今、意見しなければ、メヘロディ王国が乗っ取られてしまう)
怯える己の心を奮い立たせ、トテレスはアンドレウスの私室のドアをノックした。
☆
最初のノックでは出てきてくれなかった。
僕は心折れることなく、何度もノックした。
ガチャ。
私室のドアが開かれる。
「トテレス、何の用だ?」
アンドレウスに睨まれる。低い声で用件をきかれた。
「あの……」
「ローズマリーとの時間を邪魔するな」
僕はアンドレウスの圧に怯え、声が震えていた。
上手く話せない僕に、アンドレウスは苛立っている。
「至急、ご報告したいことがありまして」
「……」
「ローズマリーに関わることなのです」
「ローズマリーに?」
大切にしているローズマリーに関わる話、それでアンドレウスは僕に関心を持ってくれた。
「ローズマリーにも聞いて欲しいことなのです」
「……分かった。入れ」
アンドレウスに招かれ、僕は数年ぶりに彼の部屋に入った。
☆
(父上の部屋……、インクの匂い、懐かしいな)
馴染みのあるインクの匂い。ここでイスカと共に教わっていた時の頃を思い出す。
あの時のアンドレウスはとても優しかった。
絵を上手に書くと褒めてくれた。
あの時のアンドレウスに戻って欲しいと何度思ったことか。
「トテレスお兄様……」
ローズマリーが心配そうにこちらを見ている。
頬は痩せこけ、腕は骨ばっている。
ルイスと引き離されたショックで、食事も喉に通らないのだという。
「話はなんだ?」
「ローズマリーが飲んだ毒についてです」
「なに? それはカズンの部下が裏切って――」
「実行犯はそうです。こちらの手紙をご覧ください」
僕はキャロラインの手紙をアンドレウスに見せた。
それに目を通すなり、アンドレウスが怒りで震える。
「イスカとヴィストンがローズマリーの毒殺を企んでいただと……!?」
「これが、証拠の毒です」
毒の入った小瓶をアンドレウスに渡す。
「ローズマリーが飲んだ毒が入っています」
「そんな……!」
真実を耳にしたローズマリーはショックを受けていた。
「あの男は生きていればローズマリーを、亡くなっていればイスカを利用して、メヘロディ王国を乗っ取る企みだったのです」
「そう、手紙に書いてあるな……」
「早急にローズマリーとヴィストンの婚約を破棄し、彼を国外追放にしたほうがよろしいかと」
「……」
僕はアンドレウスに意見した。
アンドレウスは難しい顔をして、考え事をしている。
アンドレウスは何と言うのだろうか。
昔のように感情的になり、僕を突き放すようなことを言うのだろうか。
緊張でバクバクと鳴る心臓を落ち着けるため、僕は自身の洋服を強く掴んだ。
「だが、我が国の技術では、毒の解析は困難を極める。この手紙だけでヴィストン殿を糾弾するのは……」
カルスーン王国やマジル王国ではそれができるのかもしれないが、二国よりも技術が遅れているメヘロディ王国では出来ない。
アンドレウスは僕が持ってきたものでは、証拠として薄いと判断した。
(でも、これ以上の証拠は……)
アンドレウスが慎重になるのは、一つ間違えばカルスーン王国との国際問題になりかねないから。
だから、僕はルイスに依頼して、ペットボーン公爵領に隠してあった証拠を盗み出して貰ったのに。
「お父様」
ローズマリーが話に割り込む。
「一つ、私たちでも証明する方法があります」
ローズマリーは目を伏せながら、その方法を告げた。
「誰かが、小瓶の中に入っている液体を飲むことです」
それは誰かが犠牲にならないといけない、酷な証明方法だった。
次話は3/12(木)7:00投稿です!お楽しみに!!




