熱に溶かされて
「私……、ルイスが好き」
十三歳、オリオンとウィクタールの従者となり、二年目。
ウィクタールの部屋で二人きりのとき、俺は彼女に告白された。
「……」
当時、俺はモテにモテた。
背がグンと伸び、声が低くなって、顔つきが男らしくなってきた。
いつの間にか、主人に告白されるまでにカッコよくなっていたらしい。
俺は答えに戸惑った。
俺が心動くのはロザリーだけ。それに変わりはない。
だからウィクタール以外の女性に告白されても『好きな人がいる』と断ってきた。
でも、ウィクタールは俺の主人。
答え次第では、従者をクビになるのではないかと考えてしまったのだ。
今の仕事は待遇もよく、給金もいい。
子爵令嬢になったロザリーに釣り合う男なりたいと思っていた俺は、この仕事を手放したくなかった。
「っ!?」
ウィクタールの機嫌を損ねない断り方を考えていたら、彼女が俺の目の前に近づいていたことに気づくのが遅れた。
チュッ。
柔らかい唇の感触。
俺はウィクタールにキスされた。
「……好きな人とすることだって、お母様に教わったの」
俺は言葉を失った。
唇に触れ、頬を真っ赤にしているウィクタールを見つめる。
これがファーストキスだった。
ロザリーとしたいと夢見ていたのに、それをウィクタールに奪われた。
ショックを受けていると空いていた手をギュッと握られる。
俺の胸にウィクタールがおさまる。
「ルイスも私のこと……、好きだよね?」
ウィクタールが俺に呟く。
俺が黙っていると、手を強く握られた。
ここで断ったら、俺は職を失う。
「……うん」
俺は自分の生活を守るため、ウィクタールの好意を受け入れた。
この日以降、俺はウィクタールと二人きりになると手を繋いだり、キスをするようになる。
それがウィクタールの父親、カズンにバレるのは時間の問題だった。
☆
俺はカズンに訓練場に呼び出され、頬を殴られた。
殴られた衝撃で尻もちをつき、ジンジンと痛む頬に触れる。
「娘に手を出したな」
「……申し訳ございません」
カズンは怖い形相で俺を睨む。
これで、俺は仕事をクビになる。
職を失う危機だというのに、この時、俺は安堵していた。
これで自分の気持ちに嘘をつかなくて済む。ウィクタールとの偽りの関係を解消できると。
「娘は婚約者を決める大事な時期だ。見合いに前向きではないと思っていたら、お前に裏切られるとはな」
ウィクタールは十一歳になってから、見合いの機会が多くなった。彼女が十六歳になったら相手の家に嫁がせるためだ。
侯爵令嬢であるウィクタールと結婚したいと思う貴族は沢山いるだろう。
「……荷物をまとめて、屋敷から出てゆけ」
「はい。お世話になりました。カズンさま」
背を向けるカズンに俺は深々と頭を下げた。
これで、俺の従者としての生活が終わる、はずだったーー。
「とうさま!!」
十歳になるもう一人の主、オリオンが現れるまでは。
オリオンは俺とカズンの間に飛び入る。
「ルイスをクビにしないで!!」
顔を上げると、オリオンは涙ぐみながら、父親に俺をクビにしないよう懇願する姿が見えた。
「オリオン、お前の頼みでもーー」
「やだやだ!」
オリオンは訓練を除いて、カズンの言うことを素直に聞いている。
そんな息子の願いは限りなく応えているが、今回はそうはいかないと口にしようとするもオリオンの駄々で遮られる。
「僕はルイスがいっしょがいい! ルイスがやしきから出ていくなら、僕も出ていく!!」
「オリオン……」
温厚な性格なオリオンが、俺のために抗議してくれるなんて。
俺は主人の姿にぐっと胸が熱くなった。
「私も弟と同じよ」
オリオンの後に、ウィクタールが稽古場に現れる。
父親に向けて駄々をこねているオリオンとは対照的に、堂々とした態度で父親と対峙していた。
「私はルイスが好き。ルイス以外の男性と結婚するなんて、いや!」
ウィクタールは自身の意見をカズンに告げる。
「ルイスは見合いが嫌になった私に寄り添ってくれたの!」
「ウィクタール、お前はライドエクス侯爵家として責務を果たせ」
カズンはウィクタールを怒鳴る。
いつものウィクタールであれば、納得いかずともここで引き下がっただろう。
だが、彼女はカズンに言い返した。
「お父様のお気に入りの騎士の家に嫁いで、立派な子供を産むことが私の責務というなら……、ルイスが騎士になれば叶いますわ!」
「ルイスは僕といっしょに騎士になればいい!」
ウィクタールの主張にオリオンが便乗する。
「だめだ! ルイスはお前たちの世話係を解消する!!」
カズンはそう言い切り、稽古場から出ていった。
オリオンとウィクタールは俺に抱きつく。
「やだやだ! ルイス、出ていかないで!」
オリオンは俺の胸のなかでグズグズと泣いていた。
「オリオン、カズンさまが言うことは正しい。だから、俺は屋敷を出る」
俺がしていたことはカズンの言う通り、従者として裏切り行為だ。
「ルイス、私がお父様を説得するから」
「ウィクタール、オリオン……、ごめんな」
ウィクタールの気持ちに応えていたとはいえ、恋人のような関係を続けられるとは思えない。
ウィクタールは貴族で、俺は平民だから。
(ロザリーのことも、諦めないといけないのかな……)
目の前にウィクタールがいるのに、俺の頭はロザリーのことを考えていた。
所詮、俺は二人の好意を利用していた最低な男なのだ。
☆
荷物をまとめた俺は、家主であるカズンに別れの挨拶を告げにいった。
カズンは俺を無視し、早く出ていけといった態度をしていて、取り付く島もない。
俺のライドエクス侯爵家の使用人としての生活は最悪な形で終えたのだ。
その後、屋敷を出た俺は、宿屋で一泊する。
一人部屋をとった俺は、ベッドに寝転がりながら、天井を見つめ、将来について考える。
(クラッセル子爵領に行って、働き先を探そうか、トキゴウ村に帰って畑の手伝いをしようか)
侯爵家の使用人として、教養や剣技を学んでいたため、働き先について不安はない。
トキゴウ村に帰れば、住むところと畑仕事は貰えるはずだ。
(クラッセル子爵の屋敷で働けば、ロザリーに……、いやいや、そうなったら恋人になれないし)
ロザリーの側で働けたらどんなに幸せだろうと思ったが、主人と従者の交際は今回の件で無理だと分かった。
バレれば、再び職場を失うと、俺は考えをすぐに捨てた。
「ロザリー」
俺は荷物の中から、包み紙がされた本を取り出す。
それは、ウィクタールの買い物に付き添っていたさいに見つけた絵本。ロザリーが大事にしていたものと同じもの。
「これで、俺のこと……、許してくれるかな」
絵本を渡して、仲直りしたら、恋人として過ごせるだろうか。
ウィクタールと過ごしたような日々をロザリーと共に過ごせるだろうか。
コンコン。
考え事をしているときに、ドアをノックする音が聞こえた。
宿屋に俺を訪ねてくる人がいるのかと、不思議に思いつつ、俺はドアを開けた。
「ルイス、探したわ」
「ウィクタール!?」
訪ねてきたのはウィクタールだった。
俺は窓の外を見た。
日は沈んでおり、夜会がない限り外へ出かけることはない。
それに、今のウィクタールは町娘のような格好をしていて、お忍びで俺に会いに来た様子。
「あなたに会いに来たの。部屋に入れて」
「それはーー」
密室でウィクタールと二人きり。
「屋敷から出てきたの。宿屋の取り方も知らない私をここで追い出したら、私は野宿しなきゃいけなくなる」
俺は断り、屋敷に送り届けようとするも、ウィクタールがそれを拒む。
「……わかった」
「ありがとう」
夜間、ウィクタールを野宿させたら何が起こるか分からない。
俺は渋々、ウィクタールを部屋に入れた。
「ルイス」
部屋のドアが閉まるなり、ウィクタールは俺に抱きついた。
「お父様なんて知らない。私もルイスについていく」
ウィクタールは俺と駆け落ちするつもりのようだ。
「ルイスと結婚できないなら、私は家を捨てるわ」
「それは無理だ」
ウィクタールは貴族として不自由ない生活を送ってきた。そんな彼女が平民になるなど無理だ。
「じゃあ、私をお祖父様のところへ連れて行って」
「……ライドエクス領主のところか?」
「うん。ルイスのこと、お祖父様にお願いするの」
「そこまでして、俺を世話係に戻したいのか」
ウィクタールは俺を使用人に戻すため、次の作戦を立てていた。
それはウィクタールの祖父、ライドエクス侯爵領主にお願いすることだ。
屋敷のある王都トゥーンからライドエクス侯爵領は馬車で一ヶ月もかかる場所にある。
付き添いで二回行ったことがある。
領主は孫のウィクタールをとても可愛がっており、彼女がねだれば全て叶えてくれた。
「うんん」
ウィクタールは首を振る。
「ルイスを私の婚約者にしてもらうの」
使用人を超えた関係になりたいと、ウィクタールは真摯なまなざしで告げる。
「ウィクタール……、俺はーー」
今までは職を失う怖さで伝えられなかった。でも、今なら正直に言える。
「ウィクタールの気持ちに応えられない」
ウィクタールはショックを受けた表情をしていた。
「ルイスは私のこと……、好きじゃないの?」
「ああ。俺には心に決めた人が他にいる」
「そんな……」
「今までは断ったら、使用人の仕事がなくなるんじゃないかって不安で、本音を言えなかった」
胸につっかえていた言葉を言えた。
今までの甘い日々は嘘だったのだと分かれば、ウィクタールが俺に執着することはない。見合いも順調に進み、カズンが望む方向へ向かう。
俺はこれでウィクタールとの関係を終わらせられると安堵していた。
「その女より、私のほうがルイスを好きだもん!」
だが、ウィクタールは違った。
ウィクタールが暴れ、俺はベッドに押し倒される。
俺の身体に馬乗りになったウィクタールは、俺を見下ろす。
「私……、ルイスと家族になりたいの」
「ウィクタール、なにをーー」
ウィクタールは俺の目の前で突如、服を脱ぎだした。
「ルイス、私を見て」
一糸纏わぬウィクタールの身体。
すべすべした素肌、俺にはない胸の膨らみ、丸みをおびた身体。
俺とは違う体つきを見て、俺はなんともいえない感情が込み上げた。
「ルイス」
ウィクタールが俺に密着し、耳元でささやく。
「くっ」
触れたことのない感触に、感情が昂ぶる。
「私にルイスの愛をちょうだい」
俺とウィクタールの唇が重なる。
いつもの唇が軽く触れるものではなく、深く繋がりたいと思うような熱いキス。
(なんだよ、これ……)
頭ではロザリーのことを思い浮かべ、早くウィクタールを拒絶しろといっているのに、身体がいうことを聞かない。
俺の身体は熱でどんどん火照り、ウィクタールを求めている。
そのあとは、ウィクタールにされるがまま、俺は彼女と夜が明けるまで愛し合った。




