何年でも待ってる
「ロザ――」
泣いているロザリーに触れようと手を伸ばす。
「娘に触るな」
アンドレウスの冷酷な一言で、手が止まる。
「本来なら、娘をたぶらかした罪として死刑なのだが」
アンドレウスがロザリーに触れ、彼女の背を優しく撫でている。
だが、ロザリーは泣き止まない。
「だめ、ルイスを奪わないで」
「ローズマリーはこれまで、自分の育て親、孤児院の子供たちと沢山のものを失っている。これ以上大切なものを奪ったら、絵を描く気力すら失うだろう」
「だから俺は……、生かされているんですか?」
「ああ。今はね」
今は。
これは俺とロザリーへの警告。
ロザリーと駆け落ちでもしようものなら、命はないと。
「ルイス、お願い、遠くに行ったりしないで」
遠くに行く。
以前、俺は『ロザリーが他の男と結婚するなら、見たくない。他国へ去る』と言った。
ロザリーは俺の発言を覚えているのだろう。
もう、俺に会えなくなってしまうのではないかと不安がっている。
「ルイス君、再びローズマリーと会いたいのであれば……、君も相手を決めなさい」
「俺に……、結婚相手を決めろと」
「そうだ。カズンの娘が丁度いいのではないかね。そうだろ、カズン」
アンドレウスは俺の意見を決めずに話を進める。
「え、ええ。ウィクタールもそれを望んでいます」
急に話をふられたカズンは、はっとした表情を浮かべるも、すぐにアンドレウスの問いに答える。
「なら、すぐに結婚式の準備をするといい。式は騎士勲章授与式の当日にしなさい」
「陛下、それではルイスが――」
「騎士勲章であれば――」
アンドレウスが傍にいた従者に視線を送る。
従者が動き出し、テーブルの上に騎士勲章を置いた。
「今、差し上げよう。ルイス君を特例で騎士に任命する」
「なっ」
「騎士という肩書がなければ、ローズマリーと話すのに都合が悪いだろう? ルイス君の成績であれば、最終試験の成績を待たずしても合格だ」
「そ、それは……」
「ふむ……、ではこうしよう」
カズンの反応を見て、アンドレウスは条件を変える。
「最終試験は受けてもらう。その成績関係なしにルイス君は騎士勲章を授与する。この件はこの場にいる者だけの秘密とする。そうすれば、ルイス君の立場も守れるよね」
「ご配慮、ありがとうございます」
カズンとアンドレウスの間で俺とウィクタールの結婚の計画が進んでゆく。
日程も騎士勲章授与式の当日。
これで、俺とロザリーが結婚する道は完全に塞がれた。
「ルイス君の結婚式にはローズマリーを出席させる」
「っ!?」
俺とウィクタールの結婚式にロザリーが出席する。
それは、俺の結婚をもって、俺たちの関係が完全に終了したことになる。
「いいね、ローズマリー」
「……はい。お父様」
ロザリーはアンドレスの要求を受け入れた。
「話はこれで終わり。二人とも話を聞いてくれてありがとう」
俺の主張も聞かずにアンドレウスは一方的に話を断ち切った。
ロザリーの手紙に『お父様は私の話を聞かずに勝手に予定を詰める』と文句が書かれていたが、その通りだ。
「では陛下、私たちはこれで失礼します」
俺とカズンが席を立つ。
ロザリーはアンドレウスの隣で泣いたまま。
(ロザリー)
今のロザリーをみているのはとても辛い。
叶うなら、ロザリーを抱きしめて、安心させてやりたい。
そして、ロザリーの笑顔がみたい。
「ルイス、行くぞ」
カズンに呼ばれるまで、俺はロザリーを見つめていた。
「はい、カズンさま」
俺はカズンと共に部屋を出ようとする。
トン。
背後から誰かに抱きしめられた感触がした。
「ローズマリー!!」
アンドレウスの慌てた声。
ということは、この感触は――。
「ルイス……、ウィクタールと結婚しても、私はずっとルイスのこと、愛してる」
ロザリーの声。
振り返ると、すぐ傍にロザリーがいた。
「何年でも待ってる。だから……、一緒にここから逃げよう」
俺にしか聞こえない小さな声で、ロザリーは俺との駆け落ちを願う。
まだ、ロザリーは諦めていない。
俺と一緒になることを何年かかっても遂げようとしている。
次はない、そうアンドレウスに言われても。ロザリーは俺と一緒に暮らす未来を願っている。
(あ、この香りは――)
ロザリーの髪からふわりと甘い香りがした。
それは俺がロザリーを想って作った、香水と似ている。
「待っててくれるか?」
「うん。信じてるから」
短い会話。
それでも、ロザリーと強い絆を感じられた。
「ルイス君に抱き着くなんて……、いけない子だ」
ロザリーを抱きしめようと手を伸ばしたが、アンドレウスに引き離される。
ロザリーは俺を求めて、手を伸ばす。
「あ……」
その薬指には、いくつかの小さな宝石をあしらった金の指輪がはめられていた。
カルスーン王国第二王子がロザリーに贈った、婚約指輪だろうか。
ロザリーはアンドレウスに連れられ、俺が入った場所とは違う別のドアから退席した。
(ロザリー、新しい約束……、今度こそ守るから)
俺はロザリーとした新たな約束を胸に、応接間を出た。
次話は11/27(木)7:00に更新します!
お楽しみに!!




