引き裂かれた仲
ウィクタールのキスを受け入れた直後、俺は我に返り、ウィクタールを突き飛ばす。
「いたっ」
身体をソファの肘にぶつけ、ウィクタールが痛がっていた。
「ご、ごめん」
ルイスはすぐにウィクタールに謝った。
「まず、顔を拭いてドレスに着替えよう。髪も結わえてやるから、な」
「……ルイスが手伝ってくれるなら」
ウィクタールはぶつけた箇所をさすりつつ、クローゼットを開けた。
クローゼットにはワンピースとドレスがこれでもかと並んでいる。
「ルイス、今日はどれが似合うと思う?」
ドレスを選ばせるのも、俺をウィクタールの部屋に長く居させるための常套句。
本来はメイドの仕事だが、ウィクタールはこれを全て俺にやらせる。
ウィクタールの身体は十一歳の頃よりもはるかに女性らしくなった。
ロザリーよりも背が高く、手足が長く、スタイルがいい。
顔立ちもライドエクス侯爵夫人に似て美人だ。
同じ年頃の貴族たちがウィクタールに見惚れ、求婚するのも頷ける。
それなのに、ウィクタールは全ての求婚を断り、平民の俺を求める。
俺はそれに今まで応えてこなかった。
でも――。
ロザリーとの結婚の道が絶たれたことを聞かされ、一瞬、俺の意思が揺らいだ。
ウィクタールとキスをしてしまった。
(このままだと、俺はウィクタールと――)
ウィクタールと結婚してしまうかもしれない。
ロザリーを裏切ってしまうかもしれない。
(ロザリーには『結婚できなかったら国を出ていく』って言ったのに……、本当のことになったら、ウィクタールの言葉に甘えようとしてるなんて)
俺は自分の気持ちの弱さに呆れた。
「ルイス?」
「そうだな……」
ウィクタールに声をかけられ、俺はウィクタールの服選びに付き合う。
☆
ウィクタールの世話が終わり、軽装に着替えた俺は、稽古場へ向かった。
「カズンさま……」
そこには主であるカズンとオリオンがいた。
二人は何かを話していたようで、オリオンが落ち込んでいる。
(カズンさまがフォルテウス城から戻ってきている。もしかしたら、ロザリーの婚約者がカルスーン王国の第二皇子になったことを話したのか?)
ウィクタールの話は本当だったのだ。
「ルイスか」
カズンが俺の存在に気づく。
「カズンさま、オリオンさまと一体何を――」
「オリオンとの稽古は中止だ。私と共にフォルテウス城へ向かうぞ」
「は、はい」
「私が用意する服にすぐに着替えろ」
「承知いたしました」
俺を見つけるなり、カズンは俺に二つ命令する。
(俺がフォルテウス城に?)
稽古場を出て、カズンが用意した服をみる。
それはオリオンの正装だった。
カズンの命令に疑問を覚えつつも、俺はそれを着る。
手足の袖が短いが、上着を着れば大丈夫だろう。
「カズンさま、着替えました」
「なら、行くぞ」
フォルテウス城へ向かうため、俺はカズンと共に屋敷を出る。
「ちょっと! お父様」
だがエントランスでウィクタールが待っていた。
ウィクタールの後ろには困り顔のヴァイオリンの講師がおり、稽古の最中なのがうかがえる。
「ルイスをフォルテウス城へ連れて行くってどういうこと!?」
ウィクタールがカズンに突っかかる。
「ルイスとデートする約束をしたの! ルイスを連れて行かないで!!」
ウィクタールの主張にカズンはため息をついた。
「これはアンドレウスさまの命令だ。我儘を言うな」
「いやだ! ルイスと買い物に行きたい!!」
「……行くぞ、ルイス」
ウィクタールの我儘を無視し、カズンは屋敷から出て行った。
俺はウィクタールと見つめ合う。
「ごめん。この埋め合わせはいつかするから」
「じゃあ、帰ってきたらすぐ私のところにきて」
「……わかった」
「約束よ」
ウィクタールがぎゅっと俺の手を握る。
その薬指にはロザリーの指輪がはめられている。
(いつか、ウィクタールから取り返さねえと)
俺はそう思いながら、カズンの後を追う。
☆
フォルテウス城。
ロザリーが閉じ込められている場所。
俺は生まれて初めて、その城に入った。
城に入ると、俺はある部屋に通される。
そこには、アンドレウス国王とロザリーがソファに座っていた。
ここは応接間で来賓客の対応をする場所のようだ。
(ロザリー!)
俺はロザリーに会え、胸が高鳴る。
でも、ロザリーの目は腫れていて、俺に会えたというのに表情が暗い。
「カズン、ルイス君、よく来てくれた」
「陛下、昨夜の婚約の件は一体なんなのですか!」
カズンがアンドレウスに怒りの感情をあらわにする。
「要望通り、ルイスを連れてきました。さあ、理由を話してください」
俺をフォルテウス城へ連れてきたのは、アンドレウスに命令されたから、らしい。
「そうだね。話そうか」
アンドレウスは深呼吸をした後、オリオンを婚約者から外した理由を告げる。
「カズン、君は僕のためによく働いてくれた。その働きには今も感謝している。だが、ローズマリーの生誕祭、娘の大事な夜会で君は失態を犯した」
ロザリーはその日、毒を飲まされた。
「ロザリーに毒を盛ったのは……、君の部下。君は僕の信頼を裏切った」
「……だから、オリオンを婚約者から外したのですね」
「そうだ」
カズンの部下が毒を盛った犯人だったから。
それが、オリオンがロザリーの婚約者から降ろされた理由。
「ヴィストン殿が用意した新薬がなければ、ロザリーの後遺症は治らなかった。ヴィストン殿は良い人だ。だから、彼をローズマリーの新たな婚約者とすることにした」
「そう……、ですか」
ローズマリーの身体の痛みが診断よりも早く引いたのは、ヴィストンが新薬を用意したから。きっとメヘロディでは出回っていないもので、ヴィストンの協力がなければ手に入らなかった薬なのだろう。
「カズン、これは騎士団をまとめきれなかった君への罰だ」
毒を盛った犯人を死刑にしたように、オリオンをロザリーの婚約者から外したのは、警備を指揮していたカズンへの罰。
アンドレウスの主張に納得したカズンは、怒りの感情を収め、黙り込んでいた。
「さて、話をルイス君へ移そう」
「俺、ですか?」
「ルイス君、君はローズマリーとまだ恋仲にあったようだね」
「っ!?」
カズン話が終わり、次は俺の番。
アンドレウスが俺を呼びだしたのは、俺とロザリーの関係について問い詰めるため。
隣に座っていたカズンが、アンドレウスの発言を聞き、驚いている。
「……はい。俺はロザリーを恋人として愛しています。俺が騎士になり、授与式に参加したその時に、結婚を宣言しようと約束しました」
俺は正直にアンドレウスに計画のすべてを話した。
アンドレウスの口ぶり、ロザリーの泣き腫らした顔から、隠しても仕方がないと感じたから。
「ルイス……、全部、お父様にバレちゃった」
今まで黙っていたロザリーが口を開いた。
ロザリーの目にはボロボロと涙が流れている。
「私……、ルイスと、結婚、できない」
泣きじゃくりながら、途切れ途切れの言葉。
「ルイス……、ごめんね。もらった指輪……、なくしちゃった」
次話は11/20(木)7:00に更新します!
お楽しみに!!




