悪魔の囁き
今回から章の終わりまでずっとルイス視点になります。
「ローズマリー、僕はルイス君よりもふさわしい結婚相手を用意した」
「いや、ルイスじゃないと、いや!」
「君がその結婚に応じたら、ルイス君と会う時間を作ってあげる。これが、僕ができる譲歩だ」
私がオリオンと結婚したら、ルイスをフォルテウス城に招けるようになる。
でも、それではルイスと一緒に暮らせない。
ルイスと話した未来が実現できない。
「……いい子にしてたのに」
いい子にしていたら、アンドレウスはプレゼントをくれた。
マリアンヌをお茶会に招けた。
私の本当の誕生日にクラッセル子爵に会えた。
それだけでは足りない。
「私はルイスと結婚したいの。ルイスと幸せに暮らす未来が欲しい」
「残念だが、それはプレゼントできない」
ルイスとの関係はこれで終わる。
アンドレウスの手が私の頭に置かれる。
「君は……、悪い子だから」
アンドレウスは私の頭を優しく撫でる。
ルイスとの関係の終わりに、私はアンドレウスの前で大泣きした。
☆
ロザリーが療養を終え、フォルテウス城へ帰った翌日。
ロザリーの護衛を終えた俺は、そのままライドエクス侯爵家に滞在することになった。
名目としてはオリオンとウィクタールの従者として。
士官学校の最終試験までの期間限定だが。
従者として、まずはオリオンとウィクタールを起こし、それぞれの予定を伝えることから始まる。
オリオンはすでに身支度を終えており、俺が部屋に入ってくるのを待っていた。
「おはようルイス」
「おはよう」
「期間限定とはいえ、ルイスが従者に戻ってくれて嬉しいな」
俺の従者姿を見て、オリオンは素直に喜んでくれた。
「僕の予定はどうなってる?」
「これといった予定はないな。けど、トレーニングを欠かさないようにってカズンさまが言ってた」
「そっか。ルイスの予定は?」
「……ウィクタール次第かな」
「じゃあ、午前中は僕の稽古に付き合って。姉さんの相手は午後にしてよ」
「わかった。そうする」
「やった! 稽古場で待ってるからね!」
「ああ。またな」
オリオンは素直だからすぐに用事が終わる。
問題は――。
俺はオリオンの部屋の隣、ウィクタールの部屋の前でため息をついた。
ウィクタールは俺に執着している。
従者に戻ったら何を要求されるか。
不安な気持ちを抱えつつ、俺はウィクタールの部屋に入った。
ウィクタールはまだ眠っている。
俺はウィクタールが眠っているベッドにそうっと近づいた。
ウィクタールの顔が布で隠れていて見えない。
「ウィクタール、朝――」
「おはよう、ルイス!」
俺が声をかけると、ウィクタールは挨拶と満面の笑みを向ける。
(これは、俺が起こしに来るのを待ってたな)
ウィクタールは寝起きが悪い。
俺の声に即反応できたということは、ウソ寝をしていたに違いない。
「ルイス、起こして」
ウィクタールは両手を伸ばし、俺に起こしてほしいと甘える。
「……今日だけだぞ」
前の関係だったらすぐに断ったが、今の俺はウィクタールの従者。
彼女の命令には従わなければいけない。
俺はウィクタールを抱きしめ、彼女をベッドから起こした。
「ウィクタール、離してくれないか」
「ソファまで私を抱っこして運んで」
起こしてもウィクタールは俺の身体にしがみついたまま。
離れて欲しいと告げると、今度はソファまで抱えて運べと命令してきた。
(俺はウィクタールの従者。従者)
文句を言いたい気持ちを押し殺し、俺はウィクタールをソファまで運んだ。
「隣に座って」
ポンポンとソファを軽く叩き、隣に座るよう促される。
「……」
「座って」
無言の抵抗をしたが、ウィクタールの語気が強くなる。
経験上、これを断ったらウィクタールが騒いで、面倒なことになる。
俺はソファの端に座り、ウィクタールと距離をとった。
だが、すぐに距離を詰められ、俺の身体をベタベタと触ってくる。
「なんだよ」
俺がウィクタールに視線を向けたその時、彼女は俺の前で寝間着を脱いだ。
下着姿のウィクタールは豊満な胸元と肉感のある太ももを見せつけ、俺を誘惑する。
ウィクタールの露わな姿に、俺は視線を逸らした。
「ルイス」
ウィクタールはその姿で俺に密着する。
柔らかい肢体の感触。
「今日の私の予定は?」
耳元でねっとりとした声が聞こえる。
「午前中はヴァイオリンの稽古。午後はトルメン大学校の宿題だ」
「……ルイスは?」
「午前はオリオンのトレーニングに付き合う」
「午後は予定がないのね! じゃあ、デートしましょう!!」
「買い物な……。稽古をサボらずやって、宿題が一区切りしたら考えてやる」
「ルイスとデートできるなら、ちゃんとするわ!」
「そうか。じゃあ、ドレスに着替え――」
「ねえ、ルイスに見せたいものがあるの!」
やっとウィクタールが離れてくれた。
ほっとしていた矢先――。
「見て! ルイスと同じ指輪よ」
「っ!?」
俺の目に移ったのは、ロザリーに贈った指輪。
それがウィクタールの右手の薬指にはめられている光景。
「その指輪をどこで……」
「どこだと思う?」
ウィクタールが邪悪な笑みを浮かべて、こちらに歩み寄る。
「ローズマリーさまの宝石箱」
似たような指輪を職人に造らせて、俺を騙そうとしているのではないかと思ったが、違う。
ウィクタールがはめている指輪は本物。
俺がロザリーに贈った指輪だ。
「指輪を贈った相手、ローズマリーさまだったんだ」
「……」
「でも残念。この指輪は昨日から私のもの」
「返してくれ。指輪がなくなったことに気づいたら、ロザリーが悲しむ」
「いや」
ウィクタールは俺の要求を拒否した。
「ルイスは指輪を贈った人と結婚するんでしょ?」
「ああ。俺はロザリーと――」
「いいえ、私と結婚するの」
ウィクタールは俺の指輪にそうっと触れる。
「指輪は私のものだから」
「……違う。俺は――」
「ローズマリーさまは平民のルイスとは結婚しないわ。騎士になっても、無理よ」
「ロザリーは、約束してくれた。俺と結婚するんだって」
俺はウィクタールの言葉に反論した。
「約束、破られちゃったね」
ウィクタールはくすっと笑う。
「え……」
「昨夜、夜会でローズマリーさまの婚約者が発表されたそうよ」
「それはオリオンじゃ――」
「カルスーン王国第二王子。オリオンじゃないって、昨夜お父様が慌ててた。今頃、フォルテウス城でアンドレウスさまと言い合いになってるんじゃない」
ロザリーの婚約者が変わったことに俺は驚愕する。
「でも、オリオンは何も言ってなかった」
今朝のオリオンは普通だった。
婚約者ではなくなったことを知っていたら、相当落ち込んでいたはず。
ウィクタールが俺とロザリーの縁を切るために嘘をついているのだと、気持ちを強く持つ。
「まだ、オリオンには伝わってないもの。私は偶然お父様の話を盗み聞きしただけ」
「……本当に、ロザリーは――」
ロザリーが他の男と結婚してしまう。
俺の手の届かないところにいってしまう。
「ルイスには私がいるよ」
ウィクタールは嬉々とした声で、俺をぎゅっと抱きしめる。
「私が、ローズマリーさまを忘れさせてあげる。だから、私のものになって」
支えを失った俺に悪魔のような囁き。
俺はウィクタールをじっと見つめる。
「ウィクタール……」
「愛してるわ。ルイス」
弱っていた俺はそのままウィクタールのキスを受け入れた。
次話は11/13(木)7:00に更新します!
お楽しみに!!




