溜め込んでいた感情
私の療養期間が終わった。
その頃には体の痛みも無くなり、ヴァイオリンも休暇前と同様の腕前に戻った。
「ローズマリーさま! フォルテウス城に帰れますね!」
「……そうね」
ドレスの着付けを手伝ってくれているサーシャは、私が元気になりフォルテウス城に帰れるとご機嫌だ。
対照的に、私の気持ちは沈んでいた。
(また、ルイスに会えなくなる……)
ライドエクス侯爵邸ではルイスと沢山お話できた。
ルイスは毎夜、私の部屋に来てくれた。
二人きりの夜。
私たちは今まで会えなかった時間を埋めるかのように、沢山キスをした。
私が眠りにつくまで、ルイスが添い寝をしてくれた。
恋人らしい幸せな日々は今日で一旦終わり。
私は長期休暇が明けるまでフォルテウス城でアンドレウスと絵を描く軟禁生活。
ルイスは最終試験としてペットボーン公爵領に発ってしまう。
約束の日まで、ルイスと連絡をとれなくなる。
「ローズマリーさま? まだ、体調がすぐれませんか?」
「……」
私の元気のない返事を聞き、サーシャが私の体調を心配する。
そういうことにしたら、屋敷に滞在する日が伸びるだろうか。
ルイスと過ごす日々が一日でも伸ばせるだろうか。
黙っていると、サーシャが困った表情になる。
「今夜、カルスーン王国との夜会があります。ヴィストン第二王子やカルスーン王国の重鎮が参加されますので、予定を変更するわけには――」
「お父様でも予定は変更できないわよね」
「はい」
「久々に正装して、少し疲れただけ。夜会までには調子を戻すわ」
「よかったあ……」
私の返事を聞き、サーシャがふう、と安堵のため息をつく。
今日の夜会には第五王子のグレゴリー、もといグレンも参加すると言っていた。
(確かグレンはクラッセル邸で休暇を過ごすと言ってたわね。マリアンヌとチャールズさまも一緒だって)
夜会に参加するのだから、グレンはクラッセル邸を出て、トゥーンにいるのだろうか。
グレンに会ったら、休暇中のマリアンヌの話を聞ける。
それが夜会での唯一の楽しみ。
「外に馬車を待たせています」
「ええ、行くわ」
「ローズマリーさまの私物は後ほどお部屋にお持ちいたします」
「よろしくね」
私の荷物は全てサーシャに任せた。
サーシャであれば、思い出の品とルイスの手紙が入った宝石箱を大切に扱ってくれると信用したから。
私はサーシャの手を借り、ライドエクス侯爵邸を出た
そこにはカズン、オリオン、そしてルイスがいた。
(ルイス……)
ルイスの顔を見ると、胸が苦しくなる。
このまま見つめていたら、またサーシャに声をかけられてしまう。
私はルイスから視線を逸らし、自分が乗る馬車をみた。
馬車が開かれると、誰かが降りてきた。
それはもちろん、アンドレウスである。
「ローズマリー! ああ、元気になってよかった」
アンドレウスとは一週間ぶり。
私は素直にアンドレウスの抱擁を受け入れた。
「ご心配をおかけいたしました」
「薬が効いたようだね」
「はい。また、一緒に絵を描けます」
「とても楽しみだ。さあ、帰ろう」
私はアンドレウスと共に、馬車に乗る。
扉が閉まり、御者が馬に鞭を打つ。
ゆっくりと馬車が動き出した。
ライドエクス侯爵邸が離れてゆく。
(ルイス、またね)
私は心の中でルイスに別れの言葉を告げる。
次に会うのはルイスが騎士になる日。
私たちがみんなの前で交際を宣言する日。
(辛いのは今だけ、あともう少しでルイスと一緒に過ごす日々が手に入る)
私はそれを支えに、ローズマリーとしての生活に耐えてきた。
「ローズマリー、今夜は――」
「カルスーン王国との夜会、でしたよね」
「今日の予定はそれだけだ。その間、一緒に絵を描きたいけど……、プレゼントの中身をチェックしたいだろう」
珍しくアンドレウスが私のことを気にかけてくれている。
確かに私は大量に貰った誕生日プレゼントの中身を確認していない。貰った貴族に感謝状も書けていない。
今までは毒を盛られ、後遺症があったから先延ばしにできたが、治ったのであれば王女の務めを果たさなければ。
「そうですね」
特にクラッセル子爵から貰った髪飾り。
あれは宝石箱の中に入れなきゃ。
「お父様、犯人は捕まったのでしょうか」
私は新しい話題に移る。
私の飲み物に毒を盛った犯人は捕まったのかと。
「捕まえたよ。刑を言い渡したところだ」
アンドレウスは重々しい口調で、結論だけを述べた。
「でしたら、フォルテウス城はもう安全な場所なのですね」
「そうだよ。ローズマリーが安心して過ごせる場所になったよ」
アンドレウスの答えを聞き、私は気分が沈む。
フォルテウス城が安全になったということは、再び軟禁生活が始まるということ。
「オリオン殿とルイス君と楽しく過ごしていたみたいだね」
「二人とも、私の退屈をまぎらわせてくれました」
「ルイス君か……」
「ルイスがなにか?」
「その……、ルイス君と楽しそうに昔話をしていたという報告が気になってね」
「嫌、でしたか」
答えはしなかったが、アンドレウスは唇がへの字になっており、不機嫌な表情を浮かべている。
「ルイス君は君を絶対に裏切らない存在。護衛としておくカズンの判断は正しい。けれど……、彼はずっと君のことを”ロザリー”と呼んでいる。僕はそれが気に食わないんだ」
「私とルイスは――」
「幼馴染であり、恋人”だった”。君が気を許している相手だというのはよく理解している」
「……」
「でも、ルイス君は駄目だ」
「っ!?」
まるで、現在も私とルイスが密かに愛を育んでいるのを知っているような口ぶり。
私はアンドレウスの言葉に動揺した。
「君が密かにルイス君と連絡を取り合っているという報告があった」
バレた。
よりにもよって、一番バレてはいけない人に。
「手紙のやり取りをしていたそうじゃないか」
この場を乗り切ろうと言い訳を考えていたが、アンドレウスは私とルイスの連絡方法について述べる。
「トルメン大学校。僕の目の届かないところで、君たちは互いの愛を確かめ合っていた。それだけなら、若気の至りだと僕も我慢したさ」
手紙のやり取りだけであれば。
私はライドエクス侯爵邸の療養で、毎夜、ルイスと逢引きをしていた。
「療養中、ルイス君は毎夜、ベランダから君の部屋を訪れていた。そうだろう?」
「……」
「前に言ったよね? ルイス君は駄目だ、諦めなさいと」
「お父様……、私――」
「ローズマリー、君を迎え入れてから、君がずっと何かを耐えているように僕は感じていた。始めは絵が嫌いなんだろうと思ってたけど、違うんだね」
ああ、大切な人とのつながりをアンドレウスに奪われてしまう。
「いやだ」
説得するなんて無理だ。
そう確信した私の感情が爆発する。
「やだ、やだ、やだ!!」
「ろ、ローズマリー」
「私からルイスを奪わないで!!」
溜め込んでいた感情は大量の涙と共に、アンドレウスにぶつけた。
次話は11/6(木)7:00に投稿します!
お楽しみに!!




