もう、我慢できないの
夜が深くなり、今日は来ないのかとベッドに横になろうとしたその時。
ゆっくりとベランダの窓が開いた。
ルイスがベランダから入ってきたのだ。
「ルイス!」
私はぎゅっとルイスを抱きしめる。
ルイスはそんな私の頭をヨシヨシと撫でてくれた。
「……ごめん」
抱擁を解いたあと、ルイスが口にしたのは謝罪だった。
「それは、私のところに会いに来るのが遅くなったから? それとも……、ウィクタールさまとの婚約の話が出ていたのを黙っていたから?」
ルイスが謝る理由を私が述べる。
「どっちも……、だな」
ルイスが私から視線を逸らした。
「婚約の話……、オリオンさまから聞いたわ」
「それで、ロザリーはどう思った? 俺のこと、嫌いになったか?」
「また隠し事してたんだって思った。でも――」
私はルイスの右手に触れる。
彼の薬指の指輪をじっと見つめる。
「ライドエクス侯爵の前できっぱりと断ってくれたこと。”婚約指輪”と言ってくれたことが嬉しくて……」
私の気持ちを聞いてほっとしたのか、ルイスは笑みを浮かべていた。
互いの気持ちが分かったところで、私はルイスをソファに誘導した。
ソファに二人で並んで座る。
私はルイスに身体を預け、彼に甘えていた。
「……明日はルイスが護衛の日ね」
「ああ。一日中、ロザリーと一緒にいるよ」
一日中、仕事とはいえルイスと一緒に居られる。
直接お話しできる。
「けど、こうやって甘えるのは夜だけ。朝は誰が見ているか分からないからな」
「……二人きりのときでも?」
「ああ。仕事だから」
部屋に二人きりであれば、今夜みたいにいちゃつけると期待していたけど、それでもルイスは警戒していた。
「いつウィクタールが俺の仕事の邪魔をするか」
ルイスが特に警戒しているのはウィクタール。
明日もきっと仕事の邪魔をしてくるに違いない。
「ねえ、演奏室で別れたあと、ルイスはなにをしていたの?」
「……ウィクタールのご機嫌とり。夜になるまでずっとな」
「そう」
そのせいで私とルイスが過ごす時間が短くなってしまう。
私は寝間着をぎゅっとつかみ、ウィクタールに対して静かに怒る。
「俺の婚約の話は、もう終わってる。俺がウィクタールと結婚することはない」
「ルイス……」
私はルイスの顔をじっと見つめる。
昨夜、ルイスにキスを拒まれた。
『そういう気持ちになれない』と言ってたけど、今夜はキスしてもいいのかな。
「ロザリーが我慢してる顔……、可愛い」
「からかわないで!」
ルイスにからかわれ、私は抗議する。
ルイスの手がそっと私の頬に触れる。
そこはオリオンにキスされた箇所だった。
「待ってたのは……、俺がキスを拒んだからだよな」
「うん。今日もそういう気持ち……、ない?」
思い切って私が問うと、答えは熱いキスで返ってきた。
「んっ」
数か月ぶりのキス。
唇の感触を思い出そうと、私はルイスと何度もキスをした。
「愛してる」
キスの合間に囁かれるルイスの愛の言葉。
その言葉を聞くだけで、私の心が幸せで満たされる。
この幸せな時間のために、私は沢山のことを我慢してきた。
「ルイス……」
名前を口にしただけで胸が張り裂けそうになる。
「私――」
切ない気持ちになったからだろうか。
「ロザリーに戻りたい」
私は我慢していた気持ちをルイスに吐き出した。
義姉であるマリアンヌにも言えなかった、本音を。
「……」
密着させていたルイスの唇が離れる。
ルイスは何も言わず、私のことを優しく抱きしめてくれた。
「文通じゃ、夜の逢引きだけじゃ足りない。毎日……、朝も昼も夜もルイスとお話したい。ルイスから貰った指輪を付けて、ルイスと一緒にデートしたい」
「ロザリー、俺も同じ気持ちだよ」
「もう、我慢できないの。ルイスがウィクタールと一緒にいることを考えると、なんで私じゃないんだろうって辛いの」
「ごめん、ごめんな」
「ううん、ルイスは悪くない。何も、悪くないの……」
ルイスの謝罪の言葉を聞きたいのではない。
ルイスは何も悪くない。
悪いのは、ローズマリーである私。
辛い気持ちを伝えるだけで、なにも行動しない私のせいだ。
「ロザリー」
私はルイスに押し倒され、ソファに寝かせられる。
そして、私の上にルイスの身体が覆いかぶさる。
ルイスの手が私の寝間着にそっと触れる。
「俺だって、今ここでロザリーと愛し合いたい気持ちを必死で抑えてる。騎士になってフォルテウス城でロザリーと踊るまで我慢だって自分に言い聞かせてる」
「約束したものね」
「ああ」
「私……、ルイスとウィクタールの事を聞いてひとりよがりになってた。ルイスも我慢してるのに……、私だけ――」
ルイスの気持ちを聞き、気持ちが落ち着いた。
あの約束のために色々なことを我慢しているのは私だけではない。ルイスもそうだ。
「二人で乗り越えよう」
「うん」
ちゅっと軽いキスをされたあと、私たちはソファから起き上がる。
「もう夜も深い。俺も仕事のために眠らねえと」
ルイスは背伸びをし、ベランダから部屋へ戻るための準備体操をしていた。
「待って」
私はルイスの服の裾を引っ張る。
「私が眠るまで……、手を握って」
「今日のロザリーは甘えん坊で可愛いな」
ルイスのからかいの言葉を無視し、私はベッドに入る。
「っ!?」
ルイスがベッドに潜り込んできた。
予想外の行動に私は息を呑む。
「今日は時間あるから、添い寝する」
「嬉しい」
私はルイスの身体に密着する。
抱き枕と比べて、ぽかぽかしていてあったかい。
ルイスの胸に耳を当てると、鼓動の音が聞こえて心地いい。
「おやすみ、ロザリー。また明日」
「うん。明日はいっぱいお話しようね」
私はルイスの鼓動を子守歌に、深い眠りについた。
次話は10/23(火)7:00に更新します!
お楽しみに!




