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拾われ令嬢の恩返し  作者: 絵山イオン
第3部 第5章 ルイスの苦悩
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ちょっとした変化でも

次話の投稿はしばらくお休みいたします。

理由は”活動報告”に記載したので、そちらをご確認ください。

 翌朝。


「おはようございます。ローズマリーさま」


 サーシャの声で私は目覚めた。


「おはよう、サーシャ」


 私は針に身体を刺されたようなチクリとする痛みに耐えながら、身体を起こす。

 サーシャはすっと私の背にクッションを挟んでくれた。

 私はそれに背を預け、上体を起こした状態でサーシャと話す。


「ご気分はいかがですか?」

「……相変わらず、身体が痛いわ」

「さようですか……」


 私の体調を訊いたサーシャの表情が陰る。

 明日には私の身体から痛みがなくなっているのではないかと、私以上に期待しているのかもしれない。

 サーシャの表情はマリアンヌのように豊かだから、落ち込んでいるのがすぐに分かる。


「廊下に医者を待たせております。診察と薬の投与を始めてもよろしいでしょうか?」

「ええ。呼んでちょうだい」


 私の朝は、医者の診察と薬の投与から始まる。

 女性の医者で、ライドエクス侯爵邸に来ても変わらない。

 外見年齢も二十代ぐらいの若い女性だ。

 王族の私を診ているのだから、腕は相当なものなのだろう。

 彼女は聴診器で私の呼吸の状態やのどの様子を確認し、体調が問題ないことを確認する。

 次に注射針を取り出し、薬をそれに注入した後、私の左腕に注射する。

 この注射は五回あり、チクチクする痛みが消えるまで続くそうだ。


「……この痛みはいつまで続くのかしら」


 私は医者に問う。


「本日から投与する薬が変わりましたので、薬が効いている内は痛みが消えます」

「そうなのですか!?」


 医師の答えに期待していなかった私は、彼女の答えに歓喜する。


「毒の種類がわかりましたので」

「なら、ヴァイオリンや絵も出来るようになるんですね!?」

「そうなります」


 痛みが消える。

 これは私にとって吉報だ。

 ヴァイオリンを弾けるようになったら、二学期のことも心配しなくてよくなる。

 ライドエクス侯爵邸でリハビリをしていったら、元の生活に戻れるかもしれないのだ。


(でも――)


 新薬を投与することで、希望が見えた。

 だけど、喜んだのも束の間、私の胸に不安が押し寄せる。


(公務が行えるまでに回復したら、私はフォルテウス城へ戻ることになる)


 医者が「回復した」とアンドレウスに報告したら、私はフォルテウス城へ戻ることになるだろう。

 ライドエクス侯爵邸だったら、ルイスが護衛として傍にいてくれるのに。

 夜になったらベランダから会いにきてくれるのに。


「ローズマリーさま? 新薬の投与でご気分が悪くなられましたか?」

「いえ、そうではありません」

「では、私はこれで失礼します。些細な変化でもメイドを通じて私にご報告ください。すぐに駆け付けますので」

「わかりました。下がってください」


 診察を終えた医者は、私に深々と礼をして部屋を出てゆく。

 入れ替わりに私の洋服を持ったサーシャが入ってきた。


「診察お疲れ様でした。着替えを用意いたしました」

「そう」

「今日は天気がいいので、明るい色にしました。いかがですか?」


 私はサーシャが持ってきたドレスをみる。

 王宮の庭園に咲く花のような色をした、膝丈の長さのふんわりした生地が使われた、淡い黄色のドレス。

 ドレスに負けず、笑みを浮かべているサーシャもとても明るい。


「うん。いいドレスね」

「では、着替えましょうか」


 私はサーシャの手を借り、寝間着から黄色のドレスへ着替える。


(ルイスも気に入ってくれるかしら……)


 着替えている間、私はルイスのことで頭がいっぱいだった。

 このドレスを着たら、ルイスはどう思ってくれるのだろう。

 可愛いかな、綺麗かな。

 早くルイスに見せたくて仕方がない。


(あ、でも今日の当番はオリオンさまだ)


 ルイスとのあれこれを妄想していた私だったが、今日の護衛当番はオリオンだということを思い出し、気落ちする。

 当番ではないとき、ルイスはどこにいるのだろうか。

 ここにいるのだろうか。


「今日のローズマリーさまは忙しいですね」

「えっ? 今日の予定は何もないわよ?」

「ふふっ、そうではありません」


 私のドレスの着付けをしていたサーシャがくすっと笑う。


「ぱあっと嬉しそうな気持ちになったり、途端にしょんぼりしたり」

「顔に……、出ていたのかしら」


 私の内なる感情をサーシャに読み取られ、驚いた。

 顔に出ないよう、口元や目元の表情筋に力を込めていたはずだが、不意に出てしまったのだろうか。

 出ていたなら恥ずかしい。

 恥じらいで耳が熱くなるのを感じる。


「いいえ」


 サーシャは首を振る。


「雰囲気です」

「ふん……、いき?」

「はい! ローズマリーさま専属のメイドとして長く過ごしていますからね!! ローズマリーさまのちょっとした変化でも感じられますよ」

「そ、そう……」


 サーシャは鼻息荒く、私に力説する。

 勘だとしても、当たっているのでとても鋭い。


(油断していたら、私がルイスに恋をしているのもサーシャにバレちゃう!!)


 私とルイスの関係は絶対にバレてはいけない。

 サーシャに見破られては絶対にいけないのだ。


(警戒するのはカズンさまやオリオンさまではなく……、サーシャかも)


 私はご機嫌なサーシャをみながら、気持ちを引き締めた。



 身支度を終え、部屋で軽い朝食を摂った私は、護衛のオリオンが部屋を訪れるのをサーシャと共に待つ。


「ローズマリーさま、おはようございます!」


 オリオンは爽やかな笑みと共に、部屋に入ってきた。

 貴族の装いとしては軽装で、腰のベルトには剣が装備されている。


「黄色のドレスに、黄色いレースの髪飾り……、とてもよくお似合いです」

「ありがとうございます」


 会ってすぐ、私のドレスと髪飾りを褒めてくれる。

 紳士的な対応もいつも通りだ。


(これが本来のオリオンさま)


 トルメン大学校の制服姿とは違う格好のオリオン。

(私のことが無ければ、オリオンさまはルイスと同じ士官学校に通ってたんだろうなあ)

 その姿を見て、私はふとそんなことを思う。


「あっ、今回は護衛ですので剣を装備しているのです」


 剣に視線を向けていたことに気づかれたようで、オリオンは私に理由を話してくれた。


「カズンさまは屋敷の中も安全ではないと思っておられるのですね」

「はい。学校では座学しかしていませんが、父から鍛錬をみっちり受けていますので、有事でも必ずローズマリーさまをお守りします」

「ありがとうございます」

「かっこいい……」


 オリオンの真っすぐな誠意にサーシャの本音が漏れる。

 サーシャははっとした表情を浮かべ、ぺこぺこと頭を何度も下げ、自身の失態を私とオリオンに詫びる。


「わ、私はお茶の用意をしてまいります!!」


 気まずいこの場から去るため、サーシャはそれらしい用事を私たちに告げ、この場から飛び出していった。


「落ち着きがないメイドですね。あれでローズマリーさまの専属が務まるとはとても思えません」


 サーシャが去った後、オリオンは彼女に冷徹な評価を下す。

 メイドは冷静沈着であることが理想。

 明るく元気なサーシャとは理想とかけ離れている。


「仕事はきちんとこなしています。お父様はきっと私と近い年頃のメイドを選んだのかと」

「まあ、アンドレウスさまが選んだのでしたら……、そうなのでしょうね」


 私はサーシャをフォローする。

 事実、軟禁生活に等しいフォルテウス城での生活で心が壊れていないのは、サーシャの存在が大きい。彼女は私の心の支えだ。

 オリオンは私のサーシャへの評価を聞き、渋々彼女のことを認めたようだ。


「今日は何をいたしましょうか?」

「そうね……」


 ライドエクス侯爵邸では、公務がないから私の自由に予定が決められるんだ。

 今日はなにをしよう。

 予定を考えるなんて、とても久しい。


「ボードゲームはいかがです?」

「それもいいけれど……、あっ、今日はね指の調子がいいの!」


 悩む私にオリオンが案を出してくれる。

 しかし、私は今朝医者に言われたことを思い出し、オリオンの前で両指を動かす。

 薬の効力が効いてきたのか、指の感覚が戻ってきている。


「ああ、本当だ! 折り曲げる動作も、一本一本滑らかになっていますね!!」


 私が回復したことに、オリオンは自分の事のように喜んでくれた。


「だからね、今日はヴァイオリンが弾きたい」

「でしたら、演奏室に行きましょう!! ぜひ、僕にローズマリーさまの音色を聴かせてください!!」


 オリオンは私に手を差し出す。

 これは演奏室までエスコートするという誘いだ。


(もし、ルイスがみたら――)


 私はオリオンの手をとるのをためらう。


(きっと、大丈夫。オリオンさまの隣を私が歩いていても、ルイスは私の婚約者がオリオンさまだって知ってる)


 心の中で大丈夫だと念じ、私はオリオンの手をとった。


(私の好きな人はルイス。それは揺るがない)


 私とオリオンは共に、ライドエクス侯爵邸の演奏室へ向かう。


 演奏室の扉を開けると、ヴァイオリンの音色が耳に入った。


「どう!? 上手でしょ!!」


 そこには先客がいた。

 得意げにヴァイオリンを弾くウィクタールと、それを聞いているルイスが。

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