拒まれる夜
その夜。
沢山のドレスや宝飾品と共にやってきたサーシャにお休みと声をかける。
一人になり、私はソファに座る。
今夜、ルイスに会える。
私はそわそわした気持ちでベランダの窓をチラチラとみる。
少しすると、ベランダの窓が開いた。
「ルイス!!」
私は窓が開いた音を聞き、ソファから立ち上がり、ベランダからやってきた訪問者に飛びついた。
「ロザリー、危ないじゃないか」
「だって、だって!」
「……俺は、お前が甘えてくるの嬉しいけどな」
私の身体をルイスが受け止めてくれる。
ずっと会っていなかった人に触れている、抱きしめている。
ルイスは私を抱き上げ、ソファに座る。
私はルイスの太ももの上に座り、彼の腕の中にいた。
ルイスの胸に耳を当て、鼓動の音を聞く。彼の指に絡めて手を繋ぐ。
薬指には指輪がされていて、それを見るだけで幸せな気持ちで満たされる。
「今日は長く居られるの?」
「ああ。お前が眠るまで一緒に居るよ」
「じゃあ――」
視線をルイスから、テーブルの上に置いておいた宝石箱に移す。
それに手を伸ばすと、ひょいとルイスが宝石箱を手に取り、渡してくれた。
私はそれを開け、指輪を取った。
宝石箱を元の場所に置き、私の指輪をルイスに渡す。
私の指輪を手にしたルイスは、私の右手に触れた。
薬指にはめられた指輪は、きらきらと輝いていた。
「ルイスと一緒に居る時は付けていたいの」
「……ああ、攫ってしまいたいくらいに可愛い」
私が本心を告げると、ルイスはぎゅっと私を抱きしめる。
窮屈な生活から抜け出せたらいかに幸せか。
一年後、ルイスが騎士になったら私は自分の想いを皆の前で伝える。
そう、二人で約束したのに、フォルテウス城での軟禁生活、学園での監視生活を続けていると決心が揺らいでしまう。
「今度、ロザリーの命に関わることがあったら――」
「そうならないように、お父様やカズンさまが調べてくれてる。私もリハビリ頑張るから、落ち着いて」
「ロザリーの自由を奪っておいて、これだぞ。クラッセル子爵家にいたほうが幸せだっただろ」
「……ロザリーに戻りたいと何度も思ったわ」
お母さん、孤児院の皆。
大切な人が犠牲になり、今度は私が狙われた。
「でも、世間に私のことが公表された。お父様は私を手放したりはしない」
「だったら――」
「言ったでしょ? ルイスまで失ったら、私は正気を保てなくなる」
私は心配するルイスの頬に触れた。
ルイスは私の大切な人。
”ロザリー”だった時を知る、数少ない私の理解者。
もし、私の我儘でルイスを失ってしまったら。
自分が命の危機にさらされるよりも辛い。
「お父様も私に歩み寄ろうとしてくれてる。あと、もう少しなの」
「もう少し……、待ってたらいいのか」
ルイスの問いに私は頷いた。
私の本当のお願いをアンドレウスは少しずつ叶えてくれる。
それは私がアンドレウスの望みを、理想の娘を演じているから。
ルイスに会うことを我慢し、絵に関心を持ち、共に描いているからだ。
この間はお茶会にマリアンヌを招待することができた。
私の誕生日にクラッセル子爵が現れ、プレゼントをくれた。
目の敵にしていた二人のことを認めてくれたのだ。
きっと、ルイスのことだって理解してくれるはず。
「それに、今回のことはいい機会だと思うの」
何故、私の命が狙われたのかずっと考えていた。
その結果、上手くいけば、私とルイスを阻む障害を一つ消すことができるのではないかと思った。
「いい機会……? 何言ってんだよ。お前、死ぬとこだったんだぞ」
私の発言に、ルイスの表情が歪む。
三日間意識不明になったのは、人生最大の危機だったと思う。
重い後遺症を負ったが、これは私の命を脅かす存在を追い詰めるいい機会だ。
「犯行を計画したのは、イスカお兄様に違いないわ」
「……証拠もない人間を犯人と断定するのはアレだが、カズンさまもイスカ王子が今回の件に関係していると思ってる」
「イスカお兄様は私を嫌っていた。それに、私がフォルテウス城へ入ってからお父様との仲も悪くなっているし……」
犯行の動機は十分にある。
私がフォルテウス城へやって来てから、アンドレウスとイスカの関係は最悪だ。
「でもね、イスカお兄様は私の飲み物に直接、毒を入れられないの」
「……アリバイがあるのか?」
私はルイスの問いに頷く。
イスカは私に暴言や嫌がらせをしてきたが、暴力を振るったり、命を脅かすような行動は起こさなかった。
私の身体を傷つけでもしたら、イスカは今度こそ王家との縁を切られる。
今でさえ、アンドレウスとの接近を禁じられ、公務も城内ではなく領地を転々とされているというのに。
「イスカお兄様は、フォルテウス城にいる時間がとても短いの。私の生誕祭の時は……、確かペットボーン公爵家で公務を行っていたはずよ」
「なるほど……、実行犯にはなれねえな」
イスカは彼の妻、キャロライン王子妃の生家、ペットボーン公爵家で公務を行っていた。
正確には、アンドレウスが厄介払いをしたのだけど、このおかげで実行犯からは免れている。だが、犯行計画を立てた疑いとして、カズンたちがイスカの動向を調査をしているのが現状だ。
「イスカお兄様がこの事件に関与していたら、お父様はイスカお兄様を――」
非情なアンドレウスのことだ。
今までの行いを考えると――。
「処刑すると思うわ」
私はルイスにはっきりと告げた。
ルイスはこの発言に目を丸くし、口を開けていた。
言葉が出ないほど驚いたみたいだ。
「そうしたら、私の命を狙う人はいなくなる。お父様がルイスとの結婚を認めない理由が無くなるのよ」
「……そうか」
私とルイスの恋を阻む障害がなくなる。
大好きな人を結婚相手に選んでよくなる。
夜の短い時間の逢引きではなく、昼間に堂々とデートができる。
私たちの仲を全員が許してくれるのだ。
「ルイスーー」
私はルイスに顔を近づける。
しかし、ルイスは私から顔を背け、キスを拒んだ。
「えっ?」
ルイスは私を抱き上げ、ベッドに寝かせる。
「ごめん、今日はその気になれない。また、明日な」
私の唖然とした表情を見てか、ルイスは笑みを浮かべ、私の耳元で囁く。
いつもなら、キスをしてくれるのに。
どうして。
「おやすみ、ロザリー」
ルイスは私の頬にキスをし、ベランダから去っていった。




