生きててよかった
「騎士団の間でも裏切者がいるのではないかと疑心暗鬼な状態でして、信頼できるルイスに護衛を依頼したのです」
「そ、そうですか……」
「まだ学生ですが、実力は現役の騎士に劣りません。必ずやあなたのお力になるでしょう」
目の前にルイスが現れたことに私は驚いていた。
カズンがルイスを私の護衛にした経緯を語る。
夜会の事件にて、何重にも検査されている私の飲み物に毒が混入したのは、検査する側の騎士に裏切者がいたのではないかと。
同じ過ちを犯さないために、私の傍には絶対に裏切らない人物を置かなければいけない。
そこで選ばれたのが、自身の息子であるオリオンと、私と深い関わりがあるルイスというわけだ。
(カズンさまがルイスを選んだのは偶然。私たちの関係は気づかれていない)
私は動揺する気持ちを必死に堪えていた。
会いたいと思っていた人、半年間手紙でしかやり取りできなかった人が私の傍にいてくれる。
話ができる。触れられる。
カズンの人選に心の中で喜んだ。
「……ローズマリーさま」
ルイスが私の目の前に立つ。
見つめられるだけで、頬が熱く感じる。
「生きてて……、本当によかった」
ルイスは苦渋の表情を浮かべている。
彼の言葉からも、私が無事だったことに安堵しているように感じた。
「ルイス、心配させてごめんね。毒を盛られるなんて思ってもみなかった」
「その、身体の痛みとかそういうのは――」
「動かすたびにチクチク痛むわ。手足は痺れてて、感覚が分からないの」
「でしたら――」
ルイスの手が私の身体に伸びる。
近くにいたオリオンが制止する前に、私の身体がふわっと浮き上がる。
ルイスが私の膝の裏に腕を回し、抱き上げたからだ。
「ルイス! ローズマリーさまに触れるな!!」
「馬鹿者! すぐにローズマリーさまを下ろせ!!」
オリオンとカズンの声が重なる。
二人とも、私の身体に触れる、ましては抱き上げるなどと怒っている。
「わ、私は大丈夫です。身体を動かすと痛みがするので、このままでお願いできませんか?」
「ローズマリーさまがそう言うのでしたら……」
私はすぐに二人にフォローを入れる。
カズンの声が次第に平常に戻ってゆく。
「ルイス、ローズマリーさまを運んだら、すぐに俺の元へ来い」
「承知いたしました」
きっと叱られるのだろう。
私を抱き上げたまま、ルイスは屋敷の中に入る。
「ロザリー。会えて嬉しい」
ルイスは私にだけ聞こえる小さな声で、話しかけてきた。
胸の中は暖かく、耳を当てればルイスの心音が聞こえる。
私はルイスに密着し、深呼吸をした。
ルイスから甘い香りがする。
「私も……、会いたかったよ」
私はルイスの身体に密着した。
この体勢であれば、私がルイスから落ちないよう、しがみついているように見えるだろう。
「今回の護衛は……、偶然なんだ」
私を運びながら、ルイスが経緯を話す。
「長期休暇中は寮が閉まるから、いつもはカズンさまの紹介で住み込みの仕事をするんだけど……」
私が毒で倒れ、ライドエクス侯爵邸に厳重な警備を施さなければならなくなったため、ルイスに打診が来たらしい。
「屋敷でロザリーの護衛をしないかって、話が出たんだ。すぐに受けたよ」
「治療の間は、ルイスと一緒に居られるのね」
「ああ。夜も会いに行くからな」
「うん」
一日中一緒に居られるなんて。
幸せな気持ちで満たされ、口元が緩む。
「……部屋に行ったときは、その顔、直せよ」
私のニヤけた顔を見て、ルイスが顔をしかめている。
この表情は私を抱き上げているルイスしか見えていない。
「私の部屋は、前と同じ?」
「そうだよ。もうすぐ着く」
ルイスは私を抱き上げたまま二階に上がり、客間に入る。
私がライドエクス侯爵家に泊まった時の部屋で、家具の間取りはそのままだった。
私はベッドに下ろされ、背もたれにクッションを挟む。
オリオンとカズンが入ってくる。
「ここがローズマリーさまのお部屋になります。客間ですので、これから持ち込まれる衣類は別室に収納することになります」
カズンが屋敷の過ごし方を説明してくれた。
客間には最低限のものしか置かず、フォルテウス城から搬入される大量のドレスは別室に収納されるらしい。
オリオンとルイスは交代で護衛にあたる。
私が起床し、就寝するまで共にいるそうだ。
食事はこの客間で摂ることになっており、万が一のため、医師が側にいるとか。
「カズンさま、説明ありがとうございます」
私は長い説明をしてくれたカズンに感謝する。
「では、仕事に戻ります」
「お父様のこと……、お願いします」
カズンが客間から退室する前に、一言伝える。
私の意識が戻ったことで、アンドレウスの公務も元に戻ってゆく。
臣下の前では国王として普段通りに振舞うだろうが、私がフォルテウス城にいないことに気落ちし、徐々に気分を落としてしまうかもしれない。
私の次にアンドレウスが頼りにしているのはカズンだ。
城内の安全が保証され、私が城へ帰るまで、アンドレウスのことはカズンに任せるしかない。
「証拠を掴み、必ずや犯人を捕まえます」
カズンは私にそう言い、客間を出ていった。
「俺、カズンさまのところに行ってくる」
ルイスもカズンを追うように部屋を出ていった。
私を抱き上げたことについて、怒られにゆくのだろう。
「今日は僕とルイスとの顔合わせで、明日から僕、ルイスと交互にローズマリーさまの護衛にあたります」
「お願いします」
ルイスが私につくのは明後日。
オリオンには悪いが、早くその日になって欲しいと思ってしまう。
「あの、オリオンさま……」
オリオンと二人きり。
沈黙が気まずい。
「先ほど手足が痺れていて感覚がないと言っていましたが……」
オリオンが私に話しかける。
いつもの笑みではなく、悲しげな表情を浮かべていた。
「ヴァイオリンは……、もう弾けないのでしょうか」
オリオンの本心。
彼の一言で、アンドレウスが私を進級させぬようにしていることを知らないのだと悟る。
そうでなければ、声を震わせ、私の後遺症に共に悲しんでくれたりはしない。
普段通り、他愛もない会話をしていたはずだ。
「お医者様は、投薬を続けるしかないとおっしゃっていました」
いつ、後遺症が治るのか。
それは私が一番知りたい。
今の状態が延々続くのであれば、私は音楽の道も絵の道も絶たれるだろう。
現状、ペンを持つのも、字を書くのも辛い。
「ごめんなさい、お辛いのはローズマリーさまなのに」
私の表情を見て失言だと思ったのか、オリオンはすぐに謝ってきた。
オリオンの言葉で感じたのは、私の事を本当に案じてくれていること。
ルイスのことが無ければ、私はオリオンの優しさに惹かれていたかもしれない。
「長期休暇の間に治るといいですね」
「はい。しばらくの間、お世話になります」
私はオリオンに微笑んだ。




