一命をとりとめる
「ローズマリー!!」
「……」
目が覚めた。
やつれたアンドレウスの顔が見える。
「あ、ああ……! よかった、よかったあ」
アンドレウスは私の目覚めに感動していた。
私は一体――。
全身の痛みを我慢しながら、上体を起こす。
サーシャが背にクッションを挟んでくれ、私はそれを背もたれにした。
ここは、私の部屋だ。
服は夜会のドレスではなく、軽装姿である。
腕には針が刺されており、液体が体内に注入されている。
「お父様……、私は夜会で果実水を飲んだ後、どうなったのでしょうか」
起き上がった私の身体をアンドレウスがぎゅっと抱きしめる。
私が意識を取り戻し、生きていることを喜んでいるみたいだ。
アンドレウスの疲労の顔からして、私はまた彼を心配させたようだ。
状況を説明してもらう前に、もう大丈夫だと安心させないと。
私はアンドレウスの身体に腕を回し、ポンポンと彼の背を優しく叩いた。
「また、お父様に迷惑をかけてしまったのですね」
「生きててよかった……」
アンドレウスに私の声は届いていない。
でも、彼の言葉で状況が分かった気がする。
長い抱擁が解かれ、私とアンドレウスは互いに見つめ合う。
「ローズマリーがあの果実水を飲んでから……、三日が経つ」
「三日……」
「君は血を吐いて、僕の目の前で気を失ったんだ」
「……毒を盛られたのでしょうか?」
私の問いにアンドレウスは頷く。
果実水を口に入れた直後、吐血し、三日間意識不明になった。
その間、生死を彷徨っていたのだろう。
「ごめん。僕が油断していた。君の命を狙う者はもう現れないだろうと、飲食付きの夜会を開いたから……」
毒を盛られる機会を作ってしまったと、アンドレウスは悔いている。
私のせいで楽しい夜会が、最悪の夜会に変わってしまった。
参加していた人たちも、私が毒で倒れた光景を目の当たりにし、絶句しただろう。
「あれは君の存在を認めていない貴族たちの犯行だろう」
「私もそう思います」
毒を盛られる動機はそれしかない。
半年間、アンドレウスと公務に出席し、ほとんどの貴族の信頼を得てきた。
しかし、イスカや彼を慕う貴族たちは、まだ私を敵視している。
調査を続ければ、毒を盛った犯人を特定できるだろう。
「この城も安全ではない……。だから、君をライドエクス侯爵に預けることにした」
「わかりました」
「君のメイドも屋敷に連れてゆく」
サーシャは私に一礼する。
安眠できていないのか、サーシャの顔色も悪い。
「明日の朝に出かけられるよう手配する」
「はい」
「だから……、今日は――」
「お父様と一緒に居ます。お父様の大好きな絵の話をしていただけませんか?」
「……わかった」
私とアンドレウスは就寝時間まで語り合った。
☆
翌朝、私は馬車に乗り、ライドエクス侯爵邸へ向かう。
サーシャは私のドレスや日用品を用意してからくるらしい。
(身体の痺れがまだ残ってる)
盛られた毒はまだ抜けておらず、身体を動かすとチクッと痛みを感じる。
指先は痺れていて、この状態だとヴァイオリンも満足に弾けないだろう。
医師の診断だと、一か月は続くらしい。
(経緯はどうであれ、ライドエクス侯爵邸にしばらく滞在することになった)
ルイスに会えるかもしれない。
生命の危機にさらされたものの、これは好機だ。
問題は、ルイスの耳にライドエクス侯爵邸に滞在していることが届くことだが。
「ルイスに……、会いたい」
私は小さな声で願望を呟いた。
馬車が留まる。
屋敷に到着したようだ。
扉が開かれ、私は護衛の騎士の手を借り、馬車を降りた。
「ローズマリーさま!!」
降りた直後、私はオリオンの胸の中にいた。
オリオンにぎゅっと抱きしめられる。
三日間も生死を彷徨っていたのだ。
あの夜会に参加していたなら、この反応も当然だ。
この前の事を思い出し、少し胸がチクリと痛んだが、ぐっと堪える。
「昨日、意識を取り戻したと連絡が来て安心しました」
抱擁が解かれ、見上げると、オリオンは泣いていた。
ボロボロと涙が落ちる。
私の事を想って泣いてくれている。
私はポケットからチーフを取り出し、オリオンのまぶたに当てる。
チーフにオリオンの涙が染みる。
「泣き止め。ローズマリーさまが困っているだろ」
「す、すみません。父上」
カズンが私たちの会話に割り込む。
オリオンは私のチーフでゴシゴシと涙を拭き取る。
「ローズマリーさま、今回の事件は私たちの不手際です。申し訳ございません」
「……騎士たちは、私の身の安全を第一に懸命に働いております。ただ、私が一部の貴族たちの信頼を得られなかったから起こったことです」
果実水に毒が含まれている事を直前まで気付けなかったのは私の護衛をしている騎士の不手際かもしれない。
私が倒れたあと、激怒したアンドレウスにそう言われたのだろう。
だが、カズンたちは懸命に働いている。
全力で私の護衛をしてくれている。
彼らの目をくぐり抜けた犯行の手口については、これからの調査で明らかになってゆくだろう。
「ありがきお言葉。二度とあのようなことが起こらぬよう、我ら騎士団は細心の注意を払い、ローズマリーさまの護衛に務めます」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
カズンは私に深々と頭を下げる。
息子であるオリオンも、父親と同様に。
私はドレスの裾を掴み、軽く一礼する。
「屋敷の警備は厳重にしております。用がありましたらオリオンとーー」
一人の男性が屋敷が出てきた。
背が高く、黒髪を短く刈り込んだ、整った顔立ちのーー。
「ルイスに申し付け下さい」
私が会いたかった人が、目の前に現れた。




