初恋の香り
洋服、バック、宝飾品、楽器、楽譜に本。
広い店内には様々な商品が陳列されていた。
店員はそれぞれ二人ずつ付いているだけで、静かだった。
貸し切りでなければ、店の外にいた富裕層が客として入っているのだろう。
「時間は気にしなくていいからね。あと、欲しいものを一つに絞らなくてもいいから」
「何時間でも居てもよくて、なんでも買っていいのですか……?」
「うん。僕は画材を選んでいるから、気が済んだらそこへおいで」
貸切るにも制限時間があるのかと思いきや、店を定休日にしているらしい。
この様子だと、高価なヴァイオリンも買えそうだ。
一級品だと子爵家の年俸と同じくらいというが、それも買えるのだろうか。
(お父様、とても気前がいいわ。どうしたのかしら……)
今日のアンドレウスはご機嫌だ。
私が長くフォルテウス城にいるということもあるが、私が戻ってきたことのお祝いではないだろう。
ただ、この買い物に裏はないことだけはわかる。
私を喜ばせようとしているのも。
「ローズマリーさま、ご希望はありますか?」
「えーっと……」
私は欲しいものを考える。
洋服はクローゼットに山ほど仕立てたドレスがある。
宝飾品や小物も同様。
本だって、読んでない本が自室に山ほどある。
「あっ」
悩んでいると、欲しいものが浮かんだ。
「香水と瓶が欲しいです」
「かしこまりました。ご案内します」
私は店員の後ろをついて行く。
宝飾品店の隣に、香水の店があった。
透明な瓶の中に、様々な種類の香料と色水があった。
ここに来れば、好みの香りも見つけられそうだ。
「あの……、香りをブレンドすることは可能ですか?」
「もちろんです。オリジナルの香水を作りたいのですね」
私が香水店に来たのは、ルイスが付けてくれたあのオイルの香りを再現したいから。
ライドエクス侯爵邸で抱きしめられた時も、甘い香りがした。
再現したものを愛用している抱き枕に吹きかけたら、幸せな気持ちで眠りにつけるだろう。
「好きなものを二種、あるいは三種選んでください」
「……」
私の前にニ十本の香りがしみ込んだ紙の棒が置かれた。
主体となる香りが十種で、残りの十種は少量入れて、好みの香りに仕上げてゆくのだとか。
「えっと……」
「ローズマリーさまは、どういった香りに仕上げたいですか?」
「甘い花の香りがする……、『初恋』のようなものがいいです」
すごい詩的な表現をしてしまった。
とても恥ずかしい。
「素敵な例えですね。もう少し質問してもいいですか?」
「はい。こちらこそ抽象的な答えですみません」
「いえ、ほとんどのお客様が先ほどのローズマリーさまのような答えですので」
「そうですか」
「お客様の理想とする香りに近づけてゆくのが私たちの仕事です。お任せください」
店員は私のイメージに合わせた香りをいくつか提示する。
私はおすすめされたものをひたすら嗅ぐ。
嗅覚が分からなくなったら、コスタ豆の香りでリセットする。
(これだ)
この香りだ。
三種の香りを合わせ、理想に近づいた。
「こちらにします」
「かしこまりました」
私が選んだ香料たちが瓶に注がれる。
事前に選んだ緑色の水が加わり、私の瞳の色のようなものが出来上がった。
水に香りを馴染ませないといけないため、使用するには一週間かかるらしい。
説明を受けながら、商品を受け取った。
「荷物をお預かりいたします」
傍にいた店員に商品を預け、私はブティックを一通り歩いた。
その間、メヘロディ各地の特産物を扱った店に寄り、タッカード公爵領の交易品を眺める。細工師が制作した劇場の置物が目に留まったので、それも買った。
最後に楽器店へ立ち寄る。
弦などの消耗品を買い、売られている楽器を眺める。
この店は一級品の楽器を並べており、管楽器、弦楽器、打楽器と奏者がいればコンサートが開けるのではないかという品数。
特に、ヴァイオリンには”ローズマリーさまが使用している”と大々的に宣伝されており、高級なものよりも、私が使用しているものと同じ工房のヴァイオリンが並んでいた。
(他はなさそうね)
十分に買ったので、私は画材店に寄る。
店外にアンドレウスが選んであろう商品が並んでおり、その品数に唖然とする。
「お父様、買い物が終わりました」
「思ったより早いね。何を買ったんだい?」
選んだものをアンドレウスに見せる。
「これ”だけ”でいいのかい?」
アンドレウスの問いに私は頷いた。
「そうか。僕の買い物も切り上げるから、少し待っていておくれ」
私はその場でアンドレウスの買い物の様子を見ていた。
放っておいたら、半日はこの店に居そうだ。
「お待たせ。じゃあ、別の場所へ行こうか」
「あの」
ブティックでの買い物を終え、私たちは再び馬車に乗る。
このままフォルテウス城へ帰るのかと思いきや、別の場所へ移動するらしい。
馬車が動き出したところで、私は問う。
「どうして、今日はすぐに城へ帰らないのですか?」
私の問いに、アンドレウスは驚いた表情を浮かべる。
「だって、今日は君の誕生日だから」
アンドレウスの答えに今度は私が驚くことになる。




