過去は消えない
「タッカード公爵令嬢っ!?」
私に絡んでいた女性貴族たちは、リリアンが近づいてくるのを見るなり表情が青ざめていた。
彼女たちは口元を引きつらせ、リリアンに作り笑いをしている。
「マリアンヌさんとお話していただけですわ」
「お茶会で初めて会う方だから、ご挨拶していたの」
「では、私たちはこれで……」
リリアンは三人の女性貴族をきっと睨みつけている。
彼女たちは差し障りない理由をつけて、この場を離れて行った。
「マリアンヌ、あいつらに何か言われなかった?」
「……」
私に手を伸ばそうとするリリアンの手を払った。
去っていた彼女たちの対応が、以前、私に意地悪していたリリアンと重なり、怖くなったから。
「あっ」
自分の思いもしない行動にはっとする。
今のリリアンは、私の事を助けてくれたのに。
リリアンは私の非常識な行動に怒りもせず、悲しい表情を浮かべていた。
「そう……、よね。今更私がいいことをしても、過去のことは取り消せないわよね」
「リリアンさまっ」
リリアンは私に背を向け、トボトボとした足取りで私から離れようとする。
「まって、リリアンさま、違うの!」
リリアンに追い付こうと歩を進めるも、異国の靴が邪魔をする。
差は埋まることなく、私はリリアンを傷つけてしまったのだと途方に暮れた。
☆
少しして、主賓のローズマリーがやって来た。
ローズマリーの登場によって、場がどよめく。周りは彼女と話をしたい貴族たちでいっぱい。割り込むのは難しい。
このお茶会では、下級貴族の私だと、ローズマリーと話せるのはほんの一瞬。
少し前までは、ローズマリーの傍にいるのは私だけだったのに。
ベッドで横になって、二人きりで夜遅くまでおしゃべりするなんて、もう、できないんだ。
(ああ、惨めだわ……)
助けてくれたリリアンを傷つけ、本物の姉妹のように育ってきたローズマリーとの身分の差を突き付けられ、胸がきゅっと苦しくなる。
(嫌だ。こんなところ、いたくない……。帰りたい)
皆がローズマリーと話そうとするなか、私は自分の席に座った。
四人席で、そこにはローズマリーの名前はない。
全員、名前の聞いたことのない、クラッセル子爵家では交流のない貴族たち。
ブレストたちが演奏する曲に一人、耳を澄ませる。
長い曲が終わりそうなところで、参加者が席についてゆく。
ローズマリーの席は私からとても遠い。
これが、私とローズマリーの距離。
「ごきげんよう――」
同席の貴族の男性が私に声をかける。
他の人たちも、先ほどの女性たちとは違い、優しく接してくれた。
会話も弾んだが、何を話したかは覚えていない。
「そろそろお開きかな……」
「今回はローズマリーさまとお話ができた!」
「次はローズマリーさまと同じ席になれるといいな」
他の席に座っている貴族たちは、次のお茶会でローズマリーと接触する機会をうかがっていた。
「ちょっといいかしら?」
「タッカード公爵令嬢!! 会の途中で席を立つなど――」
「もう終わるからいいじゃない」
「まあ……、そうか」
突如、別の席に座っていたリリアンが輪の中に加わってきた。
一人の貴族にマナー違反だと注意されたものの、リリアンはそんなことを気にすることなく言い返す。
「リリアンさま……」
「なにいじけてんのよ。ほら、いくわよっ」
「え?」
リリアンに手を引っ張られ、私も席を立つ。
向かう場所は、ローズマリーが座っている席。
同席している人たちは、ローズマリーの関心を惹こうと菓子にも手を付けていない。
「リリアン殿、いくらタッカード公爵家の令嬢とはいえ、お茶会のマナーを破るというのは――」
「あたし、とーっても大人しくしてた方だと思うけど?」
先ほどの貴族とは違い、強い言葉でリリアンを非難する。
非難されたリリアンは、大声でその貴族に反論する。
「このお茶会の席順、ずーっとおかしいと思ってたのに、文句言うのをここまで我慢してたのよ?」
「席順がおかしいですって!? このお茶会はローズマリーさまとの親睦を深めるために開催されているもので――」
「無駄な話はやめてよ」
「喧嘩を売ってきたのはそっちのほうだろ!!」
他の同席者も加わり、大きな口論が始まろうとしていた。
私は仲裁にはいることなく、その場に突っ立っていた。
ローズマリーも平静な表情を浮かべているけど、カップを持つ手が震えていて動揺している。
「今日のお茶会でこのマリアンヌがローズマリーの隣じゃないって、ありえないでしょ!!」
「……マリアンヌ?」
「あたしとローズマリーのクラスメイト!! ご機嫌取りにきてるあんたたちより、仲がいいんだから!」
「あの!」
ローズマリーが紅茶をカップに置き、立ち上がる。
「本日のお茶会ですが、予定より早く終わりにします。この埋め合わせは次回いたしますので……」
ローズマリーは同席していた貴族に頭を下げる。
リリアンの行動に激怒していた貴族たちも、ローズマリーの謝罪に頭が冷えたようだ。
「二人とも、こっちへ――」
私とリリアンはローズマリーの案内の元、庭園から出て、王宮へ入った。
「二人とも、気持ちは嬉しかったけど……」
王宮の通路でローズマリーの歩が止まり、私とリリアンを交互に見る。
「あそこは社交の場よ。私と同席出来なかった人は、開始前に話しかけるのがマナーで――」
「ローズマリーは今日のお茶会、楽しかったわけ?」
「そ、それは……」
「本当はあたしやマリアンヌだけで開催したいんじゃないの?」
「……」
リリアンはずけずけとローズマリーの痛い所を突く。
「マリアンヌもなにか言いなさいよ」
「えっ!?」
黙っていた私にリリアンがせっつく。
ローズマリーは辛そうな表情を浮かべている。
リリアンの発言は図星のようだが、立場上我慢しているといった心情だろう。
「お茶会に招待してくれてありがとう。私を招待するの、大変だったでしょう?」
「……はい」
「約束、果たしてくれたのよね。招待状を貰えて嬉しかったわ」
お茶会は今まで何度も開催されているのだろう。
私は今回、初めて招待状を貰った。
ローズマリーから、王様が私やお父様のことを良く思っていないことは聞いている。
幼少期をこのフォルテウス城ではなく、私の実家で過ごしたから。
そんな私をお茶会に招待するまでには、ローズマリーなりの苦労があっただろう。
「リリアンさまも、私をここまで引っ張ってくれてありがとう」
「……マリアンヌの信頼を得るには行動で示すしかないと思ったの」
「さっきのことは、本当にごめんなさい。気にしていないと言ったのに、私ったら――」
「いいの。マリアンヌを傷つけたのは本当のことなんだから」
やっとリリアンに謝れた。
最近のリリアンは、常に変化を求めている。
ローズマリーやグレン、そして私と仲良くしようと努力している。
それを私が邪魔をしたくはない。今度は私が悪者になってしまう。
「過去は絶対に消えない。でも、それをずっと引きずってたら前に進めない」
「リリアンさま……」
「マリアンヌ、お願い。私ともう一度友達になってくれないかしら」
私の前でリリアンは頭を低く下げた。
「もちろんよ」
私はリリアンの肩とトントンと軽く叩いた。
頭をあげたリリアンは、私をぎゅっと抱きしめる。
「二人とも、よかったね」
ローズマリーはパチパチと拍手しながら、私たちの抱擁を見ていた。
「二人とも、まだ時間はあるかしら?」
ローズマリーが身体を丸め、もじもじしながらぼそぼそした声で私たちにきく。
「お父様にお願いして、もし、客間が使えたら……、三人でお茶会しない?」
ローズマリーの提案に私とリリアンはすぐに「する!!」と即答した。
その後、日が暮れるまで私たちは色んな話題で盛り上がった。
次話は9/16(月)に投稿します!楽しみに!!




