保守派と革命派
オリオンとリリアンは対峙する。
二人の家はとても仲が悪く、それは子供たちにも伝わっている。
改革派のライドエクスに保守派のタッカード。
私とオリオンの婚約も革命派の立場をあげたいとするカズンの悲願だ。
アンドレウスは私の捜索や護衛で尽くしてくれた褒美として、婚約を認めている。
トルメン大学校内でも、この二人は外の争いごとを持ち込んでいる。
「ごきげんよう、オリオン殿」
「……リリアン先輩、そこをどいて頂けませんか?」
「嫌よ。私の通り道にたまたまあんたがいただけ。どくのはそっちのほうよ」
「僕はお――、先輩の後ろにいるローズマリー王女に用があるのです」
「奇遇ね、私もローズマリーに用があるの」
リリアンの口調は、チャールズと口論をしていたときよりも勢いがある。
私にはリリアンの後姿しか見えないが、オリオンが苦い表情を浮かべていることからして、邪悪な笑みを浮かべていそうだ。マリアンヌを虐めていた時のようなあの笑みを。
丁寧な言葉遣いをするオリオンでさえ、”お前”と言いそうになっていた。出かかった言葉を飲み込み、嫌々、用件をリリアンに告げている。
(リリアンと約束……、してないわ)
リリアンが私に用がある。
だが、私はリリアンと約束はしていない。
「私とお菓子を作る約束をしているの! 今日はケーキのスポンジの焼き方を教わるんだから」
「ケーキ……?」
ケーキ作りに私が加わっているのは、リリアンの妄想内だろう。
私はそう思うことにして平静を装った。
オリオンも突然の発言にぽかんとしていたが、元の表情に戻る。
「ローズマリーさまに食品を扱わせるのですか!? 先輩の家でも王女様の扱いについて話があっただろうに」
「そういえば、あったわね」
特別試験を行う際、リリアンも同様のことをブレストに指摘していた。
父親、タッカード公爵に注意は受けているはずなのに、オリオンの前でとぼけてみせる。
(リリアンが考えていること……、全然分からないわ)
リリアンの意図が分からない。
私と共にケーキを作りたいだけなのか。
仲の悪いオリオンと口喧嘩がしたいだけなのか。
私は傍にいるグレンと目配せをする。
グレンは首を小さく振る。
リリアン以外、誰もこの言い争いの着地点を知らないようだ。
「あんたの家が過敏になってるだけじゃなくて?」
「……はあ」
「”今日は”! ローズマリーは、私と一緒にケーキを作るの!! わかったならさっさと帰りなさい!!」
びしっとリリアンは主張する。
オリオンは何かを言おうとしたが、リリアンに通用しないと察したのか、この場から去って行った。
「あの……、ケーキを焼く約束なんてしてませんが」
「してないわよ。これからするんだから」
「えっ!?」
オリオンが去り、リリアンはこちらの方に向いた。
私は事実を告げると、リリアンは私の腕を掴み、引っ張る。
「ローズマリー、マフィンの”次”、教えてよ」
リリアンは覚えているのだ。
マフィンが作れるようになったら次のお菓子が作れるようになるという私の話を。
だが、間違っている。
「”次”はクッキーですよ」
「細かいことはどうでもいいじゃない。ほら、行きましょ」
「……」
「今日は本当だけど、明日は嘘をつくかもしれないわ」
私にだけしか聞こえない小さな声で、リリアンは囁く。
今日でリリアンの一言でオリオンが諦めるのが分かった。
リリアンが嘘をつけば、放課後の過ごし方が少し変わる。
私はリリアンに手を引かれ、部屋を出る。
「あんた、毎朝グレンとヒソヒソなにか話してるじゃない。私とマリアンヌがくるとすぐに黙るけど」
「っ!?」
「もっとグレンと話したいんじゃないの?」
「えっと……」
調理室に移動中、リリアンがひそひそ声で私に話しかけてきた。
リリアンの言う通り、始業前、私とグレンは二人きりで話している。
(私とグレンのこと……、誤解されているわよね)
二人で話しているのは、主にルイスのことと雑談である。
隣で微笑んでいるリリアンが期待するようなことはない。
私はグレンを友人だと思っているし、グレンもそうだと思う。
訂正するかしないか少しの間、悩み――。
「うん。実はね――」
打ち解けてきたものの、まだリリアンにはルイスのことを話せない。
リリアンには誤解したままになってもらおう。
そう私は答えを出し、グレンのことを想っているとリリアンに嘘をついた。
次話は9/8(日)に投稿します!楽しみに!!




