これからは友人として
私たちはリリアンが作ったマフィンを堪能した。
皆、反応はよく、グレンは二個目をねだる。
「だめ!」
「ええ~、まだ残ってんだろ?」
「まだ、食べてないのよ!!」
「でも、その紙袋にはあと二個マフィンが入ってるよな?」
「は? なんで分かるの? あんたに袋の中、見せてないんだけど」
グレンの言う通り、マフィンはあと二個残っている。
リリアンの分を引けば、残り一個だ。
私は紙袋の中を見せてもらったものの、グレンはどうやって個数を把握したのだろうか。
リリアンがそれを指摘すると、グレンはしまったといった表情を浮かべていた。
「えっと……、袋の中身を透視したんだよ」
グレンが正直に告げる。
透視。
グレンはカルスーン国民。魔法が使える。
目に魔力を込め、リリアンの袋の中身を見たのだろう。
「それ……、私に使ってないわよね」
「ねえよ! 他の二人も引きつるなよ!!」
「魔法ってそういう使い方があったのね……」
リリアンが疑念の視線をグレンに向け、マリアンヌは魔法に興味はあるものの、悪い魔法だと判断しリリアンに身を寄せる。
「俺の食い意地がはってただけ!! 透視の魔法をやましいことになんて――」
「騒がしいな……」
「チャールズさま」
マリアンヌを迎えに来たチャールズが部屋に入ってきた。
いつもは廊下で授業が終わるのを待っているのだが、騒がしいグレンの声を聞き、入ってきたのだろう。
「誰の食い意地がはってたって?」
「俺だよ! 旨かったんだって! リリアンの――」
私はグレンの身体に飛びつき、彼を押し倒した。
距離があったから、グレンを黙らせるにはこうするしかなかった。
「ぐっ!」
「グレン、黙ってちょうだい」
「な、なんで――」
「黙って見てて!」
仰向けに倒れ、頭をぶつけたグレンは、痛みをこらえながら顔を起こす。
私はシッと人差し指をグレンの唇に押し当てた。
赤面したグレンが理由を問うも、私は話さなかった。
理由はこれから明らかになるのだから。
私は密着させていたグレンの身体から離れ、その場に起き上がる。
グレンも同様に起き上がった。
「マリアンヌ、迎えに来たよ。一緒に――」
「まってください!」
「……なんの用だ」
チャールズはいつものようにマリアンヌと共に放課後を過ごそうとする。
違うのはリリアンが、チャールズを引き留めたこと。
チャールズの声は冷たい。
マリアンヌにかける優しい声とは真逆だ。
リリアンはチャールズの変わりように狼狽えるも、深呼吸をし、平静を保った。
「チャールズさまに渡したいものがあります」
意を決したリリアンは、紙袋から包み紙がされたものをチャールズに差し出した。
最後の一個。それはチャールズにプレゼントするもの。
「ああ……、そういうこと」
状況を理解したグレンは独り言をぼやく。
「なんだ、これは?」
「私が作った……、マフィンです」
リリアンは包み紙の中身をチャールズに答える。
しかし、チャールズはそれを受け取らない。
「チャールズさまに食べてほしくて」
リリアンは低く頭を下げた。
「あなたと婚約していた頃、私は何もあなたにプレゼントをしなかった。あなたは私の誕生日や記念日にプレゼントを贈ってくれたのに。当り前のように受け取ってた」
「……」
リリアンはチャールズにこれが言いたかったのだ。
前のリリアンは、自分が出来損ないだからチャールズに捨てられたのだと嘆いていた。
今のリリアンは違う。婚約破棄された原因の数々に気づき、反省し、向き合おうとしている。
このマフィンはけじめの一つ。
昔の自分と決別するためのマフィンなのだ。
「一年、遅くなってごめんなさい。受け取ってもらえませんか?」
「わかった。お前の気持ち、頂戴する」
チャールズは包み紙を受け取った。
そして、その場で開け、リリアンの手作りマフィンをじっと見つめ、食べた。
「……美味しい」
ぼそっと感想を述べる。
しゅんとしていたリリアンの表情がぱあっと明るくなった。
「気づくのが遅かったな」
「いえ、私、リリアン・タッカードは立派な淑女になるために、これから沢山の事を学ぶのです」
「そうか」
「ええ。学びに速いも遅いもありません!」
リリアンは堂々とした態度でチャールズに宣言した。
これは後悔ではない。我儘だった過去の自分との決別なのだと。
リリアンの発言にチャールズは笑った。
「なら、これからは友人として接しよう」
「はい。友人として!」
チャールズがリリアンに手を差し伸べる。
リリアンは自身の手を重ね、握手をした。
「お前の次の婚約者は幸せ者だな」
互いの手が離れた後、チャールズはリリアンにそう言い、すぐに背を向けた。
マリアンヌはチャールズの後ろを歩き、二人とも部屋を出てゆく。
「……いいもん見せてもらったぜ」
二人が去り、扉が閉まるとグレンはパチパチと拍手をした。
「見世物じゃない!!」
「いやー、チャールズがあんなキザなこと言うなんておもしれえったら」
「……ああ、チャールズさまのほうね」
茶化しているグレンにリリアンが怒鳴る。
グレンはどうやらリリアンではなく、チャールズの様子を見て笑っていたらしい。
「ここで起こったことは、一人で楽しむとして……」
グレンは扉の方を見る。
チャールズがマリアンヌを迎えに来たということは、当然――。
「ローズマリーさま! 一緒に寮へ――」
オリオンの迎えもくるのだ。
私はいつものようにオリオンの傍に寄ろうとするも、オリオンと私の間にリリアンが割り込んだ。
「それはだめ」
宿敵であるライドエクス侯爵家とタッカード公爵家のにらみ合いが始まった。
次話は9/2(月)に投稿します!楽しみに!!




